スパイスを探しに#1
二人はさらに坑道の奥へと侵入した。坑道は山のふもとに開けられた長い横穴の構造になっている。一定の間隔で十字に脇道が伸びており、その向こうもやはり草原だった。工場のシステムが生きているのは、中央の道を真っ直ぐ行った奥らしい。迷うこともなく、二人は奥へと行けるはずだった。 22
2015-03-21 21:42:15ミェルヒとエンジェは坑道をしばらく進んだ先で、一人の老人を見かけた。彼はボロボロの作業服を着ていて、一本の鉄パイプを杖代わりに持っている。白髪はほとんどが抜け落ちていた。じろりと二人を見上げて、ゆっくりと立ち上がる。「通行料を払ってもらおうか」 そう言ってきたのだ。 24
2015-03-22 20:08:13「通行料?」 エンジェとミェルヒは顔を見合わせた。二人ともそんな話は聞いたことないと言った感じだ。「いくらなんです?」 「5シリング払ってもらおう」 5シリングと言えば、1週間の食費になるくらいの額である。払えないことは無いが、理由もなく払える額ではない。 25
2015-03-22 20:10:31二人は再び顔を見合わせて、肩をすくめた。「おじいさん、僕らは村役場からの要請で来てるんです。仕事の邪魔をしないでくれませんか。それに、この工場はとても危険なんですよ? おじいさん、余生を無駄にしないうちに村に戻って句会にでも参加しては?」 ミェルヒは説得する。 26
2015-03-22 20:13:58ミェルヒが通せんぼしている老人を退かそうと近寄った時である。草むらが風でなびき、緑の葉が宙を舞う。気付いたときには、ミェルヒは草むらに沈んでいた。何が起こったのかさえ分からない。ただ、この老人に倒されたことは分かった。「強い……」 ミェルヒは痛みを感じながら呻いた。 27
2015-03-22 20:15:53エンジェが驚いてミェルヒの傍へかけよる。「大丈夫!? ミェルヒ……」 「ああ。柔術か何かか……信じられないほど速かった」 ミェルヒはバシネットのフェイスカバーを開いて鎧を点検した。どこもへこんでいない。傷も付いていない。老人を見る。彼は片手に鉄パイプを持ったままだ。 28
2015-03-22 20:18:21「片手でやられるとは……ご老人、かなりの腕のようですね」 ミェルヒは感嘆していった。老人は得意顔で仁王立ちしている。「分かったかい。ワシは強い。お前さんよりな。心配は無用だ。さ、通行料を払わないなら、帰ってもらおうか。若いの」 ミェルヒは悔しそうにする。 29
2015-03-22 20:22:14しかし、タダでは帰れない。ミェルヒ達には任務があるのだ。スパイス工場で行方不明になった者たちを探さなければならない。「ご老人、この工場で最近ひとが行方不明になっているのです。何か知っていませんか? 僕らは、行方不明者を探しに来たのです」 しかし老人は道を譲らない。 30
2015-03-22 20:25:25「知らんな。大方、ワシに通行料を払いたくなくて、魔法かなんかで侵入したんじゃろ。自業自得じゃ。ワシの助けなしに、あの地獄を生きて帰れるかい」 「地獄? それはどういう……」 「通行料」 通行料を払わねば、解ける謎も解けないらしい。ミェルヒはやれやれと財布を開いた。 31
2015-03-22 20:27:25エンジェはそんなミェルヒを小突いて笑う。「大丈夫よ。後で役場に経費ってことで請求すればいいのよ。払わなくちゃ、どうしようもないんだから」 5シリングを受け取った老人は、満足げな顔でそれを財布にしまった。「付いてくるがいい。決して離れてはならんぞ。地獄だからな」 32
2015-03-22 20:31:47