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武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana
ちょっとある文献を引用する。「(外国人に)少しでも敬意や友情を持っていそうな日本人は、概して道徳と真の愛国心に欠ける者と見なされる。この法則は以下の原理に基づいたものである。(続く)
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana
(引用続き)「すなわち、外国人に少しでも好意を示すことは、国益を完全に損ない、主君の意向に背き、さらには宗教的な信条に照らしても神の至高の意志とみずからの良心の導きにも反している、というものだ。
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana
(引用続き)「しかも彼らはこの誤った推論をさらに推し進め、外国人の友は必然的に国家の敵であり、主君への反逆者だと決めつけるのである。」これはケンペル『日本誌』における、鎖国下の日本人を批判した一節。冒頭だけ、原文で「オランダ人」となっていたのを「外国人」に改変した。
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana
ケンペルは江戸時代に医師として来日し、日本に2年ほど滞在、将軍綱吉にも謁見して西洋のダンスを披露したというが、その主著『日本誌』が刊行されたのは1727年のこと。没後にドイツ語で書かれた草稿を英訳したものが最初に出版された。
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana
しかし先ほど引用した一節、現在の外国の新聞に掲載された社説だと言われても、うっかり信じてしまいそうだ。やはり精神的な鎖国が復活しているらしい。
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana
1744年にイギリスで出版された日本を紹介する文章を読んだら、日本の呼称のひとつとして"Sin Kokf, and Camino Cuni, or the Abode of the Gods"が紹介されていた。「神の国」って言い方は江戸時代にもあったのね。
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana
そして「神の国」など日本人が自国を呼ぶ「派手な」(pompous)名称を皮肉っぽく紹介しているのが、かつて台湾出身の日本人のフリをして贋の『台湾誌』を書いたサルマナザールであるらしい。匿名記事だが、台湾の記述箇所で「サルマナザール」の虚偽について弁明しているので推測可能。
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana
一代で卑しい身分から国王に上りつめた男が、一子フィデーリの後見を寵臣オンゴスキオに託して逝去する。しかしオンゴスキオは秘かに王位簒奪の機会を窺っており、不当な言いがかりによってフィデーリを弾劾し、その壮麗な城を包囲する。炎上する城と共に儚くも滅びるフィデーリの一族。(続く)
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana
(続き)イタリアかスペインを舞台にした悲劇のようだが、これはれっきとした日本史の一場面である。フィデーリ(Fideri)は豊臣秀頼、オンゴスキオ(Ongoschio)は徳川家康のことだ。17世紀後半にイギリスで刊行された日本関連の文献では、しばしばこういう表記がみられる。(続く)
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana
なぜFideriが秀頼なのか?これは当時の日本でハ行の音が語頭に来るとファ、フィ、フ、フェ、フォと発音していたためと、おそらく「ヨ」の音が弱くて聞き取れなかったからだろう。問題は「オンゴスキオ」(OngoschioあるいはOngosschio)だが、なぜこれが家康なのか?(続く)
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana
まずOngoschioの読みを考えると、この時代g音には鼻濁音が用いられていたこと、"schio"は"sschio"とも書かれていることから「ショ」と発音すると推測すれば、現代の発音で「オゴショ」、「オーゴショ」と読むことが分かる。(続く)
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana
大御所、すなわち秀忠に将軍職を譲った後の家康への尊称が、あたかも固有名詞のように扱われていたのだ。同じように秀吉はしばしばTayko, Taicosamaと呼ばれる。ちなみに信長はNobunanga。これも鼻濁音のためだが、よりワイルドさが増している気がする。(連投終わり)
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana
(ちょっと訂正)語中のガ行の鼻濁音は、現代でも「正しい」発音のひとつとされていますね。さっきの説明を補足・訂正すると、OngoschioやNobunangaのngはガ行の鼻濁音を表記したもので、カタカナでは「オーゴショ」や「ノブナガ」になる、ということです。
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana
昨日ご紹介したフィデーリとオンゴスキオの物語ですが、François CaronのA True Description of the Mighty Kingdom of Japan and Siam (1663)の32-34ページに載っています。(続く)
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana
Caronはブリュッセル生まれですがオランダに亡命し、オランダ東インド会社で働きました。船のコックの手伝いから初めて日本のオランダ商館長にまで出世した人物。22年ほど日本に滞在し、日本人と結婚しています。将軍家光に献上した銅製の灯籠が、いまも日光東照宮にあるそうです。
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana
なお、カロンの日本に関する著作は最初オランダ語で発表されているので、先ほど名前を挙げた本は英訳版です。日本滞在が長く、日本語に堪能だった彼の記録は、ケンペルの『日本誌』(1727)でも高い評価を受けています。(続く)
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana
カロンの記録では将軍家光が"Sodomy"(原文ママ)に入れあげて女性に興味を示さず、周囲が困惑したことも紹介されています。他には切腹の作法、殉死の習慣やキリシタンへの拷問も詳しく語られています。
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana
カロンは日本を離れた後もアジアで活躍しますが、後にフランスが新設した東インド会社の長官に引き抜かれ、オランダから裏切り者と呼ばれることに。最後はヨーロッパに戻る途中、ポルトガル沖で船が沈没し、73歳で亡くなりました。
りおかんぽす @riocampos
この章の終わりのほうに載ってました。英語も古いので読みづらい…。|A true description of the mighty kingdoms of Japan and Siam quod.lib.umich.edu/e/eebo/A34454.… twitter.com/swiftiana/stat…
坂本葵 @aoi_skmt
もう、きのうからフィデーリ(秀頼)とオンゴスキオ(家康)のせいでごはんがおいしいです…! カロンの著作、日文研のサイトで原典読めるんですね。 shinku.nichibun.ac.jp/kichosho/new/b… pic.twitter.com/TWegYMCyku
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武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana
さらに補足。CaronのA True Description of the Mighty Kingdom of Japan and Siamですが、F. カロン『日本大王国志』(1967年刊、東洋文庫)というタイトルで日本語に訳されています。訳者の幸田成友は幸田露伴の弟です。
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana
カロン『日本大王国志』東洋文庫版の125ページにフィデーリとオンゴスキオの物語が登場しますが、当然ながら「秀頼」と「大御所」と訳されているので全くエキゾチックではありません。しかし訳者幸田氏によるカロンの生涯の解説は無駄を削ぎ落とした名文で、さすが露伴の弟と思わせます。
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana
フィデーリとオンゴスキオの悲劇は、昔の英語の本に出てくる日本人の名前が現代のローマ字表記とあまりに違うので、いっそ外国語風に読み替えたら面白いんじゃないか、というお遊びです。学問的な議論というより、息抜き程度に楽しんでもらえれば嬉しいです。(続く)
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana
みなさんの反応を拝見すると、シェイクスピアを思い出す方がいるようですが、オンゴスキオこと徳川家康とシェイクスピアは同じ年に亡くなっているので、(家康の方が年上ですが)同時代人といってよいでしょう。(続く)
武田将明/Masaaki Takeda @swiftiana
それから、フィデーリという名の人物はシェイクスピアの晩年の作品『シンベリン』に登場します(ただしスペルはFidele)。(続く)
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コメント

段ボールが本体 @Himade4tama 2016年3月9日
開国してからかと思ったら違った。
KAMO nang-bang @dead_san 2016年3月9日
古語では現代と発音がかなり違い、たとえば「さしすせそ」は「しゃ・しゅい・しゅ・しぇ・しょ」、「たちつてと」は「たぁ・てぃ・とぅ・てぃえ・てぃよ」みたいに発音していたらしい。むかーし、その発音で朗読した源氏物語を聴いた覚えがある。
取鳥族ジャーヘッド/CMDR INABANIUS @torijar 2016年3月9日
家光=ガチホモの情報は世界へ飛び立ってたと思うと草不可避
有芝まはる殿下。 / 𝕴.𝕳. 𝕸𝖆𝖍𝖆𝖑 𝕬𝖑𝖞𝖘𝖍𝖊𝖇𝖆 @Mahal 2016年3月9日
fideriでなくfideliだったら、秀頼じゃなくて秀「忠」になってまうとこだったw
うえぽん @kaorurmpom 2016年3月9日
「しかし先ほど引用した一節、現在の外国の新聞に掲載された社説だと言われても、うっかり信じてしまいそうだ。やはり精神的な鎖国が復活しているらしい」これだけインバウンドが盛り上がってる中にあって、ちょいとウヨサヨ思想に毒され過ぎじゃないですかね。
あわじまさき @hijmsawaji 2016年3月9日
ニンジャスレイヤー戦国編 「アイエ!オンゴスキオナンデ!」 「フィデーリ死すべし慈悲はない」
橋本麻里 @hashimoto_tokyo 2016年3月9日
3月9日の連ツイを足して、まとめ更新しました。
酔宵堂 @Swishwood 2016年3月9日
架空言語の拵え方の参考にもなるなあ(と云うかこう云うの確かアーヴ語の成立経緯みたいなので読んだ記憶あるぞ)。
まさ影 @masaeiyamagata 2016年3月9日
このまとめ読んで頭に浮かんだのは種村季弘「ハレスはまた来る」
カツヲ @RX78_01 2016年3月9日
本筋とは一切関係がないのだが、発音に関する部分でネオサイタマめいたアトモスフィアを感じてしまう
ケロちゃん@釜 @xenon122 2016年3月9日
「ドーモ、ボンジーの皆さん、ナブナンガです。本日はイェンリャクディに放火しに来ました。」
ケロちゃん@釜 @xenon122 2016年3月9日
ノブナンガは全てを破壊する。って一文だけ読むとノブナンガが魔王か何かにしか見えない
Halfricesetitsmore @Halfriceset 2016年3月9日
kaorurmpom 「オランダ人」を「外国人」と一般化する方向に呼び変えるから違和感が生じるのであって、「○国人」(○は社によって異なる)と読み替えればスッキリしますね(違
Y @MC680X0 2016年3月9日
ボンジー死すべし。慈悲はない。
セバスチャン小林(裏) @Dongpo_Jushi_x 2016年3月9日
そうそう。昔の発音を知るのに「他言語に音訳された資料」は大きなヒントになる(日葡辞書とかね) 。ということで殷代の漢字の発音、特に後世に伝わらなかった字の発音を知りたいので誰か音訳資料を(無理です
雨男 @ameot0k0 2016年3月9日
みんながみんな「ふぃでよし」とか読んでたのだろうか。出身地の方言で発音もいろいろあるだろうし「ひ」と読んでた人はいなかったのか
りおかんぽす @riocampos 2016年3月9日
A true description of the mighty kingdoms of Japan and Siamのテキスト版へのリンクを追加。
浅丼健一 @asai1920 2016年3月10日
一方、ケンペルは鎖国を「賢明な政策」とも評価しているけれどね。あと、ケンペルの草稿を編纂した『日本誌』は、そのまま編纂されたわけでなく、当時の世情を考慮して、キリスト教的価値観に基づいた改変がなされているわけで。
浅丼健一 @asai1920 2016年3月10日
ケンペルの日本誌の最終章に『日本国において自国人の出国、外国人の入国を禁じ、又此国の世界諸国との交通を禁止するにきわめて当然なる理』とある。「当然なる理」ですって、ケンペルネトウヨ説。
浅丼健一 @asai1920 2016年3月10日
こういう批判をしたいのなら、シュリーマン旅行記のほうが引用元として妥当だと思う。
@door06764388 2016年3月10日
有益な時間だった……
satou haru @satouharu1 2016年3月10日
今では鎖国してたほうがよかったとさえいえるでしょう。アメリカユダヤに戦争で負けて洗脳されてる惨めな奴隷ばかりになってしまってるのですから
叢叡世Степин Будимир @kusamura_eisei 2016年3月10日
ナブナンガがなんかそれこそ魔王みたいな名前だなあ。 少し忍殺っぽい表現。
和田名久司 @sysasico1 2016年3月10日
江戸時代も長いから、だんだんとは情報がアップデートされはしているんだな。それに日本人の気質も変化しているかもしれない。江戸初期ならキリシタンへの警戒感は強いだろうなあ。 satouharu1 ユダヤだけでは無く、オイルダラーもコミテルンもイギリス貴族もハゲタカファンドおるで。最近はチャイナマネーによる中国の陰謀も凄いんだとか。イルミナティ、フリーメイソン、レプティリアン、ニャントロ星人はオプションで。
Kawai_Yusuke @fiddler_K 2016年3月10日
『ガリバー旅行記』の「Xamoschiが「下総」」へぇー
玉藻さん@地球 @Roseate_Rosy 2016年3月10日
魔王ノブナンガがボンジー共をみなごろしなのですね(笑)
蕪野(白土龍) @kaburanoshun 2016年3月10日
Xamoschi って、簡単な母音の入れ替えでXimosa(下総)→Xamosiだけど、何かの理由で"si"を"schi"にしたとかかなあ、などと言語(学)の知識ほとんどない頭で妄想している昼下がり。
吉本みどり犬 @Midoreeeene 2016年3月10日
カイノチューノ地方のジングイエンて誰なんだろうwww 「カイノチューノ」が「きのくに」? 雑賀攻めの関連かな…? (ワクワク
🍛📷@うぉーうぉーしました @LivingRust 2016年3月11日
Midoreeeene 甲斐の国、信玄公では? 地元で私の世代から見ての祖父祖母世代では古い発音が残っているので「2月=にんぐゎつ」などと言う人は多かった。
科技アカウント @kagimatome 2016年3月11日
「伊達は「いだて」」というご発言がありますが、http://www.yoshikawa-k.co.jp/book/b33366.html の本を以前読んだ記憶では政宗の時期には「だて」になっていたらしいとか……今、手元にないので不確かですが。
吉本稔@同人傭兵 @niseyoshimoto 2016年3月11日
プリンス・アケーキ!!一体何日向守なんだ…
杏樹(Anju)@けもフレ2とケムリのファン @12v3rmx 2016年3月11日
惟任がプリンス(大公)って...合っているかもしれないけど似合わねえー あと武田信玄(ジングイエン)が信虎を追放した事や義信を殺した事について言及されているのが以外。
ネット・アイドル界の重鎮だんごむしさん @sengodebu 2016年3月11日
Hは発音しないからフィデヨシになっただけじゃねーの?この東大の准教授はバカ丸出しだな(^◇^)b しかし文学研究者ってこの世で一番非生産的な職業の一つだよね、ポル・ポトに殺されればいいのに
ut_ken @ut_ken 2016年3月11日
一応補足すると『日本誌』はケンペルの死後編纂出版された際に、当時の欧州読者に配慮して日本を貶める様々な改変がされていて、ケンペル自身の草稿では「日本の儒教の徳目はキリスト教に並ぶ」など、日本人に対して非常に好評価
ut_ken @ut_ken 2016年3月11日
そもそもケンペル来日の時代は漠然とした外国人でなく「キリスト教徒」の排除・警戒が大きいわけで(その辺は日本誌とケンペルの草稿にも書かれてる)。あとそもそも『日本誌』って、実際に出版されたものでも、日本の鎖国政策に好意的評価で、話の趣旨に持ち出すのは的外れでは
ut_ken @ut_ken 2016年3月11日
ケンペルのこうした見方はおそらくは、諸外国からの干渉で自国を無茶苦茶にされた三十年戦争直後の生まれというのも大きいでしょうね。ケンペルは欧州については「あのような戦乱続きの土地に戻りたくない」と書くなどして、長年、使節団や東インド会社などに勤め続けて離れていた。主な出典『ケンペルと徳川綱吉(中公新書)』
ニコラス☆鮭児 @yomoyamasaka 2016年3月11日
有益な情報の中に、自己の主張に都合良く切り取られた情報を混ぜられると怖いなあ。発言主のバイアスおそろし。(´・ω・`)
ut_ken @ut_ken 2016年3月11日
ついでに。ケンペルが来日した元禄3年ごろは、欧州人のみならず清国人相手にも、日本側からの貿易額の制限などの政策への転換で、統制のとれてない中小業者の群れである清国商人が引き起こすトラブルが急増。そのために清国人を唐人屋敷へ移すなどの厳しい態度がとられていた。このあと正徳ごろには密貿易や海賊行為などが深刻な問題になり相応の対処。当時の外国人の問題は漠然とした「外国人嫌い」で済まされる問題ではない。主な出典『江戸幕府と国防(講談社選書メチエ)』
星五84体の地方妖怪 PGERA @PGERA_RX 2016年3月11日
当時の鎖国政策は主に「外との交流を限定的にすることで対外戦争を出来る限り回避」と言うのも有るんだけどね・・・。完全に交流を絶ってる訳ではなく他にも莫大なお金をかけて朝鮮通信使の饗しをするなどしているのを忘れてはいけない。外国人嫌いで鎖国を行うほど江戸幕府はアホではない。
星五84体の地方妖怪 PGERA @PGERA_RX 2016年3月11日
なんて言うか「古い文献の日本叩けそうな文章を見つけてはしゃぐとかクソダサイを通り越して気持ち悪い事この上ない」のでやめたほうが良いよね(熱いマジレス)
KT @KTj09 2016年3月11日
わぁ、ここで島田先生の名前を見るとは。懐かしい。しかしサルマナザールの話を出されるともにょるぞ。あいつの話って嘘八百やんけ。
goya4 @goya4 2016年3月11日
ノブナガンで読み始めたあわて者がココにいます。
火雛@香港加油 @HibinaKageori 2016年3月11日
「やはり精神的な鎖国が復活しているらしい」とのことだが、そんなもん鎖国時代の日本と今の日本だけに限った話ではない。何処の文化圏のいつの時代にも常にあって当然。自然なものでしょう。 分析者の視点が偏りすぎじゃないですかね。 #江戸時代の来日外国人の文献に見る日本
Hoehoe @baisetusai 2016年3月11日
ケンペルの時代って阿片戦争より前でしょ?そんなんスパイ見るような目で見られて当然やん
ミナミ ユー @u_minami 2016年3月11日
殆どの内容は素直に首肯するが、「精神的な鎖国」云々は単なる筆者の感想で、中身の浅薄さが露呈してますな。鎖国より開国の方が良い、というのは普遍的な価値観とは言い難い。国民にとってメリットが多ければ鎖国も当然。アメリカがモンロー主義に戻る気配を見せている時代に何言ってるんだこいつ感が漂う。
3mのちくわ(20禁) @tikuwa_zero 2016年3月11日
ここをちゃんと読めば、まとめ表題(前半部分)要素は解散案件でしかない。後半のネタ要素にだけ食いつける人たちは幸せである。>これはケンペル『日本誌』における、鎖国下の日本人を批判した一節。冒頭だけ、原文で「オランダ人」となっていたのを「外国人」に改変した。
3mのちくわ(20禁) @tikuwa_zero 2016年3月11日
ちなみに、江戸時代を超えるまで、清濁音や漢字表記に関してはかなりいい加減だったと聞いた事がある。例えば新撰組の沖田さんも、そうじだったりそうしだったり、総司だったり総二だったり。
和田名久司 @sysasico1 2016年3月11日
tikuwa_zero みなもと太郎さんの同人誌で、解体新書翻訳時JはIの異体文字とされていたのを知った。中国なんて秦の始皇帝の時代にプロトコル統一に発音は諦めて、漢字の統一の一本にしたとか。でもそのためだけでも焚書坑儒が必要だったとか。
和田名久司 @sysasico1 2016年3月11日
なんか、これを元ネタにした娯楽小説を一本読みたい気分。
きゃっつ(Kats)⊿9/29日向坂京都個別 @grayengineer 2016年3月11日
「アテクシはあんたら庶民と違って外国で外国人と対等に仕事してるエリート様なんざますわよ」っていう人がツイッターにあれほど溢れてるのに「今も変わらないねー」とかどこを見て言ってるのだろうか、という気がする
和田名久司 @sysasico1 2016年3月11日
grayengineer 日本は島国としても割と特別な状況にあったので、鎖国抜きでも割と他者とのつき合い方ってのは抜けてる感じ。感覚的に「貴方は私と違う」ってのは変化の度合いが大きいと思うけど、「全く違う相手にどう接するか」はトレーニングが足りないかと。江戸時代に300藩の気質の違いをしるした取り扱いマニュアルみたいなマニュアルがあったみたいなんで、全く皆無とは言えないけど、他民族によるジェノサイドは経験してないしなあ。
kawonasi @kawonasi4989 2016年3月11日
鎖国下の日本人を批判した一節←当時の日本人にも色々な立場の人が居たわけです。尊皇攘夷派の人にしかインタビューしなかったんですかね?あと当時の西洋人は日本を植民地にしようと虎視眈々と狙っていたのは単なる事実なのですし、批判を受ける謂れはないと思います
游鯤 @yusparkersp 2016年3月11日
鎖国時代に南蛮人と仲良くしたら、そりゃ国益を損なうだろ。下手したらお取りつぶしにあうんやで!
ウィルヘルミナ (Vilhelmine) @HelmiLokadottir 2016年3月12日
sengodebu ケンペルおよびカロンの草稿で使われたオランダ語では h はハッキリと発音するのですが・・・・・・。
ut_ken @ut_ken 2016年3月12日
kawonasi4989 引き合いに出されてるのは江戸時代前期~中期初めぐらいの書籍なので、西欧による東アジア圏植民地化の危機とか、尊王攘夷とかの時代の150年以上昔の話なのですが
ハチマキくろだ @hatimaki_kuroda 2016年3月12日
ケンペルはケンペルでドイツ人なのに「高地オランダ人」って詐称してるからなあ。
ut_ken @ut_ken 2016年3月12日
hatimaki_kuroda 高地オランダ人云々はケンペルから150年後のシーボルトの話
moyoyo @ninjaakakage 2016年3月12日
江戸時代中期に南蛮人と仲良く・・・なんてやってたらあっという間にインカ帝国みたいに滅ぼされとるわ
愚者@ C97申込済 @fool_0 2016年3月12日
tikuwa_zero そういや伊達政宗も同時代人が書いた文献から『正宗』とよく誤表記されてましたねえ。
ハチマキくろだ @hatimaki_kuroda 2016年3月12日
ut_ken あれ、ケンペルも主張してたはずですが...wikipediaだと「山オランダ人」になってる。
Toku @to970 2016年3月12日
昔の外国人の文献が変わった発音なのは、日本人の訛りの可能性も。例えば幕末の函館は住民が訛っていたからかHakodadi。江戸時代の幕府役人は今の標準語に近かったと思うが、一般市民や諸藩の下級役人などは九州弁や関西弁など様々だったろうし。ちなみにロシアへ漂流した日本人が作った日露辞書の日本語は薩摩弁や東北弁などで、今や当時の方言の研究史料になっている。
星五84体の地方妖怪 PGERA @PGERA_RX 2016年3月13日
と言うか蒸気機関やら発明されてない時期にどうやって遠征するんだ。本当にいい加減にして欲しいレベル
Verdun_843 モンティセロの丘で @Verdun_nkysjan 2016年3月13日
yusparkersp 鎖国時代に南蛮との取り持ちを行ってたのは幕府の直轄である長崎奉行や幕府直属の人達がほとんどです。…薩摩藩?知らない子ですね…。
きゃっつ(Kats)⊿9/29日向坂京都個別 @grayengineer 2016年3月13日
ちなみにオランダ人は「南蛮人」じゃなくて「紅毛人」です
kenkan_method @KenkanM 2016年6月21日
実際に、当時のヨーロッパ商人や宣教師は「スパイ」としての役割を果たす事もあったし、それで民族や国が滅亡したことが多々あったし、そもそも彼らは有色人種を奴隷扱いしていたわけで、そういう人と付き合っていたら、そりゃ「お前は何をやってやがる」と言われるのも当然かと。日本人も戦国時代に、多数が奴隷としてヨーロッパ人に連れて行かれてるし。こういうと、日本人商人も関与していたって、ズレた批判が来るけど、それとヨーロッパ人が日本人を奴隷扱いしていた事実は覆らないわけで。
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