第6.5話 「綾香と大智」

脳内艦これSS 独自設定注意
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白樺活性炭濾過物 @bookmark_vodka

6.5-1 浜風の問題の解決から一日明けた風見の執務室。朝一で風見に『重要な任務がある』と招集された綾波と浜風は、執務机で真剣な表情をしている風見と対面していた。 「司令官、重要な任務とは…どういうことでしょうか」 「言葉の通り。この鎮守府に居る全員に関わる重要な任務なんだ」

2016-06-12 12:04:09
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6.5-2 風見のいつになく深刻な顔つきに、綾波はごくりと唾を飲む。 一体何があったというのだろう。深海棲艦の襲撃?本土で何か?様々な考えが頭を巡る。 「この任務を行うにあたって、二人に渡さなくてはいけない物がある」 すると、風見は執務机の下を何やら手探り…何やら取り出す。

2016-06-12 12:04:16
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6.5-3 『それ』を見て二人の目は点になる。 取り出された物は高速修復材…の入っていたバケツ、と…『釣り竿』だった。 風見は無言のまま二人にバケツと釣竿を渡してくる。 「あ、あの…?」 「…備蓄が」 「え?」 風見は提督帽を深く被って顔が隠れるようにする。 「…食料が尽きた」

2016-06-12 12:05:46
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6.5-4「…」 無言のまま、先ず渡されたバケツに目線を動かす。 それから風見の方に向き直り、右手の釣竿をちょっと持ち上げて首を傾げてみる。 「…」 首を縦に動かす風見。 「この島で生活のために必要な物資は、定期的に本土から輸送されてくるものをやりくりしているわけなのだが」

2016-06-12 12:06:00
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6.5-5「次回の補給の直前ぐらいになってくると…その、何だ。給料日前の冷蔵庫の中身の様な状態がやってくる。そして今回は君達二人が着任した際に、鳳翔が大分張り切ってくれたものでな…」 ここで風見はいきなり二人に頭を下げた。 「済まない、今日の食事は二人の戦果にかかっている…!」

2016-06-12 12:09:13
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6.5-6「まさか食事のために魚釣りをする事になるなんて…」 「仕方ないですよ。皆さんのためでもありますし」 島の裏手付近の岩場。二人は苦笑いしながら釣り糸を垂らす。 当然、魚が矢継ぎ早に掛かる訳でも無いため、待つ間そこには沈黙が生まれる。『綾香』は、内心この状態に困っていた。

2016-06-12 12:11:26
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6.5-7 理由は勿論隣にいる…自分の兄であるハズの艦娘である。 「(隣にいるのが兄さんなのか浜風ちゃんなのかよく分からないッ…!今朝からちらちらと喋ってみてもどう見ても艦娘だし、しかも今に至るまで会話も丁寧語だしさっき『綾波さん』って呼ばれたしッ!) 笑顔の下は汗まみれである。

2016-06-12 12:15:13
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6.5-8 おまけに昨日の風見よろしく、『彼女』?『彼』?の事を何と呼んだら良いのかで非常に混乱していた。 「(今の状態は確実に『兄さん』ではないけどかといって『姉さん』でもないし、兄さんだと思うと『浜風ちゃん』って呼ぶのもすごい違和感がある!おまけに表情が読みづらい…!)

2016-06-12 12:15:20
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6.5-9「あの、綾波さん?酷い汗ですが大丈夫ですか?」 実際に出てしまっていたらしい。悩みの種である当人に気をつかわれてしまった。 「あ、あのぅ…今私の隣に居る貴方は一体誰なの?」 もうこうなれば破れかぶれである。綾香は単刀直入に聞いてみる事にした。 「誰と言われましても…」

2016-06-12 12:17:05
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6.5-10「2人分の意識を持ち合わせてしまっているので、どちらか、とは言い難いのですが…」 『浜風』が困ったようにそう答える。 「だから、そのぅ…私は貴方の事をどう呼んだりしたらいいのかなって…喋っていると兄さんの要素が少ないっていうかなんっていうか…」

2016-06-12 12:17:18
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6.5-11「綾波さんの好きなように呼んでもらうのが一番だと思いますが」 「うぅ~…そうかもしれないけど…」 『浜風』はそんな綾香の様子を見て、後ろ髪を少し掻く。 そして ふわり、と雰囲気を変える。 「それじゃこの見た目でこんな調子で喋ってた方が良いか?それも違和感あるだろう」

2016-06-12 12:18:45
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6.5-12「それはまぁ確かに…」 『大智』はそんな綾香の姿に眉根を寄せる。何か引っかかる事があるようだった。 「綾香は…『綾香』の…つまり、人の意識で喋ったり逆に『綾波』の意識で喋ったりして自分の体に違和感を感じたりはしないのか?」 「?」 質問の意味が分からずきょとんとする。

2016-06-12 12:19:02
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6.5-13「…その様子だと綾香はそうじゃないのか…んーと」 浜風は目を閉じてこめかみに人差指を当てる。これはまるきり『大智』が考え事をする時のクセなのだが… 「例えばだけど、綾香がこれから一日不良みたいな口調で喋らなきゃならなくなったとしたらどう思う?」 「えー…それはヤダな」

2016-06-12 12:19:22
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6.5-14「なら、その『イヤだ』と思うのは何故?」 質問を重ねられて、綾香は理由を考えてみる。 「えっと…それはやっぱり変だし、恥ずかしいし…」 「そしたら、何で変で恥ずかしいって感じると思う?」 大智は更に質問を重ねてきた。綾香は更に考える。 「それは…んーっと、待って…」

2016-06-12 12:20:41
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6.5-15「普段そんな言葉使わないし…自分っぽくない、から?」 綾香の絞り出した回答を得て、大智は頷く。 「そういう事。実は今こうやって喋ってるのも…ちょっとむず痒かったりする。これも自分で合っている筈なのだけど」 少し寂しさの籠ったその笑顔は、見た目相応の女の子のものだ。

2016-06-12 12:21:08
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6.5-16「要するに、自分のアイデンティティって言うのかな?それをリードしてるのは浜風の方なんだ」 綾波ははっとして風見や扶桑の言葉を思い出す。心が戻って来たとはいえ、大智の心は昨日まで殆ど消えかけ、一度は完全に『浜風』となった身なのだ。やはりその影響は色濃いのか。

2016-06-12 12:21:23
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6.5-17「それだけじゃなくてな。あまり長い時間『大智』で在ろうとすると…段々と胸が苦しくなってくるんだ。折角繋がったものが千切れてしまいそうな…そしてバラバラになってしまいそうな、そんな感覚。もしそうなったら、今度は『二人とも』無事では済まないような、そんな気がしてる」

2016-06-12 12:21:32
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6.5-18 ここまで話すと、また雰囲気が『浜風』のものに戻り、口調も先程までの少々堅苦しいものに変わった。 「だから、見ていると私だけ違うのかなって。艦娘としての綾波さんも、人間としての綾香さんも…貴方はどちらでも上手くやれているように見えて。少し羨ましいです…」

2016-06-12 12:23:42
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6.5-19「自分自身でも悩んでたんだね。なんか…ごめん」 それはそうだ。当事者が一番悩んでいない筈が無いし、周りは皆自分達と比べれば『正常な』艦娘。更に綾波の境遇と比べても浜風の境遇は、やっと繋がった二人の姿や性格、性別に至るまでが異質なのだからその心中は推し量れない。

2016-06-12 12:23:49
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6.5-20「でもそういう事ならなおさら自分だけで悩んで欲しくない」 目の前の兄に向けて、そして艦娘に向けて、強く訴えかける。 「これから私達はきっと、『今までのものじゃない』自分の心とずっと向き合っていかなきゃいけない。それは私達と一緒にいる他の人からしてもそうなんだよ」

2016-06-12 12:28:35
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6.5-21「それならもっと素直に悩みを打ち明けて、一緒に悩んでもらって、心地よく居られるようにしなきゃ、ね?」 諭された浜風は「驚いた」というような表情をしている。そして、クスッと笑うと大智の口調になって言った。 「言うようになったじゃないか。それは『綾波』の性格か?」

2016-06-12 12:28:43
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6.5-22「目の前に居るのが誰か分からないままというのは確かに良くなかったな」 大智はすっ、と目を閉じ何かを考えているようだった。 そして暫くして、『浜風』の口調がその先を紡いだ。 「それならば、今から私の事は『浜風』として接して下さい。やっぱりその方が気が楽ですし」

2016-06-12 12:32:46