【劇場版ネタバレ注意】ラブライブと大乗仏教の関係性について

劇場版ラブライブ!の内容と原始仏教〜大乗仏教までの歴史の関係性を調べた内容をここに纏めます。 予め「高坂穂乃果はヒンドゥーの神であるヴィシュヌとそのアヴァターラ(化身)に深く関係しているのではないか」という仮説を立てていたのですが、劇場版を視聴し仏教との深い関わりを感じたため、またヒンドゥーでは釈迦もアヴァターラであるという考え方も存在するので、仏教と劇場版の内容の類似性から穂乃果(μ's)とアヴァターラ(ヴィシュヌ)の関係性を紐解こうというねらいに基づいて学びました。 個人的な備忘録として纏めてあるため、また私自身の仏教に関する知識が付け焼き刃であるために、拙い部分もあると思われますがご容赦下さい。 まとめました 続きを読む
アニメ 2015年春期 ラブライブ! アイカツ! 仏教
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SP @Espyzfof
穂乃果ってやっぱりアヴァターラなんじゃないかな。ヴィシュヌはスクールアイドルの頂点を極めたかったけど神はスクールアイドルになれないから、定命ある化身として穂乃果を作り出したのかもしれない
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廃校阻止という目的達成が第一段階で、ラブライブ優勝を第二段階として、徐々に神性を取り戻していった穂乃果が劇場版でヴィシュヌに戻るのか注目したい
SP @Espyzfof
穂乃果がアヴァターラだと仮定すれば二期のいろんな描写に納得がいく。穂乃果は自分に目覚めつつある神性を恐れてラブライブ出場をしたくなかったんだ。雨を止ませたのはメンバーに神性の一部を見せることで「私ヴィシュヌだけど皆付いてきてくれる?」って伝えたかったんだ
SP @Espyzfof
6話ではμ'sが新しい方向性を見つけるために様々な姿になるけど、あれが実は今までのアヴァターラの姿を辿っていたということに穂乃果は気づく。7話では神性の増幅が体重にまで現れ始め、やがて全校生徒の運命まで操作するほどに力を取り戻した穂乃果は内なるヴィシュヌに恐怖し始める
SP @Espyzfof
二期を見てもらえば分かると思うんだけど、歯止めになっていたのは絵里なんだよ。その絵里が卒業した後にもアイドル活動を続けると、本当に穂乃果はヴィシュヌになってしまう。でも皆穂乃果には穂乃果のままでいてほしかった。だからμ'sは三年卒業と同時に解散という道を選んだ
SP @Espyzfof
あの後の話で劇場版なんか作ったら穂乃果はヴィシュヌになりそうだけど、NYという日本よりインドから遠い地を舞台にしていることでその危険性を回避している
SP @Espyzfof
ラブライブ観た。ヴィシュヌのアヴァターラとしての仏陀の誕生を描いた名作だった pic.twitter.com/oGxLCG2ErQ
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SP @Espyzfof
あの衝撃凄いよね。「○○○○○○○○○○○○○○○○」って俺半日くらいずっとそのこと考え続けてるから fse.tw/LkFEO#all
SP @Espyzfof
でもみんなこの一輝と同じこと思ったでしょ?
SP @Espyzfof
まだ高校生でもスクールアイドルでもない雪歩や亜里沙に対する「大丈夫!」ってのは「大乗仏」教だと思うんだよね。上座部だとあくまで仏陀はミューズとアライズだけで、その他の子たちは悟りの境地に至れないんじゃないか
SP @Espyzfof
ただ一回目を見た時には「女性」というあの世界における僧侶の資格を持てなかった悲しき奴隷である「男性」の姿、その代表としての高坂父って見方をしてたので、この解釈だと上座部になるんだよな
SP @Espyzfof
あと与太話抜きにしても十字架の影と蓮華座のステージはキリストと釈迦以外に解釈の余地無いでしょ
SP @Espyzfof
今日は前田惠學, 宮坂宥勝著の仏教-流伝と変容-を読みます。大学図書館便利だ
SP @Espyzfof
悟りとは般若の知慧であり、全存在をひっくり返すことで得られるような直感的なもの(プラジュニャー・インテュイション)であり、また悟りは縁起の理でもある。縁起の理とは「縁りて起こる」因果の関係であり、人の無明によって苦が存在する。無明とはつまり渇愛。渇愛、ひっくり返す、アイカツ……
SP @Espyzfof
旧約聖書のレインボーライブ、大乗仏教のラブライブ、原始仏教のアイカツ
SP @Espyzfof
基本的な戒律である「与えられないものを盗んではいけない」ってのを破った矢澤は、釈尊の化身である高坂穂乃果に対するアンチテーゼだったのかもしれない
SP @Espyzfof
アイカツとは渇愛がプラジュニャーインテュイションで反転した存在である、ってのは掘り下げる価値がありそうだ
SP @Espyzfof
一切苦の原因である渇愛、それが反転したアイカツとはつまり一切の楽をもたらす物ではないだろうか
SP @Espyzfof
原始仏教の釈尊入滅後の波乱の時代はμ's解散後を暗示してるし、ラブライブサンシャインでは色々な宗派に分裂した部位スクールアイドルを見られるかもしれない
SP @Espyzfof
慈悲によって全ての人達に知慧がもたらされる、その為に自ら各地へ赴き説法を説くっていう釈尊の生き様は正に劇場版なんだよなあ
SP @Espyzfof
μ'sの歌でなくスクールアイドル皆の歌、っていうのも部派仏教の時代に一部のエリート達が僧院に引きこもって作った極めてアカデミックな論蔵を批判し、より多くの人達のための仏教を重視した大乗仏教の歴史に則っているから、やっぱ大乗仏教だったんじゃないかな
SP @Espyzfof
穂乃果の生き方と大乗仏教の他利行の考え方は矛盾するぞ。いや、他利行こそが穂乃果の望むこと、つまり自利行だったと考えると通る。通るか?
SP @Espyzfof
大乗仏教では阿羅漢の価値が下がり、相対的に仏の価値が上がる。小乗と比べて仏はある意味突き放された存在となり、仏は法となり現在も存在し人々のために瞑想し続けて(他利行)、それによって人々は救われる。仏というのが偉大でありそれ以外は人も草木も皆仏性を内包している
SP @Espyzfof
全てのスクールアイドルが平等であるための釈尊的ポジションが最後のμ'sのライブ(遺影であり、死後も影響力を発揮し続ける存在)だった。そう考えるとラブライブはますます大乗仏教の物語だったように思わずにはいられない
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