狭間】そしてふと、自分がこの相手にまだ言わないのは、『彼』を損ないたくなくて、『彼』に対して心配だったのと、同じ気持ちではないんだなと妙に実感する。そして、それから…、接続詞が間違っているかもしれないけれど、この相手とのこの沈黙を好み、惜しむ気持ちもあるんだろうな、と自分で思う。
2015-10-03 15:51:45@c_yu_n 天雄】「呼んでみただけです」 こちらも動かしたのは視線だけ、ちらりと横を見れば同じようにしている少年が見える。本当に特に意味もなく、それだけの呼びかけだった。長袖の上着からは指先しか見えておらず、小さく頬を掻いた。
2015-10-03 15:52:39@TIS_lam 狭間】「そですか、」 横目を向けたままフッと気が抜けて笑い、頬を掻く指先のつめを見て、それからまた、視線を前に戻す。 「……天雄さん。あの子、死んじゃいました」 唐突にぽつんと、流れるように、告げる。伝える。
2015-10-03 15:55:32@c_yu_n 天雄】ああ、言ってしまった。頬を掻く指は止まり、少年の声を何度か頭の中で繰り返す。あの子、死んじゃいました。シュレディンガーの猫。 「………そうですか…」 ベンチの背凭れに寄り掛かる。ぎしりと、重たげに軋んだ。
2015-10-03 15:58:45@TIS_lam 狭間】こく、と、前を向いたまま頷く。背を屈め、丸めたまま。正面を向いたまま、振り返らずに。…そしてまた沈黙。背後の木のうえで、すずめが枝で、騒ぐ声。な
2015-10-03 16:00:46天雄】悲しみも涙も溢れない。彼女がもうこの世のどこかで生きている姿を見かけることもなく、匂いは風化してしまう。その事実が浸透していく。じわりじわりと、見えない彼女が。
2015-10-03 16:02:46@c_yu_n 天雄】深く座りながら顔を上げる。陽光が葉擦れの隙間から見え隠れする。なにかが横切り、鳴きながら飛び立っていった。小さな鳥。一生懸命に生きていくのだろう。 「……」 またぼんやりと、あの子、死んじゃいました。と再生する。
2015-10-03 16:06:44狭間】知らない他人は、知らずに、あたりまえに目の前で遊んでいる。なんとなく、彼らの方向からみたこちらの姿を想像する。公園の片隅の、木陰のベンチに、ただ黙ってぼんやり座っている二人の人間。 (……、) その想像の光景の中で、やたらに自分たちはぽつんと、小さい。
2015-10-03 16:07:01@TIS_lam 狭間】「………、………。」 互いにただ黙ったまま、さらさらと、風が流れていくのと同じように、時間が流れてゆくのをぼんやり、眺めている。
2015-10-03 16:10:20@c_yu_n 天雄】「………」 感想も言葉も思い浮かばず、過ぎ去っていくのは風と時間ばかりである。なにもないが、彼女が自分の涙や悲しみを欲するとも思えない。きっとこれくらいで良いのだろう。そう思うと、肩が少し下がる。
2015-10-03 16:15:51@TIS_lam 狭間】「…あの子に」 ふと思いついて、そのまま、ただ思いついたままの調子で口を開く。ことさらに沈んだ調子でもなく。 「…りんどうを、あげました。俺。」 そうしてちょっと、相手を振り返る。別に何か答えが欲しいわけではない。ただそれは、昔自分が彼に貰ったなと思って、
2015-10-03 16:20:25@TIS_lam 狭間】…それを伝えてどうというわけでもないけれど、ただ単純に、思いついたら言ってみたくなって、それだけの単純な理由で口にする。振り返るのと同時に、すこし身体を起こす。相手の青年の表情を、ごくあたりまえに、まともに見る。
2015-10-03 16:22:04@c_yu_n 天雄】「……竜胆を。」 こちらを見る目と目が合った。ぱちくり、と瞬く。自分が少年にあげたことのある花、それが別の形で彼女にも渡っていた。繋がっていった先で、でもこれ以上は決して繋がらない。 「あの子は、喜んでいましたか?」
2015-10-03 16:23:49@TIS_lam 狭間】「…りんどうっていうか、」 顔を合わせて苦笑する。 「…りんどうの花を描いた櫛を。たぶん喜んでくれたけど、生きてるうちに、どっちを喜んでくれたのかは、」 花か櫛か。わからない、と、笑って首を振る。それから、ちょっとだけ上を向いて、顔の横あたりで天を指差す。
2015-10-03 16:26:41@TIS_lam 狭間】「……花は。死んじゃったあとに、あいつといっしょに、送ってみたけど。」 ぽつ、ぽつと、言葉を切るように言う。それから目を戻し、相手を見、肩を竦めて苦笑する。 「届いたかは、俺は、わかんない。」
2015-10-03 16:28:48@c_yu_n 天雄】少年の苦笑する顔が、苦笑とは少し違って見えるのは深読みしすぎているだろうか。死後の世界は判らない。想像すればしただけの死後の世界は存在する、それと同時に存在しない。届いている、と声をかけるのは、なんだか安っぽく感じる。 「…判りませんよ」
2015-10-03 16:34:35@TIS_lam 狭間】「ですね、」 言って笑う。笑ってから、しみじみと相手の表情を見る。木漏れ日はやっぱり、陽射しによって降りおちて、ゆらゆらとモノの表面に溜まって揺れている。
2015-10-03 16:36:02狭間】その感慨とはまた別に、相手の表情や、そこにある感情は、どんなふうなんだろうな、と、ただそれを、暴きたいわけでもなく知りたくて、相手の顔をゆっくりと見る。
2015-10-03 16:40:09@c_yu_n 天雄】「……教えてくれて、ありがとうございます」 視線を相手から逸らし、足元を見ながらいつもと同じ調子に述べる。はっきりと意味は伝わっているけれど、まだ実感が沸かないでいる。日常的に居ない方が当たり前の存在であるからか、感触がないものを掴もうとしている気分だ。
2015-10-03 16:42:21@c_yu_n 知りたかったわけでも、知りたくなかったわけでもないが、彼は伝えるかどうか悩んだだろう。そう思うと、自然と口から零れた。
2015-10-03 16:42:33