古代ギリシアの「正義」の話 ヘシオドス『仕事と日』から

ヘシオドスの『仕事と日』は、「放蕩弟」ペルセースに対する「お説教」の歌という体裁をとっており、その中で「正義のなんたるか」も語られています。 定期ポストでいくつかの記述を抜粋していますが、ここで改めて解釈してみましたのでまとめておきます。
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前置き

ギリシア語たん(自転車操業中) @Hellenike_tan

このところしばらくやっていなかった長文読解連続ツイートを久々にやってみようと思います。 お題は、しょっちゅう引用しているヘシオドス『仕事と日』の「正義」云々の箇所。初期に読解してから引用を続けていたものですが、この機会に改めて読解してまとめておこうという試みです。

2014-05-26 14:25:14

総論

ギリシア語たん(自転車操業中) @Hellenike_tan

【213行】"ὦ Πέρση, σὺ δ᾽ ἄκουε δίκης, μηδ᾽ ὕβριν ὄφελλε:" "Πέρση"は"Πέρσης"(ペルセース)の呼格。『仕事と日』は、ヘシオドスが弟のペルセースに語りかける形式をとっています。(続きます)

2014-05-26 14:30:16
ギリシア語たん(自転車操業中) @Hellenike_tan

(承前)"ἄκουε"は"ἀκούω"(聞く)の命令法現在二人称単数。"δίκης"は"δίκη"(正義)の単数属格です。対格をとる語がありませんが、属格型から、"δίκης (φωνήν)"(正義の(声を))辺りを省略したとみるのが適当でしょうね。(続きます)

2014-05-26 14:35:15
ギリシア語たん(自転車操業中) @Hellenike_tan

(承前)"μηδ᾽"は"μηδέ"(だが~ない)のエリジオン型、"ὕβριν"は"ὕβρις"(暴力)の単数対格、"ὄφελλε"は"ὀφέλλω"("ὀφειλέω"(義務を負う)の詩的表現)の命令法現在二人称単数。(続きます)

2014-05-26 14:40:14
ギリシア語たん(自転車操業中) @Hellenike_tan

(承前)小辞"δέ"(だが)が並立するので、順接で訳した方がわかりやすいでしょう。 全体で「ペルセースよ、お前は正義の(声を)聞け、そして暴力をしないよう義務を負え」となります。

2014-05-26 14:45:17
ギリシア語たん(自転車操業中) @Hellenike_tan

【214行】"ὕβρις γάρ τε κακὴ δειλῷ βροτῷ: οὐδὲ μὲν ἐσθλὸς" "γάρ"は「だから」、"τε"は「~も」という意味の小辞。これを挟む"ὕβρις κακὴ"は、すぐに文章が切れるので「暴力は悪い」と述語的にとります。(続きます)

2014-05-26 15:01:18
ギリシア語たん(自転車操業中) @Hellenike_tan

(承前)"δειλῷ βροτῷ"は"δειλός βροτός"(惨めな人・人は惨め)の単数与格。与格がとられているので名詞句として「惨めな人に」とするのが妥当でしょう。"οὐδὲ"は「だが~ない」、"μὲν"は「確かに」。"ἐσθλὸς"は「良い」。(続きます)

2014-05-26 15:05:15
ギリシア語たん(自転車操業中) @Hellenike_tan

(承前)全体で「暴力は、だから惨めな人に悪い。だが確かに良い~ない」となりますので、続きを見る必要があります。

2014-05-26 15:10:16
ギリシア語たん(自転車操業中) @Hellenike_tan

【215行】"ῥηιδίως φερέμεν δύναται, βαρύθει δέ θ᾽ ὑπ᾽ αὐτῆς" "ῥηιδίως"は"ῥᾴδιος"(たやすい)のイオニア風詩的表現。"φερέμεν"は"φέρω"(もたらす)の不定法現在能動態詩的表現。(続きます)

2014-05-26 15:30:14
ギリシア語たん(自転車操業中) @Hellenike_tan

(承前)"δύναται"は"δύναμαι"(できる)の直説法現在三人称単数中・受動態ですが、この動詞は能動態欠如動詞なので能動態的に解釈できます。"βαρύθει"は"βαρύθω"(重くする)の直説法現在三人称単数能動態。(続きます)

2014-05-26 15:35:15
ギリシア語たん(自転車操業中) @Hellenike_tan

(承前)"θ᾽ ὑπ᾽ αὐτῆς"はエリジオンが連続した形です。前半は"τε ὑπό"。"τε"がエリジオンしますが、続く"ὑπό"が有息のため、"τ'"が帯気音化して"θ'"となります。後半は"ὑπό αὐτῆς"のエリジオン型です。(続きます)

2014-05-26 15:40:14
ギリシア語たん(自転車操業中) @Hellenike_tan

(承前)全体で「たやすくもたらすことができて、彼自身の上にも重くする」となります。

2014-05-26 15:45:14
ギリシア語たん(自転車操業中) @Hellenike_tan

【216行】"ἐγκύρσας ἄτῃσιν: ὁδὸς δ᾽ ἑτέρηφι παρελθεῖν" "ἐγκύρσας"は"ἐγκύρω"(ともになる)のアオリスト分詞能動態男性形単数主格、"ἄτῃσιν"は"ἄτη"(困惑・熱中)の複数与格詩的表現。(続きます)

2014-05-26 16:00:27
ギリシア語たん(自転車操業中) @Hellenike_tan

(承前)"ὁδὸς"は「道」。"ἑτέρηφι"は"ἕτερος"(二つのいずれか一方の)の女性形複数与格詩的表現、"παρελθεῖν"は"παρέρχομαι"(過ぎる)の不定法アオリスト能動態。(続きます)

2014-05-26 16:05:15
ギリシア語たん(自転車操業中) @Hellenike_tan

(承前)全体で「困惑がともになる。道は一方に過ぎたこと」となります。

2014-05-26 16:10:14
ギリシア語たん(自転車操業中) @Hellenike_tan

【214行~216行前半】ここまでで一区切りです。全体を通すと「暴力は、故に惨めな人に悪い。だが確かに良い人もたやすくもたらすことはできず、困惑がともになり彼自身にも重くなる」。「良い人」でも「暴力」は困難を招き自らの負担を重くしてしまうといったところですね。

2014-05-26 16:15:14
ギリシア語たん(自転車操業中) @Hellenike_tan

【217行】"κρείσσων ἐς τὰ δίκαια: Δίκη δ᾽ ὑπὲρ Ὕβριος ἴσχει" "κρείσσων"は「より強い」「より善い」といった意味で、"ἀγαθός"の比較級としても用いられます。"ἐς"は"εἰς"の短縮形。(続きます)

2014-05-26 16:30:15
ギリシア語たん(自転車操業中) @Hellenike_tan

(承前)"τὰ δίκαια"は"τὸ δίκαιον"の複数主格又は対格で"εἰς"に続くので後者です。形容詞"δίκαιος"の中性形に冠詞が付されたこの形は、「正しい物事」といった意味になります。(続きます)

2014-05-26 16:35:15
ギリシア語たん(自転車操業中) @Hellenike_tan

(承前)"Δίκη δ᾽ ὑπὲρ Ὕβριος"は"ὑπὲρ"が属格支配なので「正義は暴力のために」。"ἴσχει"は"ἴσχω"(留まる)の直説法現在三人称単数能動態。全体で「よりよい正しい物事に。正義は暴力のために留まる」となります。

2014-05-26 16:40:14
ギリシア語たん(自転車操業中) @Hellenike_tan

【216行後半~217行前半】この一区切りの中に動詞は"παρελθεῖν"しかないので、これを述語動詞扱いして訳すのが適当でしょうね。通すと「道はよい一方の正しい物事へと過ぎる(こと)」となります。

2014-05-26 16:45:14
ギリシア語たん(自転車操業中) @Hellenike_tan

【218行】"ἐς τέλος ἐξελθοῦσα: παθὼν δέ τε νήπιος ἔγνω." "τέλος"は「到来・実行・発生・執行」といった意味の多義的な中性名詞です。"ἐς"("εἰς")に続くので対格ですが、中性名詞なので主格と同型になります。(続きます)

2014-05-26 17:00:29
ギリシア語たん(自転車操業中) @Hellenike_tan

(承前)"ἐξελθοῦσα"は"ἐξέρχομαι"(外に行く/来る)のアオリスト分詞能動態女性形単数主格。"παθὼν"は"πάθος"の複数属格―ではなく"πάσχω"(起きる・過ぎる)のアオリスト分詞男性形単数主格です。(続きます)

2014-05-26 17:05:15
ギリシア語たん(自転車操業中) @Hellenike_tan

(承前)(補足)"πάθος"は単数属格"πάθεος"の中性名詞です。約音された形は"πάθους"。複数属格は、約音されていない形が"παθέων"、約音された形が"παθῶν"(曲アクセントに要注意)です。(話を戻して続きます)

2014-05-26 17:10:14
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