2014年11月29日

教師が生徒を馬鹿にしてはいけない!から始まって思わぬところまで行き着くツイートまとめ

タイトルの通りです。 結城浩のいつもの連ツイ。 こういう話が好きな人は結城メルマガをどうぞ。 http://www.hyuki.com/mm/
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結城浩 @hyuki

教師が生徒を馬鹿にするのはもっとも恥ずべき行為だと思っています。#一般論

2014-11-29 15:09:24
結城浩 @hyuki

どういうことかというと、教師が生徒を馬鹿にする(お前は馬鹿だからこれが理解できないと言う)のは、笑わない観客を漫才師が馬鹿にしたり、痛んだ野菜を買わない客を八百屋が馬鹿にしたり、本を買わない読者を著者が馬鹿にするようなものだと思っている、ということです。

2014-11-29 15:11:46
結城浩 @hyuki

客を笑わすのが漫才師の仕事であり、新鮮な野菜を買ってもらうのが八百屋の仕事であり、思わず買いたくなるほど魅力的な本を書くのが著者の仕事であるように、教師の仕事は「自分ひとりで本を読んでもなかなか理解できない生徒にきちんと物事を教えること」なのではないかと思うのです。

2014-11-29 15:13:42
結城浩 @hyuki

それが難しいのは百も承知。客を笑わすのも難しい。新鮮な野菜を安価に提供するのも難しい。思わず買いたくなる本を書くのも難しい。それと同じように、生徒に物事を教えることは難しい。でも、だからこそ、それが仕事として成立するわけなのです。

2014-11-29 15:15:12
結城浩 @hyuki

仕事はいつも難しいものです。何を言っても笑う観客。腐った高価な野菜を買う顧客。誰が書いたどんな本でも買う読者。そんな人ばかりなら、仕事は成立しません。

2014-11-29 15:16:38
結城浩 @hyuki

仕事はいつも「他の人にはなかなかできない何か」という場所にある。

2014-11-29 15:17:21
結城浩 @hyuki

困難。難易度が高い。普通じゃできない。誰も考えつかない。やりたがる人なんていない。リスクが高い。マニュアルがない。自分の大事なものを捨てないと達成できない。……そこにこそ、チャンスがある。

2014-11-29 15:18:49
結城浩 @hyuki

差別化、差別化、差別化。コンサルタントは差別化をせよという。他の人と違うことをせよという。その一方でマーケティング、マーケティング、マーケティングという。つまりは人が想像できそうなことをやれという。そこには大きな矛盾がある。でも、もちろん、矛盾ではない。

2014-11-29 15:20:20
結城浩 @hyuki

誰しも、自分が得意なことを(実は)よく知っている。自分ができることなんて何百個もないものね。せいぜい一個か二個。自分が少しは得意なものはそのくらいしかない。だったら、そこで勝負するしかないじゃん。

2014-11-29 15:21:29
結城浩 @hyuki

パイが大きいところには、たくさんの人がいる。パイが小さいところには、人は少ない(でも「儲け」も少ない)。自分はどの分野のどういうところで勝負するのか。

2014-11-29 15:22:30
結城浩 @hyuki

大きなパイで勝負するにせよ、小さなパイで勝負するにせよ、考えるべきことはある。二つある。「わたし」と「あなた」について。それがとても大事になる。私は……何をいつどのような形で誰にどんなふうに提供しようとしているのか。あなたは……何をいつどのような形で受け取ろうとしているのか。

2014-11-29 15:24:15
結城浩 @hyuki

その二つをよく理解し、それがマッチしている人は何も心配せずに生きていけるはず。自分の好きな仕事で、自分の好きなように生きていける。

2014-11-29 15:25:07
結城浩 @hyuki

でも、一般にはそれはとても難しいこと。自分もふらふら、相手もふらふら。何が起こっているかを把握することさえ難しい。それが普通の話。

2014-11-29 15:25:51
結城浩 @hyuki

WebのアクセスログやFacebookのインサイト。アンケート葉書にPOS情報にSNSの評判集計。そのすべてはたった一つのこと「ねえ、あなたは誰?何を考えている?」を知ることを目的としている。

2014-11-29 15:27:23
結城浩 @hyuki

仕事というものをどう定義づけるか。生活というものをどう定義づけるか。それは理屈をこね回しているだけのように見えるかもしれないし、じれったい話かもしれないが、実はとても大切なことかもしれない。

2014-11-29 15:28:55
結城浩 @hyuki

「何で自分はこの会社に毎朝通っているんだっけ?」 「どうして私はこの人に頭を下げているの?」 「わたしは、この生活をあと何十年続けるんだっけ?」

2014-11-29 15:30:13
結城浩 @hyuki

思うことはさまざまある。問いたいことはたくさんある。そして、その問いのほとんどについて、答えてくれる人は誰もいない。答えてくれそうな人は信用できない人ばかり。

2014-11-29 15:31:07
結城浩 @hyuki

「わたし」「人生」「仕事」「生活」「大事なあの人」「昨日と今日と明日」……それらを定義していくのは、最終的には自分しかいない。わたしは、わたしをこうだと考える。わたしは、人生や仕事をこういうものだとして生きていく。わたしはあの人のことをこう思う。そして今日を、明日を、こう生きる。

2014-11-29 15:32:54
結城浩 @hyuki

それらは、大人なら、自分で決めていくこと(決めていかざるを得ないこと)である。すでに「お母さんがそういったから」で納得する年ではないし、「誰も教えてくれなかったもん!」とすねることもできない年だから。

2014-11-29 15:34:17
結城浩 @hyuki

もちろん私(結城)自身も、そういうテーマで毎日(は言い過ぎだけど)悩んでいる。「どうして私はいつもこうなのだろう」とかね。でも、

2014-11-29 15:35:22
結城浩 @hyuki

でも、私がいつも立ち返る場所がある。『数学文章作法』でも書いたことだ。《読者のことを考える》という原則がある。これは言い換えれば、《わたし中心ではなく、あなた中心に考える》という原則といえる。つまり、それは、 愛の原則 なのである。私よりもあなた。自分よりも相手。それが、愛。

2014-11-29 15:37:13
結城浩 @hyuki

もちろんそれには、人間ならば限界がある。相手のことを考えて行動するっつってもね……これはナイな、とか、自分にはムリとか、よくある。でも、原則というのは毎回そこに立ち返るから原則なのである。自分がなかなかできないから、スローガンとして成り立つのである。

2014-11-29 15:38:33
結城浩 @hyuki

自分とガツンとぶつかる原則こそが、自分の座右の銘として意味がある。「読者のことを考える」は座右の銘になり得る。

2014-11-29 15:39:46
結城浩 @hyuki

人は、愛に生きることは難しい。それは自分を殺すことだから。人は死ぬことは難しいのだ。

2014-11-29 15:40:47
結城浩 @hyuki

愛に生きる(自分に死ぬ)ことに最も近いのは、大好きな異性のことを思うとき。そして自分の子供について思うとき。それはかなり愛に近い。(自分はどうなってもいい、この人が、この子が幸せになるならば)。

2014-11-29 15:42:01
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コメント

なみへい @namihei_twit 2014年11月29日
「わたしは、この生活をあと何十年続けるんだっけ?」この自問自答は、定期的に自分に投げかけるのがいい。「どうでもいいこの繰り返しはなんなんだ」から「自分は何がしたかったのか」を鮮明に思い出すまでがワンセットでついてくる。
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ぼんじゅ〜る・Fカップ @France_syoin 2014年12月1日
人のために命を投げ出すことが充実してるのは、自分以外の価値判断基準を持つ人から「ありがとう」と評価されるので安心できるから。別にありの巣穴が広がったわけではないんだよねw
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