春の月 -桜×土方歳三-
文久三年十一月、 小島鹿之助にあてた書簡の中で、島原、祇園、大坂新町などで慕われているとして女の名を書き連ねた。
2014-04-14 21:56:07それは、京でもうまくやっているという戯言のようなものだった。 心配症な小島に、明るい話題を送ることで、 「トシも相変わらずだなぁ」と思わせられれば良かった。
2014-04-14 21:56:26同年十二月の夜、 市中で羅刹を“始末”したその場に偶然居合わせた雪村千鶴と出会ってから、土方のこころには、いつも彼女が引っ掛かっていた。
2014-04-14 21:56:45温かい春の日差しに誘われて、長閑な時間が流れていく。 斎藤の稽古を終え、一汗流した隊士たちがさっぱりした顔つきで大広間へと戻って行くのを横目に、 土方の部屋に現われた近藤勇は、どことなく元気がなかった。
2014-04-14 21:59:16「うむ……、実はな、トシ」 土方に促されて腰を下ろした近藤は、なかなか本題を言い出さず、 眉を顰めてはまた唸る。
2014-04-14 21:59:45「なんだよ、今更躊躇うことはねえだろう。 どうせ話すつもりで来たんだから」 金の無心か女の話か。 土方個人への相談といったら、そんなものが主だった。
2014-04-14 22:00:07「最近、あまり構ってやれてなくてな。 きっと淋しい思いをしていると思って、たまには昼飯を外で食わないかと誘ってみたんだ」 「犬っころみたく尻尾を振ってついて来ると思ってたものが、 来なかったんだな?」
2014-04-14 22:01:20近藤は恥ずかしげに頷き、頭をかいた。 沖田が敬愛している近藤の誘いを断るとは珍しいこともあるものだ。 土方も違和感を覚える。
2014-04-14 22:01:45「子供の頃から成長を見守ってきた総司ゆえに、 そういうこととなると聞きにくいものだな。 俺は、総司の父親のような気持ちになったよ」
2014-04-14 22:02:52近藤の見せる困り顔は、局長のものではなく、 試衛館で過ごしていた時のものに戻っていた。 気にかかるのは贔屓と言われても仕方がない。 近藤にとって沖田は可愛くないわけがないのだから。
2014-04-14 22:03:24「花びらが舞ってきて、せっせと掃除している奴もいるぜ」 土方が指さす方向には、箒を持って風に舞う花びらと格闘中の雪村がいた。側にいる沖田が雪村をからかいながら、手を貸してやっている。
2014-04-14 22:04:32「彼女はいつも一生懸命だな。何事にも手を抜かない。 息抜きもさせてやらねばいかんな」 近藤の優しい目は、父親のような慈愛を感じさせる。 土方は近藤の言葉の中から、 雪村を連れ出してやってくれと頼まれたことも頭に入れることにした。
2014-04-14 22:04:57「いや、なんでもない。それじゃ、頼んだぞ。 もしいい話になりそうなら、全面的に応援しよう!」 「あ、ああ」 近藤の瞳に宿った一瞬の曇りに、土方は胸が締め付けられるような想いを抱いた。
2014-04-14 22:05:36