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とあるツイッタラーたちの語る『戦争』…語り継ぐこと、記録に残すことの意義とはなにか

>歴史は、過去に起こったできごと(歴)と、それを記録したもの(史)によって成りたちます。たとえ流通本にならなくても簡易製本でいい、録音でもいい、辛い体験を話したがらないかたがたもおられると思いますが、子供や孫が高齢の戦争体験者の「語り」を記録しておくことは、とても意義あることです。
戦争 Twitter ソ連 歴史 中尾知代 教授 拘留 小菅信子 Togetter 日本
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Nobuko M Kosuge @nobuko_kosuge
おはようございます。甲府盆地も、天気はいいのですが、寒いです。大学でも風邪がはやってるみたいです。 RT @sousagedog: おはようございます。d(^_^o)今日も寒くなります、暖かい服装で出かけましょう@tsutun @nobuko_kosuge
Nobuko M Kosuge @nobuko_kosuge
@sousagedog 前に、ロシア人の同僚が、「甲府はモスクワよりも寒く感じる」と言っていました。戦前・戦中は甲府に歩兵連隊がありまして、そこで訓練を受けた神奈川出身の元日本兵の人が、「甲府は寒くて風が冷たいので、本当につらかった」と。
UME @UmeYume
先生から研究課題を取り上げたら何が残るのだろう?人間小菅信子探求!RT @nobuko_kosuge: 年表、校了です。ひとやすみして、次は、論文の初校。早く片付けようと思わないで、こつこつがんばります。
Nobuko M Kosuge @nobuko_kosuge
いろいろ残りますよー。家族と仕事、友人…あと、戦争体験者の話を聞く機会が多かったので、そういう人達との交流は大きいかな、とくに外国の高齢者との。 RT @UmeYume: 研究課題を取り上げたら何が残るのだろう?人間小菅信子探求!RT @nobuko_kosuge: 年表、校了
Nobuko M Kosuge @nobuko_kosuge
初校、終わった。次の原稿を書かないと。書きます、書きますといって書いていない原稿がかなりある。しめきりだ、しめきりだ。
Nobuko M Kosuge @nobuko_kosuge
戦争中に日本軍の捕虜になったイギリス人や抑留されたオランダ人と、とくに1990年代初めからのお付き合いしてきました。文通したり、話を聞いたり、メールしたり…でも、もう、皆さんお年で、毎年、少しづつ、そういう友達がへっていく。彼らの子供や孫とのお付きあいはありますが…寂しいです。
Nobuko M Kosuge @nobuko_kosuge
日本人のシベリア抑留者や引揚者のかたがたの話を聞いていると、みなさん、「ソ連軍がとても怖かった」「極寒地での強制労働は辛かった」「戦争は、もういやだ」「戦争が憎い」とおっしゃるけれど、「ソ連軍が憎い」とは決して言わない。
Nobuko M Kosuge @nobuko_kosuge
日本人のシベリア抑留者や引揚者のかたがたは、「ロシアが憎い」とは、決していわない。「戦争は、いやだ」「戦争が憎い」とおっしゃる。
小動物を愛するしんさん @aphros67
@nobuko_kosuge 私のオジキはシベリア抑留者でしたが、少年兵だった為かモスクワの共産党の学校まで出てきたようです。こういう人たちもいたみたいですね。
Nobuko M Kosuge @nobuko_kosuge
そうですか! 日本に帰国後も、ご苦労をなさったのではないでしょうか。 RT @aphros67: @nobuko_kosuge 私のオジキはシベリア抑留者でしたが、少年兵だった為かモスクワの共産党の学校まで出てきたようです。こういう人たちもいたみたいですね。
鴨川流介 @cobettyan
@nobuko_kosuge 死んだ父も抑留者ですが憎いとはいわなかった。共産主義など絶対に信用しないとは言っていましたが。憎いという感情は怖い嫌いよりも能動的な言葉だと思います。そのぶん口にする機会が少ない言葉のような気がします。
小動物を愛するしんさん @aphros67
@nobuko_kosuge 引き上げた時、婚約者の顔を見ても、母親の顔を見ても泣かなかったとか。革命思想で脳みそが真っ赤になっていたようです。反対に言えばいい思いもしてたんじゃないでしょうか。1年くらいでそれが融けて、最後は地元の戦友会会長みたいなことしていました。
Nobuko M Kosuge @nobuko_kosuge
イギリスにいる私の友人の一人は、日本人の戦争犯罪人が収容されていた拘置所の軍医でした。あるとき、ある日本人戦犯が盲腸になって、彼が手術をした。二人は、それをきっかけに親しくなった。お互い、軍医だった。でも、その数週間後、戦犯は処刑されてしまった。その処刑の前夜、①
小動物を愛するしんさん @aphros67
@nobuko_kosuge 酔っ払うと滅茶苦茶流暢なロシア語をしゃべっていました。あと日本軍がやったえげつない捕虜虐待の話は聞きました。昨今の先の大戦賛美風潮を見るにつけ、こういう伝聞されたものとしてもどんどん伝えないといけないんでしょうね。
Nobuko M Kosuge @nobuko_kosuge
日本人戦犯のひとは、イギリス人軍医に、「家族に渡してください」と遺書を託した。そのイギリス人軍医は、大切に遺書を保管して、なんとか日本の遺族に渡したいと思ってきた。ごく最近になって、遺族のかたがたの身元がわかった。けれど、当然のことながら、ご遺族の思いは、とても複雑のようです。②
Nobuko M Kosuge @nobuko_kosuge
やはりそうですか…もちろん一概には言えないのですが、日本人の戦争被害者は、旧敵よりも、戦争を憎いと感じておられるようです。 RT @cobettyan: @nobuko_kosuge 死んだ父も抑留者ですが憎いとはいわなかった。共産主義など絶対に信用しないとは言っていましたが。…
Nobuko M Kosuge @nobuko_kosuge
はい、記録に残さないと、歴「史」になりにくいので、ぜひ。 RT @aphros67: @nobuko_kosuge 酔っ払うと滅茶苦茶流暢なロシア語をしゃべっていました。あと日本軍がやった…今の先の大戦賛美風潮を見るにつけ、こういう伝聞されたものとしても、どんどん伝えないと…
鴨川流介 @cobettyan
被害者ですが加害者でもあるから戦争を憎むという言い方しかできないような。RT @nobuko_kosuge: もちろん一概には言えないのですが、日本人の戦争被害者は、旧敵よりも、戦争を憎いと感じておられるようです。 RT @cobettyan: @nobuko_kosuge
Nobuko M Kosuge @nobuko_kosuge
歴史は、過去に起こったできごと(歴)と、それを記録したもの(史)によって成りたちます。たとえ流通本にならなくても簡易製本でいい、録音でもいい、辛い体験を話したがらないかたがたもおられると思いますが、子供や孫が高齢の戦争体験者の「語り」を記録しておくことは、とても意義あることです。
浮草 @_ukikusa_
@nobuko_kosuge 私の祖父も抑留生活を経験していましたが戦争という選択も結果の負けも、抑留も日本が行った選択の結果なのだから自分の責任。誰も恨むことはないし恥ずる事も無い。と言っていました。善し悪しは解りませんが、子供心に尊い考え方だと思ったのを思い出しました。
Nobuko M Kosuge @nobuko_kosuge
はい、その発想で「復讐の連鎖」で断ち切ることができる RT @cobettyan: 被害者ですが加害者でもあるから戦争を憎むという言い方しかできないような。RT @nobuko_kosuge: 旧敵より戦争を憎いと感じる RT @cobettyan: @nobuko_kosuge
Nobuko M Kosuge @nobuko_kosuge
私も尊敬します。戦争の地獄を見たかたの、真に平和を願う態度だと RT @_ukikusa_: @nobuko_kosuge 私の祖父も抑留生活を経験していましたが戦争という選択も結果の負けも、抑留も日本が行った選択の結果なのだから自分の責任。誰も恨むことはないし恥ずる事も無いと…
Nobuko M Kosuge @nobuko_kosuge
いまいただいた戦争・戦後体験のツイートを、公式リツイートさせていただきました。ツイログに記録させてください。ほかにも、ご家族に戦争体験者(従軍者だけでなく、一般のかたがたも含めて)がいらして、何かお話をご存じでしたら、いつでも、リプライで教えてくださいm( )m
OKAMOTO @corochin61
@nobuko_kosuge 近所のおじさんも抑留体験者。早く帰してもらいたくて一生懸命働いたが、なかなか帰れなかった。後になって気付いた、「働き者を手放すわけがない」と。
Nobuko M Kosuge @nobuko_kosuge
最短で2年、最長で11年です。日本人だけではなく、ヨーロッパ兵にも強制労働 RT @corochin61: @nobuko_kosuge 近所のおじさんも抑留体験者。早く帰してもらいたくて一生懸命働いたが、なかなか帰れなかった。後になって気付いた、「働き者を手放すわけがない」と。
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コメント

五代雄介 @Eric_Ridel 2010年12月21日
@nobuko_kosugeさん、「戦争関連」のツイート、まとめました。どうでしょう?
小菅信子@ 7月に新刊でます @nobuko_kosuge 2010年12月21日
どうもありがとうございます。感激です。ツイッターをしておられる方々の「戦争・戦後体験」を、世代をこえて語り伝えられたら、すばらしいと思うのです。
hamp@横浜山中 @32hamp 2010年12月21日
顰蹙覚悟であえて。こういう場って「被害者」の話しか出ないよね。でも、防止するなら「加害者」(この場合、何の利益があると思って戦争状態になったのか?)の話も語り伝えないといけないと思うのよ。
hamp@横浜山中 @32hamp 2010年12月21日
都の表現規制に関して、性犯罪者の被害者、奔放な性の犠牲者のtogetterは色々見かけたけど、性犯罪者自身の話題は殆ど見なかった。なぜ、加害側をタブー視するのだろう?ぶっちゃけ安易に「悪い奴」で切り捨てるから、二度三度同じ事が起きるんじゃなかろうか?
hamp@横浜山中 @32hamp 2010年12月21日
誤解されそうなんで、追加。「加害側にも事情があるから、同情しろ」と言ってるのではない。「加害者(戦争)になる流れ」を分析し、伝えずして、何の予防になるかと言うこと。
as @as1_jp 2010年12月22日
その答えは多分単純な事で、「加害者は自分が加害者であると自覚していないから」。 もしくは「その議論の文脈上の“加害者”に自分が該当するとは思っていないから」。
小菅信子@ 7月に新刊でます @nobuko_kosuge 2010年12月22日
寄せられたコメントのなかに誤解があるようです。この一連のツイートの前提は、あるかたもツイートしておられるように、「被害者でもあり加害者でもある」ということですね。最初から、よく読んでみてくださいね。
hamp@横浜山中 @32hamp 2010年12月22日
@nobuko_kosuge さん、わざわざお応えを頂きありがとうございます。おっしゃる趣旨は理解しているつもりです。ただ、挙がっている実体験が具体的に「こんなに苦労した、酷い目にあった」という物ばかりに感じた、と言う意味であのコメントをさせて頂きました。
小菅信子@ 7月に新刊でます @nobuko_kosuge 2010年12月22日
さっそくのリプライ、どうもありがとうございます、@32hampさん。おっしゃることの趣旨、了解いたしました。私からご理解を得たいのは、戦争体験というものは、加害についてはもちろん、被害について語るのにも、決意と勇気がいる、ということです。語ることのできる人たちは、戦争を生きのびた人たちです。国の内外を問わず、生き残ったことへの罪悪感(サバイバル・ギルティ)を抱えている場合が多いのです。
小菅信子@ 7月に新刊でます @nobuko_kosuge 2010年12月22日
私たちは、被害についての語りから加害の側面を、加害についての語りから被害の側面を見てとることもできます。たとえば、@tutinoueさんの、出征する叔父に「風邪ひかないように、気をつけろよ」と、うっかり声をかけた祖母は、憲兵に殴り倒された」という語り。出征式でのことであれば、周囲に人が大勢いたはずです。誰かひとりでも、お祖母さんをかばい、憲兵の暴行を阻止し抗議する人がいたでしょうか。
小菅信子@ 7月に新刊でます @nobuko_kosuge 2010年12月22日
戦争当時の庶民に、憲兵に逆らうことなどできなかったでしょう。しかし、そのことで、当時の庶民を弾劾することは、歴史研究の課題ではないと私は思っています。私の歴史研究のより大きな課題は、戦争体験についていえば、まず記録化です。そしてそれを政治利用したり、自分の主義・主張を正当化するために誤用しないということです。
小菅信子@ 7月に新刊でます @nobuko_kosuge 2010年12月22日
戦前の日本の場合、当時のドイツとは異なり、選挙制度はいまの基準で考えればとても民主的とはいえませんでした。いまは違いますね。戦争体験の語りや綴りをどう平和にいかすかは、私たち自身が考えていかなくてはいくこと。戦争体験者の語りや綴りが「被害」についてであれ、「加害」についてであれ、学びとれること、学びとらねばならないことは、実は同じなのです。
小菅信子@ 7月に新刊でます @nobuko_kosuge 2010年12月22日
訂正:戦前の日本の場合、当時のドイツとは異なり、選挙制度はいまの基準で考えればとても民主的とはいえませんでした。いまは違いますね。戦争体験の語りや綴りをどう平和にいかすかは、私たち自身が考えていくべきこと。戦争体験者の語りや綴りが「被害」についてであれ、「加害」についてであれ、学びとれること、学びとらねばならないことは、実は同じなのです。
五代雄介 @Eric_Ridel 2010年12月22日
@nobuko_kosuge氏らの、戦争を語り継ぐということについてのツイートを、大幅追加。
hamp@横浜山中 @32hamp 2010年12月23日
@nobuko_kosuge イチャモン付けのような呟きに丁寧な返答ありがとうございます。サバイバルギルティのお話は初耳でしたが、大変納得できる物です。また、こういったお話を残すことが大変貴重なのは全くその通りだと思います。
hamp@横浜山中 @32hamp 2010年12月23日
遅くまでありがとうございます。具体的に気になったのは一カ所だけ。「同意 RT そら負けるで RT 日本軍の極端な精神主義 」という呟きでしょうか?昔の出来事を今の感覚で安易に「悪者が悪い」で片付けているような感じです。
hamp@横浜山中 @32hamp 2010年12月23日
精神主義が「異常」だったのは疑いよう無いです。では、なんでそんな風潮になったのか。その時代に生きていた人が「自分の愛国精神が歪んで一線を越えたな」と今になると思うその瞬間、とかが聞きたいです。戦争を知らない世代にとっては。
hamp@横浜山中 @32hamp 2010年12月23日
サバイバルギルティを考えると、かなり酷な要求ですね、すみません。でも、ぼくらはそのくらい「アホ」だと思うのです。
小菅信子@ 7月に新刊でます @nobuko_kosuge 2010年12月23日
@32hampさん、コメントどうもありがとうございます! ご質問はとても重要で、難しいと思います。「日本軍の極端な精神主義」ですが、がいして、これが顕著になり、また問題を引き起こしていくようになるのは、1932年の上海事変以降だと思います。いわゆる「軍国美談」と呼ばれる、「名誉の戦死」についての各新聞の(かなり自発的で)熱狂的な報道に、多くの人々は幻惑させられてしまいました。
小菅信子@ 7月に新刊でます @nobuko_kosuge 2010年12月23日
戦前・戦中期の日本人の愛国心の核にあったのは、天皇です。天皇は、日本の政治と軍事の最高指導者でした。当時の日本人は、天皇のために尽くすことが国のために尽くすことであり、同時に、国民のため、郷土の人々のため、愛する家族のために尽くすことであると教育されました。
小菅信子@ 7月に新刊でます @nobuko_kosuge 2010年12月23日
問題は、1937年からの日中戦争が泥沼化し、41年に米英に宣戦布告して。戦局がおもわしくなったときに、段々と深刻になってきました。実は、太平洋戦争が始まる少し前に、32年の上海事変の頃から新聞の過熱報道や、「英霊(靖国神社に合祀された神さまたち)」の顕彰などを通して、日本軍だけでなく日本社会全体に、戦勝か、さもなくば「名誉の戦死」を選ぶという空気が蔓延してしまったのです。
小菅信子@ 7月に新刊でます @nobuko_kosuge 2010年12月23日
とくに、太平洋戦争が始まる少し前に出された、「戦陣訓」という日本兵の戦場での心得を教えるパンフレットのようなものにあった一文、今風に書きますと、「生きたまま捕虜になってはいけない。それくらいなら死んで、捕虜になるという恥を残さないようにしよう」というくだりが、実際にはこのパンフは法律ではなかったですが、軍隊だけでなく日本社会全体の規範のようなものになってしまいました。
小菅信子@ 7月に新刊でます @nobuko_kosuge 2010年12月23日
「捕虜になるな」ということは、どんなに戦闘が不利になっても、補給が途絶えて食べ物や医療品も尽きても、援軍の助けがみこめなくても、おのれの精神力だけを頼りに、死ぬまで戦い続けることを意味します。戦局がいよいよ悪化すると、比喩やたとえではなく、現実の問題として、名誉の戦死をとげることこそが、天皇に尽くすことであり、国を愛することになってしまったのです。
小菅信子@ 7月に新刊でます @nobuko_kosuge 2010年12月23日
戦争をする国家は、戦前・戦中期の日本に限らず、どの国でも、戦死を賛美します。どの国の兵士も、国に命を捧げるつもりで、戦場に赴くものです。
小菅信子@ 7月に新刊でます @nobuko_kosuge 2010年12月23日
しかし、かつての日本では、「名誉の戦死」が極端に強調され、美化され、文字通り、実践されました。こうした軍国文化が、軍隊のなかだけでなく、社会でも共有されました。戦争はもともと悲惨なものではありますが、その悲惨な戦争をいっそう悲惨なものにしてしまったのが、「名誉の戦死」の過剰な賛美でした。
小菅信子@ 7月に新刊でます @nobuko_kosuge 2010年12月23日
さしあたり、いま、私たちが気をつけなくてはいけないことのひとつは、テレビや新聞の報道をうのみにしてしまうことの危険性です。とくに、マスメディアが「傾斜」報道をいっせいに始めたら、要注意です。バランスのよいものの見方や考え方をするように心がけることが、重要なのです。自分の命、ひとの命を大切に思うことも、とてもとても大事です。
五代雄介 @Eric_Ridel 2010年12月23日
@nobuko_kosuge氏らの、「戦争関連」のツイートを、さらに追加。結構Togetterへの直接のコメントが多いようです。
hamp@横浜山中 @32hamp 2010年12月23日
「戦陣訓」や「軍神」の神話は何故作られたのか?をちょっと考えてみました。「戦陣訓」にもデメリットがありました。人事不省などで捕虜になった日本兵が軍事機密をそれと知らずべらべらしゃべってしまったこと等です。
hamp@横浜山中 @32hamp 2010年12月23日
日清、日露の頃は、神話無しでも国民全体が「うちの国はヤバイ」と肌で感じ取れた。それが明治の世が終わり、ひとまず安定すると、次の世代は感じ取れなくなった(平和になったわけですから)そこで解りやすい「神話」を用意する必要があった。
hamp@横浜山中 @32hamp 2010年12月23日
これは、気候的に生存自体が厳しくない(のど元を過ぎれば熱さを忘れる)温帯の人種が、近代化(機械化)に支えられ、地域的な距離を乗り越えた寒帯の先進国家群、それらが築いた帝国主義世界に迎合するには必要だった。
hamp@横浜山中 @32hamp 2010年12月23日
でも、結局、「神話」では一時しのぎにしか成らない。神話で支えられる間に本来の国際感覚や国家間を育成すべきなのに、使い心地の良い神話に酔って、それを拡張してしまった。こんな感じでしょうか?
hamp@横浜山中 @32hamp 2010年12月23日
この構図で見ると、現代の「戦陣訓」は「終身雇用制と歪んだ愛社精神」ではないかという気がします。実際の戦争を知らない戦後第二世代目の団塊世代へ日本の復興のために語った「神話」
hamp@横浜山中 @32hamp 2010年12月23日
日本の復興がとっくに成った今でも、ツールから信仰に化けた「神話」に酔い、現実を見ず、マスコミも「若者の○○離れ」「草食男子」等という煽りで迎合している。
hamp@横浜山中 @32hamp 2010年12月23日
@nobuko_kosuge 昨日頂いたお話から、つらつらと考えてみました。既に「戦争や平和」の話でなくなり、申し訳ありません。しかし「戦争」ではなくても「亡国」ではあるなぁと思った次第です。今の日本は。
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