イモムシの夢を見ている
61.ソレ以外に呼びようの無くなった有様でも アレらはまだ動いて、生者と見るや… といっても、もう大阪に生きている生き物など殆どいないけれど その気配を見つけると襲いかかり 顎(あご)や、何かにぶつけたのか、顔面をひしゃげさせている。
2016-03-18 22:45:3762.頸を落とされて脳を喪っても活動を停止しなかった『あの犬』と同じだ。 アレらが止まるには『瘤』を破壊するか、一定以上の温度変化が必要で…
2016-03-18 22:49:1063.今年の気候は、暖冬。 あれらの中の『病原』は死に絶える事はなく、3月の今 未だに大阪の地面はあれらの闊歩する――訂正、這いずりまわる地獄のままだ。
2016-03-18 22:51:0165. 「人間…」 声に出して求める程には、人恋しい。 勝手な話だとは思う、生き残りが居るとも思えない 籠城を選んだのは自分で、あれからもう、半年余り 正直、物資の収集は安全経路のおかげで当初の予定より遥かに良い。 飢えや乾きも感じずに済んでいる。
2016-03-18 22:55:1266.ただ、いまの自分は耐え難く独りで 食べて、動いて、眠って、床に頭を叩きつけて目を覚ます イモムシの夢を見ている蜘蛛になった様な生は 多分、自分が思っているよりも、自分を追い詰めている。
2016-03-18 22:57:3767. 「髭…」浴室でヒゲを剃る、医薬品は薬局から消え失せていたのにカミソリや洗剤類は大量に残っていたので回収している。 ろ過して煮沸した雨水で洗顔もする、固まっていた鼻血も拭う。 衛生は死守するという当初の決定は今も守れている。 病気で苦しんで死にたくはないから
2016-03-18 23:02:0068.鏡に写る顔には生気がない、ネットが繋がってフォーラムとやりとりできていた頃よりも余分な肉が落ちて清潔なくらいなのにその分他人の顔の様だ 歯を磨き、口を濯ぐ。 当たり前の日課をこなすのは他人のような髪の長い男だ。
2016-03-18 23:04:5170.生きている気がしない、ルーチンワークの様だ。 贅沢な話だとは思う、10月10日の時点で 国内で飢えを訴える書き込みだってあったのに 今の自分は誰もいなくなった街で糧を盗んで、一人で追い詰められているだけなのに。
2016-03-18 23:12:1371.食後に休憩を挟み、また入念に身体を動かしてから着替える。 厚手のジャケットに、カーゴパンツと履き慣れたブーツ。 念の為の絶縁手袋と、建設会社で手に入れた高所作業用のハーネスとベルト。 そこに腰から木鞘入りの鉈と、帆布の袋を下げ 「今日は、御堂筋線跡を遡ろう」予定を口に出す
2016-03-18 23:16:1672.御堂筋線は各所で脱線事故を起こしているのを確認した。 中には人間が満載されていて、全員潰れるか、アレらになったまま放置されている。 三国のあたりで高架を突き破って斜めに顔を出した電車からは 絞ったように赤黒い血が滴っていたのを、併設された電線から確認している。
2016-03-18 23:19:2073.電線というのは意外にゴツゴツしていて、それにベルトをただかぶせても引っかかって前には進めない。 だからベルトの下にアクリルの管をかぶせて、補助用のワイヤーを手繰りながら ゆっくりゆっくりと進んでいく。 徒歩で10分の道を、30分かけて進む。 30分の道を、一時間かけて進む。
2016-03-18 23:23:5175. 『一秒後に電気が流れて自分が死ぬのではないか』絶縁対策はしている 『一秒後に電線が切れて落下死するのではないか』問題ない、既に電柱同士の間に命綱の鋼線は渡してあるので、電線が切れてもこれは千切れない。 『折り重なったイモムシに捕食される事は』無い、現実的でない。
2016-03-18 23:28:4076.安全は確保している、病的なまでに確保している。 殺されないように、死なないように 苦心して作り上げた『安全経路』を、蜘蛛のように進んでいく。
2016-03-18 23:30:3377.時間をかけて、何度も電柱を経由しながら 一時間かけ、二時間かけ、歩くような速度で御堂筋線跡を辿って行く。 今日も動くものはイモムシだけだ 大人も、子供も、同じような姿で地面を這っている。
2016-03-18 23:33:2878.静かで、冷静で、安全で ほんの数m下の地獄とはまるで別世界の様な電線を手繰りながら 歌でも歌いたいような気分なのに、それが紙一重の先の行動の様な気がして 息を殺して糸を手繰っていく。
2016-03-18 23:36:1779.大阪を抜けだして、車を使って北上すれば 流石に東北や北海道 では零下でアレらの『病原』が死んでいるのではないか それなら、何食わぬ顔で、多少の検疫でも受ければ 人間のたくさんいる、避難所か何かは無理でも 医療施設で人間の近くにいる生活が出来るのではないかと考えた事はある。
2016-03-18 23:38:5580.ガソリンを集めて、頑丈な車に乗り込んで 物資を満載して下道でも二日も走れば流石に着くだろう でも『飛行機が飛んでいない』不気味さがそれを躊躇わせる。 ヘリの一機も飛んでいない、つまり自衛隊が動けていない。
2016-03-18 23:40:4681.そんな事があり得るのか、いっそ非現実的だ 『自衛隊が避難誘導や救助を行っていない』なんて ゾンビが徘徊するより非現実的なことだ。 それなのに、特殊車両は愚かあのやかましい偵察バイクの一台だって見ていない。
2016-03-18 23:43:0892.大阪のインフラが死んだあの日、いったい外で何が起こったのか 最寄りの避難所の崩壊は知っている、だからこそのこの地獄 だからこその見渡す限り、沿線沿いだけで500を越えるイモムシの群れ。 耐え難い匂い、耐え難い惨状。
2016-03-18 23:45:1293.だれとも、何処とも繋がっていない。 生きている人間が一人もいない場所で、一人でいて 見渡す限りの地獄以外の情報が一切ない。 誰かが残した書き置きすら見つけられない ただただ静かな時間が流れていく。
2016-03-18 23:47:34