ハイデガーシンポ 『存在と時間』その翻訳を巡って聴講録
- sunamajiri
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大雑把に言うと、日本の仏僧はたとえ本覚でなくても、空無を探す言葉を漢意に求めてしまうようだが、ハイデガーのたとえば存在と時間前半のデカルトの哲学原理を批判する語りなんて、ほとんど詩だからね。彼らには日本語にみえないのだろう。@LitoSnowfield
2014-11-26 00:47:13風の歌を聴けだったりしてねwww(^-^)/ @LitoSnowfield はは(*^o^)> 詩のような語り方をしなければ語り得ないことを語ろうとする試み…とはならないのですね〜(笑) まるで読解力テスト(*^o^)v
2014-11-26 00:50:33そう、素読に対するパラフレーズ(換言)という日本の国語教育では、小説言語の換言、そして評論の文芸評論化からしか、「客観テスト」できないことになっているからね。坪内逍遥の小説神髄のとおり、事柄を仏教語彙化する政治小説は、換言できないのだ。@LitoSnowfield
2014-11-26 00:56:10ここに登場する小森陽一が、事柄の仏教語彙化=政治小説から離脱させる戯作人情ものを、西欧文学からいかに翻案するか、という坪内逍遥の小説神髄が、日本では言文一致という近代化の布石になる、というわけだが。twitter.com/ujikenorio/sta… @LitoSnowfield
2014-11-26 01:08:50「2014衆院選:今問う、漱石の個人主義 100年前の講演に憲法考える糸口」『朝日新聞』2014年11月25日付 asahi.com/articles/DA3S1… 個人と国家のあり方を考えぬいた言葉は1世紀の時を経て、今なお新鮮に響く。 pic.twitter.com/tHlr77UZ2n
2014-11-25 21:35:58・・と、仏教語彙化は、ヘブルをヘレナで覆い返し、日本ではキリスト教に勝利することのように誤読した三島の擬古典文に帰着するだけだが、昨日やっと調達した『ハイデガーとヘブライの遺産』が、ハイデガーの問わなかったもの、沈黙としてのヘブルに言及していて面白い。@LitoSnowfield
2014-11-26 02:02:28この本。フランスハイデガリアンで、ハイデガーを、聖書からヘレナの取り戻し以上に、沈黙せるヘブルの取り戻しとするのが、解釈=読解だとする本。twitter.com/sunamajiri/sta… 前から探していたが久しぶりの神保町で立ち読みできた。@LitoSnowfield
2014-11-26 02:05:37これが千円で売ってたから、ゲットして、電車にのった。(^-^)/ pic.twitter.com/smw4bz9aZA
2014-11-24 15:11:13結局、英米圏で分析ではない解釈とはヘブル化のような様相になるのだが、一方で日本ではハイデガーは、ヘブル聖書の拒否のように誤読される。この本の冒頭はハイデガーをそう誤読することの解釈上の問題を列挙していく。@LitoSnowfield pic.twitter.com/CvQY5xC462
2014-11-26 02:09:47それが沈黙だからね。仏教国を目指しているのかハイデガーにヘブルの抹消ばかり読み込み「形而上学の終焉→近代化」が果たせないだけだからね。英米も仏語圏もハイデガーの沈黙ばかり読むのだ。それを彼らは読解という。@LitoSnowfield pic.twitter.com/yp1htTPZN9
2014-11-26 02:35:07面白いのはその読解、柄谷行人のようにヘレナデモクラシーの起源をイソノミアや互酬性と遡行するのではなく、沈黙としてのヘブル、つまり契約(旧約)の話に遡行してしまう。マルレーヌ・ザラデルは、それがハイデガーのテクストだと言いたいらしい。 pic.twitter.com/5L949MAskv
2014-11-26 02:53:06柄谷行人が、起源は契約ではなく互酬性と遡行できたのも、ハイデガーの『カントと形而上学の問題』での無限の問いを度外視して、カントの構想力、つまり有限性だけを実存のように捉えることで、契約を抹消できただけなんだろうしね。あの遡行を英米仏人が沈黙や読解と認めるのか知らないが。
2014-11-26 02:57:43話戻すと、解釈の出現というのは、テクストがテクストであるための契約に遡行することになりそうだが、ハイデガー自身が「翻訳の解釈学」を遂行していて、それを和訳する段では、どうしても契約は無効と誤訳したがるってことなのかもね。解約だわな、違約金取られそう。@LitoSnowfield
2014-11-26 04:00:24契約なしに仏教国作りたいという御仁の側から見れば、ハイデガーに裏切られ続けてるんだろうね。非常に笑える。ハイデガーじゃ、そういう捏造はまず無理ねww(^-^)/ @LitoSnowfield
2014-11-26 04:05:05リード文を推敲しました。「ハイデガーシンポ 『存在と時間』その翻訳を巡って聴講録」 togetter.com/li/749961
2014-11-27 02:50:26要約すれば、ハイデガーがナトルプ報告までに計画した《直感により換言して事柄そのものとなる》という「翻訳の解釈学」を実践した『存在と時間』。高田珠樹氏の訳業はまさしくハイデガーの方法に忠実な本邦初の換言的訳文となった、という問題提起がなされたハイデガーシンポジウムであった。
2014-11-27 03:15:51シンポ実況まとめへのリード文、シンポの内容の紹介に務めたが、読みづらいので、FBにも転載しておいた。facebook.com/kaoru.ohmoto/p…
2014-11-27 03:17:25斎藤元基氏は、ハイデガーの日本との交流など後期は、テクスチュアルにはナトルプ報告のように『存在と時間』をめぐる「事柄の直感」に関連しないとしたが、高田珠樹氏によりいわば日本語に換言されるに際し、ゾルゲが踏まえられたことで、『存在と時間』が日本語において解決された印象を受けた。
2014-11-27 03:43:14ハイデガーが事柄だけのゾルゲになっていくために、翻訳の解釈学で直感で事柄を換言するという、斎藤氏によるとニコマコス倫理学の「半分以上直感できれば」に行き当たったというのは、日本では国語の唯一のテスト方法として、換言を編み出させているわけだから、現代文教育の源泉ということだわな。
2014-11-27 04:18:16高田珠樹氏の講演では、『存在と時間』の新たな換言的翻訳という新地平には、村上春樹(は好きでないとおっしゃっていたが)の近作では、より具体的にこれが展開されている、という比較文学になっていたのが最も興味深かったのだが、じつは私は春樹の近作を回避してハイデガーをよんでいたのだ。
2014-11-27 04:25:21それは、ハイデガーが存在論として、翻訳の解釈学を遂行する途上も、すべてゾルゲを踏まえているとしなければ、日本語に換言できない問題として高田珠樹氏により提出された点なのだが、村上春樹にまたしても戻らなければならないのが、私は辛い。ww
2014-11-27 04:26:54じつは、村上春樹は海カフカ以降読んでいないのだが、まずいね。この前、大阪でニューハーフやってる神学院生が、村上春樹全作品を綺麗に自炊したからあげると、1GBちかいファイルをもらったんだが、あれはどこいったかな。あとで探すことにしようww(^-^)/
2014-11-27 04:28:44どうもハイデガーはラテン語の文法学やライプニッツの単語訳が、何か途轍もない勘違いを引き起こすから、アリストテレスがニコマコス倫理学で言う「半分一寸直感が合っていたら」それで言い換え続ける、という「翻訳の解釈学」を実践してたみたいね。先日のシンポの主題だったよ。@bezokuGon
2014-11-27 12:33:13このまとめの、長文になったがリード文に出てくる、ハイデガーが『存在と時間』の構想時点で思考していた「翻訳の解釈学」って、そういうことらしい。ハイデガーシンポ 『存在と時間』その翻訳を巡って聴講録 togetter.com/li/749961 @bezokuGon
2014-11-27 12:37:44その『存在と時間』へ至る、ハイデガー自身の「翻訳の解釈学」では、ライプニッツの逐語訳では、あれじゃ多義語に陥り、言い換えでもしなければ何言ってるかわからないじゃないか、ということもあるようだが、それによる途轍もない勘違いってニヒリズムだったりしそうだからね。@bezokuGon
2014-11-27 12:42:53