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八月革命説を調べてみた

私が読んだ本,論文からのメモをまとめました。
憲法 歴史
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@YOW_ 2010-12-18 01:12:43
[憲法,法哲学,法社会学] / CiNii 論文 -  占領初期日本における憲法秩序の転換についての国際法的再検討 : 「八月革命」の法社会史のために (第一部現代公法学の焦点) (浦部法穂教授退職記念論文集) … http://htn.to/JGiZ3C
@YOW_ 2010-12-17 20:36:19
たらふくのピザとワインを摂って、京都から大阪への帰途に。車中で八月革命説についての論説(小畑郁)を読んでるが。
@YOW_ 2010-12-17 21:57:43
「新憲法の正当性は国際法によって確保されてたというよりも、宮沢はもっと単純な構成を採っていたかもしれない。つまり事実の規範力それ自体を承認していたかもしれない。問題は依拠したはずの『事実』について具体的内容を全く説明していない事である」
T.Hibi @KaffeeBitte 2010-12-17 22:45:52
@YOW_ 宮沢先生は日本国憲法の「根本建前」を「国民主権主義」と、それを実現するために実際に行われた帝国議会での改正過程だと考えています。彼の理論を考える際には、彼がケルゼニアンであったことが理解の助けになると思います。
@YOW_ 2010-12-18 00:19:00
@KaffeeBitte ありがとうございます。ケルゼンの革命論は文中で少し触れられていました。アドヴァイスに沿ってこれにもあたってみたいと思います。
@YOW_ 2010-12-18 00:24:24
「八月革命」<文では、横田喜三郎「直接国際行政と国体変更論」、田中二郎「緊急時憲法論」との比較で、宮沢俊義の「八月革命説」が描かれてるが、この3者の説をノートで表にしてまとめてみたりしてみようと思う。
@YOW_ 2010-12-18 17:37:59
[憲法,法哲学,法社会学] / 「ポツダム」宣言ニ基ク憲法、同附属法令改正要點 宮澤俊義教授講 昭和二十年九月二十八日於外務省(テキスト) | 日本国憲法の誕生 http://htn.to/yoBb8s
@YOW_ 2010-12-18 18:31:03
[憲法,法哲学,法社会学]北大/今井弘道 / 第一次大戦後ケルゼンの“憲法体験”・“政治体験”・ 政治思想(1) -『ケルゼニズム考』(手島孝著木鐸 社刊)の批判的検討を手がかりに- (PDF) http://htn.to/wyBziX
@YOW_ 2010-12-20 11:20:58
今日は、図書館に。ケルゼン、宮沢俊義、美濃部、憲法草案について書かれた本のコピーとって、ファミレスでパフェなどつまみながら読み込む。
@YOW_ 2010-12-20 17:13:43
そうか、労働組合法公布(45年12月)の方が、新憲法よりも早かった。「労働法制審議委員会は憲法改正草案における労働条項の勧告案作成」「社会党系など民間の憲法研究会の提示内容に、GHQは関心を示し続け、後のGHQ草案にも影響」
海月 @jf2002 2010-12-20 16:58:25
@YOW_ 今産経新聞で「歴史に消えた参謀 吉田茂と辰巳栄一」というのが連載されていまして、GHQによる戦後統治も詳細に触れられています。参考になりましたら。http://bit.ly/f6DINy
@YOW_ 2010-12-20 17:17:53
ありがとうございます。RT @jellyfish2002: @YOW_ 今産経新聞で「歴史に消えた参謀 吉田茂と辰巳栄一」というのが連載されていまして、GHQによる戦後統治も詳細に触れられています。参考になりましたら。http://bit.ly/f6DINy
@YOW_ 2010-12-20 17:32:33
マッカーサーは、極東委員会が憲法改正への権限行使する前に憲法草案を急がせたと。これ、絵的には良いポイントかもな。
@YOW_ 2010-12-20 18:15:27
『敗戦から憲法へ 日独伊憲法制定の比較政治史』(石田憲 2009)面白かった。これは買ってもイイかもな。次、宮沢俊義の回想エッセイ。
@YOW_ 2010-12-20 19:05:44
昭和23年政令第201号事件というのがよく分らない。公務員の団体交渉禁止の合憲性の問題とポツダム勅令の問題というのは分かる、公共の福祉問題と。事件ていうからには、どんなことが起こったのかどうか。
@YOW_ 2010-12-20 19:25:18
宮沢「明治憲法が"欽定"憲法だというのはたんに成立の由来を示すにとどまり、将来におけるその改正までが"欽定"だという意味でない事はつとに美濃部が明確に注意された」勅令というのがピンときたりこなかったり。
@YOW_ 2010-12-20 19:35:36
八月革命ここら辺か:宮沢「明治憲法第73条による改正で明治憲法の根本建前である神勅主権主義を廃して国民主権主義を採用するという事は法律的には許されないと解するべき。従来多くの憲法に関する著書は、憲法改正手続きで国体を変える事は出来ないと説いているが、その趣旨はこれに帰する」
@YOW_ 2010-12-20 19:48:06
うーん:宮沢「憲法改正も少なくとも形式的には明治憲法第73条によって行われた。八月革命によって明治憲法は廃止されたと見るべきではなく、依然と存在し、ただその根底の建前が変わった結果として、その新しい建前に抵触する限度では、明治憲法条項の意味が変わったのだと解すべき」
@YOW_ 2010-12-20 20:15:29
次、森田寛二『宮沢俊義とケルゼン』1981年
@YOW_ 2011-01-05 23:44:09
ノート:「天皇機関説」イエリネックの国家法人説と君主帰還説の採用 http://f.hatena.ne.jp/YOW/20090611124522
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@YOW_ 2010-12-20 20:36:03
今日は帰ろう。明日また続き読む。コピーの半分読んだ。残りは、宮沢・美濃部のケルゼン論、ケルゼン考、丸山眞男の出典。
@YOW_ 2010-12-21 15:28:33
京都へ移動中長尾龍一の美濃部のケルゼン論読む。天皇機関説の前に「国家有機体説」があったという理解で良いのかな。宮沢は、敗戦直の貴族院、衆議院の国体護持議論が有機体説に退行していると苛立ってると書いてた。「美濃部の社会心理論も、国家有機体説に接近している」
@YOW_ 2010-12-22 15:35:58
森田寛二の指摘する宮沢俊義の八月革命説の矛盾というのがややこしい。整理してみないと
@YOW_ 2010-12-22 15:42:24
宮沢「憲法改正も少なくとも形式的には明治憲法第73条によって行われた。八月革命によって明治憲法は廃止されたと見るべきではなく、依然と存在し、ただその根底の建前が変わった結果として、その新しい建前に抵触する限度では、明治憲法条項の意味が変わったのだと解すべき」
@YOW_ 2010-12-22 15:56:09
先ず明治憲法の「根本建前」とは第一条「大日本帝国は万世一系の天皇之を統治す」に規定されてると。そこで万世一系とするからには明治憲法を超えてるとみるかどうか、宮沢は立法者の「あるべき望み」の表現で法的には無意味な規定と考えていたよう。且つ、国体の原理を簡明厳粛に宣明しているとも。
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コメント

@YOW_ 2011-01-04 15:49:41
2010年12月18日から読んできた本のメモをまとめました。
@YOW_ 2011-01-09 23:50:59
「正当化に憲法制定権力を持ち出す必要はあるか」のメモを追加。
@YOW_ 2011-01-14 12:23:38
昨日と今朝のノート分追加。(『岩波講座 憲法6 憲法と時間』)
@YOW_ 2011-01-18 15:43:49
今朝のノート分追加。Togetter -「八月革命説を調べてみた」
@YOW_ 2011-01-26 11:02:06
『憲法改正限界論』ノート分を追加。/Togetter - 「八月革命説を調べてみた」
@YOW_ 2011-02-06 23:02:28
本日読んだマルクス主義法学者の影山日出彌メモ分を追加しますた。Togetter-「八月革命を調べてみた」

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