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日本の母語教育(国語)はどこかが間違っているかもしれない、という疑問。

議論のプロであり、プレゼンテーションのプロでもあるはずの政治家の言葉が、なぜこれほどまでに荒廃してしまったのか。 中高6年間勉強しても英語が「使える」ようにならないのは、そもそも母語(日本語)能力・母語スキルが不十分だからではないか。 米国の母語(英語)教育から日本の過去の教育まで、幅広い議論をまとめました。 <読後感想文が国語教育をだめにしているかもしれない、という疑問。>とその<続編 http://togetter.com/li/745733>もあわせて読まれると良いかも。
教育 英語 国語教育 母語 日本語
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逆卷 しとね @_pilate
英語圏の大学では母国語教育をみっちりやる。大学院生のチューターが受け持ったり。『ストーナー』の主人公は文学を読ませて教養英語を教える。イギリスでも教養英語専門の教員(研究させてもらえないなどいろいろ問題はあるけど)がいる。なぜ日本の大学教育では日本語教育をしっかりしないのか。
TrinityNYC @TrinityNYC
日本の大学って、「書かせる宿題」が少ないような気が。。。 @_pilate
TrinityNYC @TrinityNYC
私はアメリカの大学で、Modern English Writingというコースをとって、あれは良かったと今でも思ってるな。先生は英文学の老教授だったけど、ひたすら「書き方」を教わり、これでもかこれでもかと作文の宿題が出て、母語が英語じゃない自分は泣いた。でもいい訓練になった。
TrinityNYC @TrinityNYC
MBAに行ったら、やっぱりBusiness Writingという補修クラスを取り、あれも良かった。ひたすら、「明確なビジネスレターの書き方」を様式として習い、宿題もメチャ多かった。その時の先生は、コロンビア大学でやっぱり英文学を専攻する院生だった。
TrinityNYC @TrinityNYC
日本の大学って、なんとなく、文系軽視する風潮あるように感じるんだけど、日本の政治家のスピーチ原稿のクオリティの低さ・不明瞭さって、英語圏から見ると、ちょっと信じがたいレベルじゃなかろうか。アメリカだと文学やジャーナリズムでマスター取ると、スピーチライターというプロ職がある。
soccersukidesu @soccerzukidesu
@TrinityNYC ColumboのIdentity Crisisで犯人のCIAエージェントがワイナリーの社長のスピーチ原稿を作成していて、アメリカにはそういう職業があるのだなぁ、だからアメリカの要人のスピーチは上手いのだなぁと思った記憶があります。
TrinityNYC @TrinityNYC
私が在籍した米企業でも、金融業なのにプロのエディター達がいました。プレスリリース、レポート、スピーチ...公式に出てゆく文章で原稿と名のつくものはすべて英語として美しくポリッシュしてくれるんです。"@soccerzukidesu: アメリカにはそういう職業があるのだなぁ
逆卷 しとね @_pilate
今の大学生はどうか知らないですけど、教養の授業では十数年前でも期末レポートがあるかないか、ぐらいでしたね。本当に、毎週レポートを二千字でもいいからやればいいと思うんですけど。@TrinityNYC
TrinityNYC @TrinityNYC
自分は米国の大学で何に泣いたかというと、エッセーの宿題の多さでした。レポート提出の宿題が毎日。"@_pilate: 今の大学生はどうか知らないですけど、教養の授業では十数年前でも期末レポートがあるかないかぐらいでしたね。毎週レポートを二千字でもいいからやればいいと思うんですけど
Midori Fujisawa共訳『候補者ジェレミー・コービン』岩波書店 @midoriSW19
社会学部系系の大学生の宿題採点を2年程やりましたが、そこで見た物はとてもここでは書けません。墓場まで持って行きますw。RT@_pilate 教養の授業では十数年前でも期末レポートがあるかないか。毎週レポートを二千字でもいいからやればいいと思うんですけど。@TrinityNYC
TrinityNYC @TrinityNYC
手紙や原稿なんて、「片手間で書ける」という誤解や奢りが、日本にはあるような気がするな。大学教育でしっかり書き方を学んでる風がないから、日本語のビジネスレターでも要領得なくて酷いのが結構あるもん。プレゼンも日本人は一般にスライド作りがポイント欠いてて下手くそ。訓練してないから。
Midori Fujisawa共訳『候補者ジェレミー・コービン』岩波書店 @midoriSW19
日本で仕事(雑誌記者)している頃にこれには何度も泣かされました→<「手紙や原稿なんて、「片手間で書ける」という誤解や奢りが、日本にはあるような気がするな。> 翻訳も同じ。誰でもできると思われている。@kenichi_tomura @TrinityNYC @Mydxb
TrinityNYC @TrinityNYC
まさに。こういうことを、私は大学のWritingの授業で、テーマ+宿題+添削の繰り返しを通じて、「習った」のです。必読→"@Kanaske_: @TrinityNYC ちょうど最近こんなの出てました。hbr.org/2014/11/how-to…"
リンク Harvard Business Review How to Improve Your Business Writing Cut the fat.
かなってぃ @Kanaske_
アカデミックとビジネスは違うと記事では言ってますが日本の国語教育に比べたら類似点は多いと思いますRT @TrinityNYC: まさに。こういうことを私は大学のWritingの授業で、テ「習った」のです。必読→" 最近こんなの hbr.org/2014/11/how-to…
Seina @Seina
@TrinityNYC 現在シンガポールでインターに通わせてますが小学2年でスピーチ、レポートの多さにびっくりです。文法より「なぜそう言いたいのか」が先。毎日驚きの連続です。子供はすごく楽しそうです。
shimalucky @shimalucky
@TrinityNYC @takuramix 香港のインターナショナル校ではビジネスレターを小学生で練習している学校もあります。勿論、notice レベルですが
タクラミックス @takuramix
@TrinityNYC 日本で教える「書く話す」は、自分の思った事をそのまま出す、が基本で、「相手に伝わっているかどうか」は軽視されています。 その種の訓練は日本においては大学レベルに至ってもなお行われていないと思います。(2000年代までの実体験として)
TrinityNYC @TrinityNYC
@takuramix 同感です。文学的な文章における文才とは違って、ビジネス文書などは訓練次第で上達するスキルなのだし、仕事の効率上げるのにも、相手に伝わる文章の書き方や様式を中高大で教えるのは、意味あることだと実際思うです。
タクラミックス @takuramix
@TrinityNYC 「文才」!まさに、この文才への情緒的な憧憬が国語教育に蔓延しているのが毒なんですよね。 コミュニケーションの道具としての国語が教育からすっぽり抜け落ちているんですよ。外国語を修得する際にも、文才志向が邪魔になっているように思います。
TrinityNYC @TrinityNYC
「文章は教養である」という共通認識は、事実そのとおりだと思います。"@soccerzukidesu: @TrinityNYC 外に向けて発信するということを日本よりももっと真摯に捉えているし、≪文章≫とは教養であるという社会共通の認識もあるように思いました。"
soccersukidesu @soccerzukidesu
@TrinityNYC @takuramix これは文章(スピーチ含む)だけでなく、日本での会議や討論も同様です。相手に同意するかということではなく、その場に異なる意見の≪相手≫がいた場合、それを理解する、理解させる、ではなく、とにかく、自分を主張する、耳を塞ぐという。
amakent @amakent
@takuramix ちなみに、江戸期の寺子屋で読み書きの教材とされていたのは「往来物」と言われる往復書簡だったらしく、この「ふたつの人格の両方をなぞる」感覚は現代人には新鮮だなあ、と塾で現代文を教えていたときに感心したおぼえがあります。@TrinityNYC
TrinityNYC @TrinityNYC
@amakent @takuramix それ、いい方法ですね。一方的ではなくて。ディベートの訓練でも、意見の異なる2つの立場、双方をそれぞれ練習しますよね。
ウム・クルトゥム @Palmyra_Zanobia
日本の某有名お上御用達大旅行会社さんとかが、海外業務視察の英語リクエストレターとかを出すんですが、受け取った外国企業は、何がしたいんだかちっとも分からない、と言う事がよくあり、それを「翻訳 」したりしてました、昔。文法も語彙も間違ってないけど通じないんです@TrinityNYC
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コメント

ネガ @negangan 2014年11月27日
情緒的・感傷的、というのは実際問題言い訳に過ぎず、単に下手な日本語しか書けないのをごまかしてるだけでしょ。
言葉使い @tennteke 2014年11月27日
“お芝居とか役”としてやるのがディベートなのに、日本では弁論プロレスで相手を打ち負かすこととして認知されてしまいました。もともとは“お芝居とか役”だから違う立場に交換可能で、役者として相応しい演技(意見)は?を考察するものだった。>>一方的ではなくて。ディベートの訓練でも、意見の異なる2つの立場、双方をそれぞれ練習しますよね。
九銀@半bot @kuginnya 2014年11月27日
web小説とかにもありがちな事だよなぁ。作者本人だけは自分の中にイメージがあるからちゃんと書けた気でいるけれど、傍から見ればどんな場面なのかさっぱり分からない。
Shiro Kawai @anohana 2014年11月27日
情緒や感傷をうまく「表現」するのにも技術は必要で、長い歴史で洗練されてきた技術が「型」。型を全く知らずに表現したいことを表現するのはものすごく難しい。オリジナリティとかは基本的な技術が使えるようになってから思う存分発揮すればいい。日本では文章に限らず表現教育全般において、技術面が重視されていない印象がある。
石部統久 @mototchen 2014年11月27日
資料まとめです。 日本にはないライティング教育 そして作文は思想教育のためだった http://matome.naver.jp/odai/2140917599577102801 なぜ近代の国民国家で小説がもてはやされたのか 国語と小説 http://matome.naver.jp/odai/2141032032266263101 education とその日本語訳の教育という用語 http://matome.naver.jp/odai/2139495957853040201
もこ @mocomb 2014年11月27日
たぶんまともに文章の書き方を学習したのは高校3年の頃と大学4年のころかな。要は試験対策としての小論文の書き方と卒論の書き方だけど。あと大学入って初めて提出したレポート課題で叙情的な表現を用いたらそれを指摘されてペケ貰ったのは非常に印象深く残ってる。自分は当時、そこで初めてレポートと作文の違いを知ったというレベルだった。
闇のapj @apj 2014年11月27日
適当な事件を設定して解説もした上で、本人訴訟の訴状を書く練習でもした方がよっぽど書きやすいし実用的なんじゃないかな>作文教育。
Bunker @DerBunker 2014年11月27日
文章の「型」について言えば。昔の人は漢文の素読でみっちりとやることで文章表現の種類を身につけていたわけだよね。そもそも公的な文章語の骨格を形成していたのはは漢文そのものか、その読み下し文だったわけで。戦争に負けてから漢文が脇へ追いやられていったけどその代わりになるものが確立していないのが今のような。いまさら左伝の素読をやるわけにもいかないし。少なくとも、英文を直訳したような文章は論理的云々以前に日本語の文章として駄目だよな。
こざくらちひろ @C_Kozakura 2014年11月27日
作文は書けば御終いですからねえ。人前で呼んで他人から感想をもらい、それに自分がコメントするっていう、書く・聞く・コメントする・言い合うっていう4つのプロセスを経ないで、自分の言いたい事を言いっぱなしにしてお終いなのが問題なわけで。
ベッド紳士🕷🏴󠁧󠁢󠁳󠁣󠁴󠁿🇬🇧 @Bed_gentleman 2014年11月27日
海外生活が長いとなかなか小学校教育の現状は見えて来ないと思いますし、日本に在住している大人でも子供の教科書に目を通さないとなかなか現状は把握できないとは思いますが。美術大学にしても、日本人の学生は確かに論文やプレゼンが苦手な人が多いのは問題ですが、それ以前にイギリス人の学生には弁は立つけど作品は作れない学生があまりに多過ぎた観があります。
ベッド紳士🕷🏴󠁧󠁢󠁳󠁣󠁴󠁿🇬🇧 @Bed_gentleman 2014年11月27日
僭越ながらもう一つ。ドイツでギムナジウムに入り損ねると、大学進学コースに戻るのはものすごく大変だそうです。ドイツ人の知人は現在欧州で研究者をしていますが、勉学に関して伸びが遅く大学進学コースに戻るのが大変だったそう。特に男の子は後で伸びる子が多いので、10歳で進路が決まるドイツの教育システムも善し悪しだと思います。15歳まで取り組める日本の方が私はいい気がしています。
ベッド紳士🕷🏴󠁧󠁢󠁳󠁣󠁴󠁿🇬🇧 @Bed_gentleman 2014年11月27日
更に、イギリスでは住む地区を選ばないとまともな公立校がありません。だから良い公立校がある地区は中流の家庭に占領されていて、教育の質以前に中流以下の子供は勉強に集中ができる環境が作れずにいる。私は英国の大学院に行きましたが、設備もアドミンもガタガタで酷い有様でした。理論の構築の仕方を学びに行ったのはいいのですが、それ以前にまともに制作が進められない。
ベッド紳士🕷🏴󠁧󠁢󠁳󠁣󠁴󠁿🇬🇧 @Bed_gentleman 2014年11月27日
確かに海外の良い例から学ぶのは大切なんですが、海外クラスタの皆様の知っている日本の教育に関する情報は一部30年前のもののような気がします…日本の方が優れている部分も沢山ありますし、それを踏まえた上で良い所を盗み取っていかないと、単にチグハグになるだけな気がします。
ねここねこ @j_f_marie 2014年11月27日
論理的思考とその表現方法の学びが日本での国語教育に足りないというのが上記のまとめの趣旨だとしたら、同意する面もあります。しかし、そもそも日本と海外ではコンテキスト文化が違うということを度外視していませんか。
ねここねこ @j_f_marie 2014年11月27日
国語教育をディベートやプレゼンを学ぶ場にすべきと皆さんがお考えだとすれば、それは行き過ぎなのではないでしょうか。国語文化(我が国なら短歌・漢詩から現代にいたる文学)を鑑賞・継承すべく、古語から現代語に至る素養を身に着けることが国語教育の原点。その基礎的体力なしに日本語の表現能力が高まるはずはありません。アウトプットばかり磨けばビジネスの場では役立つかもしれませんが、非常に浅薄な言葉遊びしか身に付きません。実際にディベートが中等教育に導入されましたが、成功したとは思えません。
北岡修二:S.KITAOKA @regedry33 2014年11月28日
外国語を学ぶにしても、それを実際的なspeechとして学ぶのか、それともlanguageとして学ぶのか?最近、改めて芭蕉を読むことが多いが、あの言葉の切れに心酔。散文的な言葉の羅列による「説明」ばかりの昨今、あの鋭い描写こそが日本語の真骨頂ではないだろうか?
んぱんぱ @crayonmarch 2014年11月28日
日本の学校教育って文系理系問わず全てにおいてダメだよ、役立たずの詰め込み教育ばかり。根本から見なおして欲しい。
北岡修二:S.KITAOKA @regedry33 2014年11月28日
「人はいかに国語を学ぶのか?それはひとえに偉大な作家によってなのだ。そのもっとも簡潔で、もっとも豊かで、もっとも深い言葉によって学ぶのだ」。これはアランの『教育論』の言葉だが、キリルとメソディウス兄弟が東方正教をスラヴ人の言葉で布教するために考案したクリーリッツァ=ロシア語は、プーシキンによって磨かれて現代に受け継がれた。アランの言う【偉大な作家】とは、例えばロシア(語)におけるプーシキンであり、その作品こそが最良のテキストであることは毫も疑い得ない。
taka @Vietnum 2014年11月28日
こんなことを言うのもなんだけど、「アフォードできる」とか「美しくポリッシュしてくれる」とか言う人に日本語教育がおかしいと言われても、「たしかにそのとおりですね」としか言いようがないヽ(´∇`)ノ そふぃすてぃけいしょんが足りない(^q^)
言葉使い @tennteke 2014年11月28日
韓国政府等が日本にやっていることは腹立たしいけど、その感情を棚に置いて、韓国は何故日本にこんなことをするんだろう?と考えたとき、イデオロギーが偏っていない人には書くのも読むのも苦痛。これは国語教育の問題なんだろうか?
室町幕府十代将軍 @oskimura 2014年11月28日
ウム クルトゥム @Mydxbって人シリアから北欧に移住したっていう設定だけど、日本人じゃないの?この人がシリア語ツイートしてるの見たこと無い
Eimi1003 @Eimi1003 2014年11月28日
またNYCオバサンですかw。国語をあえて「母語教育」と言っているのが変ですよね。
bug_girlnboy_club @buggirlnboyclub 2014年11月28日
こういうの見ると『でわのかみ』とか言い出す人必ず居るけどさ、日本の近代化ってほとんど『でわのかみ』じゃないか?と思うの。
bug_girlnboy_club @buggirlnboyclub 2014年11月28日
小中は基礎を学ぶところ、高等教育は本格的に専門的なことを学ぶところ、って当たり前だと思ってたけど。それができてないだけで。
bug_girlnboy_club @buggirlnboyclub 2014年11月28日
イデオロギーが偏って無い人って居るのだろうか。私には偏りが無い( ー`дー´)とかいう人って、単に客観的なものの見方ができん人だと思うが。
もこ @mocomb 2014年11月28日
結局、文章を書くテクニックを学ぶというのは読解力を養うことにもつながると思う。書く、聞く、言い合う、というコメントがあるけど、まさに高等教育ではそういう学習が必要なんだろうし自分も学んでみたい。
ask9♡3次元に2次元の幻を探しに出かけるタイプのヲタク @ask9 2014年11月29日
日本の教育の問題は俺には高尚過ぎ門外漢過ぎなので何とも言えませんが、翻訳する場で「ひとつよしなに」的な曖昧模糊表現を多用するお役所系文書を、解読して、きちんと主語述語に直してああしろこうしろ!と翻訳するスキルは、自分の場合ですと国語読解力を培った御蔭かなーとは思ってます。だから、外国語やる前に母国語の能力が大事ってそういうことかと。
ask9♡3次元に2次元の幻を探しに出かけるタイプのヲタク @ask9 2014年11月29日
でも日本のビジネス文書で曖昧模糊な表現はよしてくれ、と言うのは日本文化の一部を否定して自分が翻訳楽に出来るためにそう言っちゃってる気もして多少気が引けますね。ただ外国とやり取りするときには根本的にそこ発想が違う、という点は知っててほしいかな...日本ビジネスだと「持ち帰って検討」って言われちゃうとあぁダメかもって気になるけど、外国人にそう言っちゃうと「もう少しプッシュすれば何とかなるかも?よーしイケイケ!」って思われる場合あるので、そこは翻訳では明確にNoって言い換えたりとかw
ask9♡3次元に2次元の幻を探しに出かけるタイプのヲタク @ask9 2014年11月29日
後は、ビジネス文書に限らずプレゼンとかでも日本人は「思い」って割と使うんだど、こういうふわっとした「私たちの「思い」を解って」みたいな事はズバリ言ってくれないと絶対通じないから、補うんだけど、書いてる方がふわっとしてるから思いが何だが解んなくて訳せない、ってのはたまにあります。。。思い、じゃなくて「何を」「どう」思ってるのか?ハッキリ言ってほしい。。
ask9♡3次元に2次元の幻を探しに出かけるタイプのヲタク @ask9 2014年11月29日
後は、のらりくらりと曖昧模糊に書いててまるっと解読すると結局Noだったりバカ、しね!だったりする、的な文章はイギリス人とかは結構良く書いてる印象がある。でも、最近のイギリスの若い人は皮肉を言わなくなった、とBBCは危惧しているようだがw
Bunker @DerBunker 2014年11月29日
そもそも文学と論文の書き方とプレゼン能力とビジネス文書と法令・訴訟文書は分けるべきだよね。少ないとも高等教育と呼ばれる世界では、別の科目として扱われてもいいものだとおもうけど。理系の科目が細分化していくように。
taka @Vietnum 2014年11月29日
>ask9 疑問なんですが、もし主催者が日本側で、「どうか契約くださいな」側が欧米人だった場合でも、曖昧な日本語を外人に対して分かりやすく置きかえるんですか? たとえば「中国人はメンツを気にする(だから配慮しよう)」というのはよく言われることですが、同じく「日本人のこの言い回しは断りのサイン」みたいな前提を欧米人が前もって把握している姿勢ってあるのかどうか。ディズニーキャラがお箸を使うことなんてない一方で、米国輸出のドラえもんはご飯食を捨ててパンを食らう有様だし……。
こざくらちひろ @C_Kozakura 2014年11月29日
Vietnum 外交文書の言い回しってのは、そういう意味でのお決まりの表現というのがあります。ディプロマシーというゲームをすれば、その辺りの言い回しは身につきます。外国ではローティーンのゲームですが、なぜか日本ではサークル壊しゲーとして恐れられています。
taka @Vietnum 2014年11月30日
C_Kozakura >なぜか日本ではサークル壊しゲーとして恐れられています ←www 騙しも裏切りもある外交ボードゲームがローティーン向けってのもスゴいですね( ̄∇ ̄)
ask9♡3次元に2次元の幻を探しに出かけるタイプのヲタク @ask9 2014年12月29日
Vietnum そうですねぇ、外国企業の姿勢にもよるとは思うけどそれなりに日本文化を予習して来る方も勿論いますよ。ただ、若干の認識違いとかも勿論あって、日本人は契約締結の暁には飲んでカラオケだろ!って超盛り上がってカラオケ行くのですが、カラオケの場では欧米式に全員合唱して踊って騒いでと賑やかスタイルで、日本でありがちな歌う人以外は皆次の曲調べたり、とかそういうのとまるで違うテンション高いスタイルだったり。
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