居合や古武道の技と左側通行は関係あるのか。江戸時代は左側通行?右側通行?

日本の左側通行は江戸時代から、とたまに話題になる昔の通行事情ですが、「刀のコジリがあたらないように」といった理由で左側通行だったとされています。 武道関係の人の中には「左側の方が抜刀攻撃しやすい」「いや逆だ」と諸説紛々ですが、絵図等を見ていると「おそらく左側通行、ただし厳密ではなく広い道では自由に歩いていた?」という感じのようです。
人文 古武道 さや当て 江戸時代 左側通行 歴史
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みんみんぜみ @inuchochin
江戸時代は右側通行か?左側通行か?という話がある。「鞘当てにならないに左側通行だ」matome.naver.jp/odai/213805833… が主流のようですが他に 「抜打ちには左側通行の方がしやすいから右側通行」 blog.livedoor.jp/kensinkai_oton… という説も根強い模様。
みんみんぜみ @inuchochin
また、「左側通行の方が抜き打ちしやすい、というのは現代の似非剣術しかしらないからだ。本当は左側通行だ。」という説までありますw bujutsukarate.com/zouho/8.htm しかし、これの「林崎流は右側から抜きつける」って林崎新夢想流の押立の誤読ではw
みんみんぜみ @inuchochin
しかし一般的に左右どちらかに決まっていたとは思えません。残っている絵図でも厳密に決まっていたような絵図は無いようです。kure.com/column/detail.… 身分が高い人が来たら脇に除けるのが礼儀でしょうし、互いに摺れ違うというのは武士の場合はそれほど多くなかったのでは?
みんみんぜみ @inuchochin
個人的には右側通行や左側通行に武士の武芸の話を絡めるのは筋悪の議論だと思う。武芸の技なんぞより礼儀礼法や身分制度の影響の方が大きいのでは? ちなみにいわゆる行き違いに技を仕掛けるのは柔術には多いけど、これは左側を通るものが多い。まず敵の利腕を使えなくする(抜刀をさせない)ため。
みんみんぜみ @inuchochin
ちなみに右側をすれ違う技もあるので、どちら側通行か武術の形から推測すると「どちらもあったのでは?左側の方が多いかも」 という話になります。
ソードフィッシュさん @ttswordfish
@inuchochin こちらの引用もとの、左側通行だと抜き打ちがしやすい(だから右側通行だ)もいうのはおかしい、というところだけは同意しますけどね。私もそんなことはないと思いますしどちらかというと敵が左にいてくれた方が具合がいいです。
みんみんぜみ @inuchochin
@ttswordfish 私もそこは当然同意です。だいたい立ってたら向き直るのも一瞬ですし左右くらいはそんなに変わらないですよね。
ソードフィッシュさん @ttswordfish
@inuchochin ですよね。そして引用もと記事には林崎流についてたしかに左右を取り違えてるような部分がありますね。 でも結構初期位置での左右って大きくないですか?とくに居合みたいになる局面は接近戦だし、とっさの事となると…
みんみんぜみ @inuchochin
@ttswordfish ああ、こちらから仕掛けることばかり考えてましたw(捕手脳) たしかに仕掛けられた場合はかなり違う気がします。
ソードフィッシュさん @ttswordfish
@inuchochin いやこれは個人的な感覚の問題なんで、たんに私が回転するの苦手なだけなのかも^^; あでも捕手でも右手を取りやすいように相手の左側を通る形から始まるのが多いって書かれてませんでしたっけ
みんみんぜみ @inuchochin
@ttswordfish そうですね。右手押さえられたら刀抜き辛いですしね(*_*) やはりあまり近くを通る相手は警戒しろ、とかすれ違う際は軽く相手を見つつ会釈とかが居合や柔術にも繋がってくるのでしょうね。
ソードフィッシュさん @ttswordfish
@inuchochin そうなんでしょうね。そしてそのあたりの気配りは現代の治安の良くない地域での護身などとも共通でしょうね。
みんみんぜみ @inuchochin
@ttswordfish 角を曲がる時は大回りで、とか門入、戸入の教えとか、客人の見送り、見送られの教えなども今に生きる教えですよね。
ソードフィッシュさん @ttswordfish
@inuchochin そういうのこそなんとか仕草とは違う、モノホンの武家仕草と言ってもいいんじゃないですかね〜(^^)
みんみんぜみ @inuchochin
そういえば「後ろから切りつける場合はまず声をかけて本人確認しろ」とか「声をかけて止まったところを切れ」という話が武術にはあるけど、すれ違いの教えはどんなものがあったかな?確認しないとわからない。
みんみんぜみ @inuchochin
ちなみに古い街や村落の古い道路は人がすれ違える一間道路(幅1.8m)や荷車がすれ違える二間道路という基準があるから、武術の行き違い技を演じる際はこの幅をイメージすると良いかも。 まあ、二間道路だとかなり離れてすれ違えるけどw
ちていのき @baritsu
なんか江戸期ので「人を右に見るようにすれ違え」というのを見た事ありますね@inuchochin @ttswordfish
ちていのき @baritsu
角を大回りと言えば、この間見たブラジル訪問記の中に、前田光世と歩いてたら常に大回りして曲がるのに驚いたというのがあった。もう試合などはしなくなって久しいけど常に用心を忘れていないのだな、と書いてあった

このあたりで江戸しぐさの傘かしげや蟹歩きを思い出しました。

原田 実 @gishigaku
「江戸しぐさ」における「右回り」と「蟹歩き」は戦前で男子小学生の体育に導入された軍事教練の名残とみなすのが妥当(「江戸の良さを見なおす会」年表によれば芝三光誌は1928年生まれ。小学生時代の34~41年は横浜市保土ヶ谷在住)。
原田 実 @gishigaku
面白いのは「江戸しぐさ」に「傘かしげ」「肩引き」「蟹歩き」など狭い道を同時に通ろうとする思草が多いことです。相手に道を譲って後から行く、あるいは譲ってもらって先に行き、後で相手にのんびり行ってもらうとかの選択肢がない。 @istvan0817 @_yujin
uyama @uyamaya
江戸しぐさ・その7 「右まわり」  右回りが基本:大勢の前に行く時は、最短距離を通らずに、左のほうに出てから、右回りで舞台の方へ向かう  五体投地、お遍路さんも右回り。聖なる回り方、エネルギー蓄積などの考え方がある。 ・・・・・お寺の本堂を廻る時も、時計廻りにおねがいします。
みんみんぜみ @inuchochin
そういえば江戸しぐさ世界では道路は右側通行なのか左側通行なのか
原田 実 @gishigaku
「江戸しぐさ」世界の江戸は左側通行ですね edoshigusa.info/h22_yumekikin/… こちらも参照されたく togetter.com/li/795646 @inuchochin
みんみんぜみ @inuchochin
@gishigaku ありがとうございます!左肩というのは通説と同じなのですねw

コメント

lastline@オバケフィット @lastline 2016年10月5日
右側、左側通行が定着するには、ある程度交通量が多い地域である必要があるので、全国的に定まっていたとは思えないんですよね。エスカレーターの片側よりは、大阪だと国際的な右よりだけど、東京は自然発生的に生じた左より。
lastline@オバケフィット @lastline 2016年10月5日
江戸時代はお上の意向が記録として残っていないものの、人口の多い江戸などでは左側通行が自然発生していた可能性は高いが、基本的には自由に歩いていたんだと思われる。
ヘーコ @apporu 2016年10月5日
土佐藩士だった秋山久作は、旧幕時代には鞘が当たらないようにみんな自然に左側通行してた、と書いてますね。明治になってからはめいめい好きな側を歩くのですぐ人に行き当たって困る、とも。
takehikom @takehikom 2016年10月5日
江戸時代の街道は、http://www.asahi-net.or.jp/~xx8f-ishr/edo_sanpu.htm の記述5と記述35を見る限り、左側通行が確立していたと理解していいのではないでしょうか。江戸の町のことはわかりませんが
ゆゆ @yuyu_news 2016年10月5日
刀を差している場合、右側通行だと鞘当てが起こるので、狭ければどちらかといえば左側通行になるんじゃないかな。広ければ、端を歩く人と中央を歩く人でまた別なすれ違いが起きそうだけど。
夜行ぬえ(誤字マン) @yagyou 2016年10月6日
江戸時代なんてどんなに身分高かろうが路上で切りつけたらいいとこ切腹だ。色々読んでると左側通行だと思うんだけど鞘が当たったからといってどうこうもなかったと思う 日本橋なんか左側歩いてる?って感じの絵が多いと思うんだけど
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