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みんみんぜみ @inuchochin
以前ツイートした関口流の小具足。古流柔術というと、合気道みたいに手首を掴まれたのに関節技で反撃、というイメージがある人が多いかもしれないけど古い流派だと胸倉掴み合う、こういう想定の技が多い。pic.twitter.com/wfeaOQsukC
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kanou @kanou1
@inuchochin 実際やってるとわかるんですけど手首とれねえんですよねー、手首とってもらうことはできるけど…。あと刃物持ってると切られるし…
みんみんぜみ @inuchochin
@kanou1 「古流柔術=手首逆とか手首を掴む」って明治以降の大東流系の流派や間接的に影響受けた流派のイメージだと思うんですが、大東流の古い技って肘のあたり掴むものが多いんですよね。先に小手や手首のあたりを受けたりはしますけど、掴むのは肘が先か、同時くらいで。
namiki yoshihary @cogito_ergo_su
@inuchochin この絵たしか以前 秘伝の表紙になったのと同じでしょうか。改めて見て、正中面(移動軸)がしっかり描かれていたんですね、感動。黒田先生の所のフエ之巻も同じ様な形態でしたね。技のニュアンスは大分違いますが。最も変化の難しい間合いだから練る意味がありそうですね。
みんみんぜみ @inuchochin
@cogito_ergo_su 正中面とかはよくわかりませんが、小具足は基本的に座敷の中の技術のようなので、間合いが近い形も多いようです。
namiki yoshihary @cogito_ergo_su
@inuchochin 嬉しくて つい技術的な事に触れてしまいましたが、これを始めるとキリがなくなるから自重しようと思いました。みんみんぜみさんのポリシーに従うべきだと思いました。ただ小具足で使われる小刀は 首切り刀とは違うでしょうけれど、首の取り合いを思い出しました。良い資料!
namiki yoshihary @cogito_ergo_su
小具足の具足ってたしか仏教由来で、「全て満ち足りた状態」って意味だったと思います。 鎧のカブト胴袖など主要部以外の部品について小具足といったと思います。それが転じて組討の体術を表すようになったのはなぜ? 竹之内流小具足腰之廻の腰之廻って何?実際に腰を廻すのではなく半身からの変化?
namiki yoshihary @cogito_ergo_su
ヤワラと小具足と組討 故松田隆智師は、柔と言うと 陳元贇と言うのはケシカランと仰った。でも起倒流の伝書に書いてあるのは福野、三浦らに「良くは知らないが自分の知っている中国のそれはこんなです」っていってヒントを与えて福野らが作り上げた柔らかい体術を「柔」と言ったという記述。何か納得
namiki yoshihary @cogito_ergo_su
@cogito_ergo_su 柔っていう言葉は 世が少し平和になって 殺伐とした物が受けなくなった結果、同種とされる武術を一般に説明しやすい様に、柔って言うようになったのでは? 現在から過去への視線の中では、柔術は皆ヤワラカと感じられるけれど、実はそうでもない流派も結構ある。
namiki yoshihary @cogito_ergo_su
@cogito_ergo_su そうそう起倒流も沢庵和尚の命名だって。 ホントにそんなにあっちこっちで沢庵さん知恵貸して上げたの? 単なる仮託? 新陰の茨木氏が関与してるので一応筋は通りますが。
神無月久音 @k_hisane
十兵衛著の「月之抄」内に、沢庵和尚が起倒流と名付けたという記述があるので、これについて和尚命名なのは確かなようです。 @cogito_ergo_su そうそう起倒流も沢庵和尚の命名だって。 ホントにそんなにあっちこっちで沢庵さん知恵貸して上げたの? 単なる仮託?
kanou @kanou1
@inuchochin 中国武術でもまず肘か手は同時に押さえますね。きんだで肘にゆびいれるかけかたもありますし…
知足者富 @Chi_Soku
捕手や小具足と柔術の線引の話は、凝り出すとキリがなくなりそう。ただいちおう論を展開しようとするならその場だけでも整理して区別したほうが良さそうだ。
知足者富 @Chi_Soku
まあ世の中、捕手や小具足知らない人のほうが多いんだからしょうがないけれど。私も「ほしゅ」で変換するしなあ^^;
みんみんぜみ @inuchochin
@Chi_Soku 私もホシュで変換してます(^^;;
みんみんぜみ @inuchochin
知足者富さんが書かれているとおり捕手・小具足(腰廻)・組討・柔術を以下に分類するか、ってのは昔から結構あやふやで、江戸時代から人によっていろいろな分類をしてる。twitter.com/Chi_Soku/statu… でもある程度傾向はあって私はこんな感じに考えてる。続く)
みんみんぜみ @inuchochin
捕手はこちらからとっ捕まえる術で、いかに実力上の人間を不意を打って取り押さえるか、という高度な技。 小具足(腰廻)は小具足(短刀・小脇差)を使う技術。(個人的には槍長刀大太刀を大具足と言ったところから小具足は小さな武器を示している、って説が正しい気がする)
みんみんぜみ @inuchochin
小具足については、竹内流とか古い流派では双方が短刀を持っている言わば短刀術みたいな感じ。でも江戸初期の関口流や制剛流になると敵が短刀を持って攻撃するのを素手で防ぐ技の割合が増え、江戸時代後期の天神真楊流なんかでは『小具足』という形が素手で小太刀捕する形名になっている。
みんみんぜみ @inuchochin
捕手にしろ小具足腰廻にしろ、文献上は竹内流を最古とするわけだけど、竹内流の文献にも開祖修行した時点でいくつか流儀があったような事を書いている。当然無からいきなり流派が現れるわけじゃないから、なにかしら捕手・小具足的な技術はあったんだと思う。
みんみんぜみ @inuchochin
時代はくだるけど、天流の外物(とのもの)に小具足として太刀の柄をつかまれた場合とか旅行中囲まれた場合とか様々な状況に対する対応法がまとめられてる。念流の犬の巻(これも外物)にも同種の技法があるとか。こういった感じで敵を捕らえる場合の心得や、座敷で襲われた場合身を守る方法として
みんみんぜみ @inuchochin
技法はいろいろあったんじゃないかと思う。一刀流の外物にも『詰座刀抜』(狭い場所で刀を抜く方法)とかあり、新陰流外物にも『人捕時打所』(そのまま、人を捕らえるとき打つ急所)なんかの心得がある。
みんみんぜみ @inuchochin
柳生新陰流の柳生宗矩には『捕手小脇差居相』という何十手かの短刀護身術や捕手術の伝書を書いている。内容は竹内流の小具足腰廻や捕手によく似ている。石舟斉も近い内容の伝書を出しているから、疋田豊五郎・柳生石舟斎の二人が似たような内容の伝書を出している以上、上泉信綱の時点で
みんみんぜみ @inuchochin
たぶん、小具足的な技法や捕手的な技法の心得も何手かあったんだと思う。
みんみんぜみ @inuchochin
『戦国時代の武術は殺し業。」とかいう一般的なイメージと違って『捕手』は戦国の技、と書かれている事もあるくらい古い技術。当然戦国時代でも、敵の使者なんかを捕縛する必要はあるだろうし、間者を生け捕りにするとか殺すより捕縛のほうがずっと武術として意味がある技なわけで。しかも当時の捕手は
みんみんぜみ @inuchochin
しかも当時の捕手は『逮捕術』のイメージと違って当身技を多用するものだったらしい。逆手、関節技で華麗に取り押さえるというのは近代柔術のイメージで、やはり戦国時代の捕手は初期の技術だけあって実用性があり、人権意識も少ないだろうからか荒っぽいものだったらしい。
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コメント

神無月久音 @k_hisane 2014年9月30日
起倒流命名に関するTLを1個追加しました。
ぺりかんびん @perikanbin1 2014年10月18日
大変興味深く拝見しました。良まとめ感謝いたします。
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