【三国志後伝】 三国志演義の続編として刊行され、日本で翻案されて独自に発展しつつ、各国を渡り続け生き残り、中国で復活を遂げた数奇な書物の話

三国志演義の続編として、中国の明代に書かれて刊行された書物に「三国志後伝」というものがあります。日本にも渡り、「通俗續三國志」・「通俗續後三國志」として翻案され、現在でも古書やネットにおいて読むことができます。また、現在では中国でも出版され、原文をネットで読むことが可能です。その「三国志後伝」の原本が中国で忘れ去られた後、日本において発見された後、多くの人の力によって日本・中国・アメリカ・台湾四カ国を渡り歩き散逸から免れた経緯と、現在も、さらなる復活を遂げつつあることを論じるものです。なお、こちらのまとめの姉妹編がhttps://togetter.com/li/1289067です。
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まめ @mamesiba195

三国志演義の続編(筆者は別)として、中国明代に刊行された「三国志後伝」とその原書について、調べた内容について、発表したいと思います。今回は学者の方々のなされた具体的な活動まで言及するため、敬称は省略していません。#三国志後伝 #三国志演義

2018-07-16 02:10:00
まめ @mamesiba195

なお、サムネ画像は「イラストやさん」サイトからダウンロードさせていただいた三国志後伝の主人公・劉淵の祖父である劉備です。子孫関係は小説における創作ですが、劉備の後継者を名乗った劉淵は史実上の人物です。 pic.twitter.com/tLgFXuQrMT

2018-07-16 08:52:28
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## 1 概略と目的

まめ @mamesiba195

このまとめの内容は、「三国志後伝」という書籍の原本の写しが日本国内にあることをあることを知り、三国志後伝の内容と写しの内容を調査した結果となります。三国志後伝の原本は世界に二冊しか発見されておらず、写しだとしても、三冊目が見つかれば大変な発見でした。

2018-07-16 02:11:09
まめ @mamesiba195

調査結果として、その写しはいままでに発見されていた原本の写しであり、三冊目ではないことが判明したのですが、同時に学会の論文でも「日本には無い」とされていたマイクロフィルム・複製本が日本に保存され、公開されていることが分かりましたので、ここで発表するものです。

2018-07-16 02:11:54
まめ @mamesiba195

三国志後伝は、中国において近年まで知られていなかったにも関わらず、日本において、江戸時代に世界最古の翻案がされ、日本とは縁深い講談です。三国志後伝とその書籍の歴史を紹介しつつ、我が国にその貴重な翻案がされ、その原書の発見と復活について知らしめることを目的としています。

2018-07-16 02:14:33
まめ @mamesiba195

あわせて、「書誌学」というもの全く携わっていなかった私が、この書籍を調査する過程で、様々な事実を知ることができた喜びや驚きを共感していただけるなら幸いです。

2018-07-16 02:15:27
リンク Wikipedia 書誌学 書誌学(しょしがく、ドイツ語: Bibliografie、英語:bibliography)とは、書籍を対象とし、その形態・材料・用途・内容・成立の変遷等の事柄を科学的・実証的に研究する学問のことである。狭義では、個別の書籍を正確に記述した書誌に関する学問を指す。日本では、一般的に江戸時代以前の古典籍について、その成立・装幀・伝来等を含めて、その書籍に関する諸々の事柄を研究・記述する場合に用いられることが多い。その歴史的な第一歩は、奈良時代の書目編纂に始まる。各大寺の経蔵の所蔵目録や、一切経の蔵経目録など、
まめ @mamesiba195

なお、論文や書籍、資料の読解や引用については、全て、私の責任ですので、ご了承ください。誤り等がありましたら、ご指摘いただけると助かります。なお、この順で語りますので、参考にされてください。 pic.twitter.com/n9npa2VB5Z

2018-07-16 18:48:55
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まめ @mamesiba195

三国志後伝の説明を行うため、基本として参考とした主な論文は、徳田武「『新刻続編三国誌後伝』と『通俗続三国志』」(1987年)(以下、言及する時は「徳田論文」)と、 ci.nii.ac.jp/naid/400033867…

2018-07-16 02:18:15
まめ @mamesiba195

陈年希「《三国志后传》考论」(1990年)(以下、言及する時は「陳論文」※陈は陳の簡体字)です。間違いがありましたら、ご指摘お願いします。 baike.baidu.com/item/%E7%BB%AD…

2018-07-16 02:19:03
まめ @mamesiba195

また、「三国志後伝」は、表記法により、「新刻續編三國志後傳」や「新刻続編三国誌後伝」などと呼ばれていますが、全て同一ですので、お気をつけください。

2018-07-16 02:19:43

## 2 三国志後伝について

まめ @mamesiba195

三国志後伝は、初めに説明しました通り、三国志演義の続編として、明代に刊行された講談小説です。前述した通り、著者は三国志演義の著者とされる羅貫中とは別人です。

2018-07-16 02:20:28
リンク Wikipedia 三国志後伝 『三国志後伝』(さんごくしこうでん)は、明代に書かれた小説。『新刻続編三国志後伝』、『続三国志』、『続三国演義』とも呼ばれる。作者については「酉陽野史」というペンネーム以外は不明。三国志演義における蜀漢の滅亡後、蜀漢の劉備や諸葛亮、関羽、張飛、趙雲たち臣下の子孫が四方に流浪した末に匈奴の地に集結して、劉備の孫である劉淵と改名した劉璩を立てて漢を再興して、西晋を滅亡させるが、漢が衰退し前趙へと変わり、後趙と争う次第を語る。 「陳寿の歴史書の余りや雑文を西蜀の酉陽野史が取材して編集したもの」と三国志後伝では称
まめ @mamesiba195

三国志後伝の多くは三国志演義の設定を受け継ぎ、三国志演義の終盤を補足しつつ、晋時代を舞台として、劉備の孫である劉淵を主人公として、劉淵が匈奴に逃れて、その主となり、漢を復興する次第を語ります。(劉淵が劉備の孫とするのは、あくまで小説上の設定です)

2018-07-16 02:21:33
リンク Wikipedia 晋 (王朝) 晋(晉、しん、265年 - 420年)は、中国の王朝の一つ。司馬炎が魏最後の元帝から禅譲を受けて建国した。280年に呉を滅ぼして三国時代を終焉させる。通常は、匈奴(前趙)に華北を奪われ一旦滅亡し、南遷した317年以前を西晋、以後を東晋と呼び分けているが、西晋、東晋とも単に、晋、晋朝を称していた。東晋時代の華北は五胡十六国時代とも称される。首都は洛陽、西晋末期に長安に遷った後、南遷後の首都は建康。宋により滅ぼされた。 詳細は西晋および東晋を参照。 5
まめ @mamesiba195

この劉淵を劉備の孫(外孫)として匈奴に入り、漢を復興する内容は、元代に刊行された三国志平話の設定にあるものと同一です。三国志後伝が先行の三国志関連の講談の設定を受け継いでいることが分かります。元の至治年間(1321~1323)に刊行されています。

2018-07-16 02:23:22
リンク Wikipedia 三国志平話 『三国志平話』(さんごくしへいわ)は、宋代の話芸である説話の話本。元代に刊行された『全相平話五種』に収められている『新刊全相平話三國志』のことである。上・中・下3巻。小説『三国志演義』のもとになった故事を多く含んでいる。内容は司馬仲相の冥土での裁判で始まり、諸葛亮の病死で終わっている。『三国志演義』に比べて民間伝承を色濃く残しており、『演義』と比べれば荒唐無稽な話を含む通俗的な作品となっている。ただしこの『平話』には、関羽の架空の息子関索のエピソードが挿入されておらず(南蛮征伐の項で名前が一度だけ登場する 1 user
まめ @mamesiba195

また、三国志演義もまた、明代に刊行されています。その最古のものは、明の嘉靖元年(1522年)「嘉靖本」であり、その後、明代において三国志演義ブームが起きています。

2018-07-16 02:24:28
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コメント

まめ @mamesiba195 2018年7月16日
ずっと勘違いしていましたが、言葉の誤用ですな。「です」に変えますね。
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gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2018年7月17日
人はこんな昔から、自分の好きな形にお話を改変した「二次創作」を求めていたのかもしれません。→『劉備の孫である劉淵を主人公として、劉淵が匈奴に逃れて、その主となり、漢を復興する次第を語ります』
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メー @haruhiz 2018年7月17日
趙雲の孫が改名した石勒は善玉チームのはずなんだが偽降するのね。ということは、偽降は悪ではないんだな。史実の石勒も似たようなことしてたが、別に従う必要はないはず。
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まめ @mamesiba195 2018年7月18日
gryphonjapan 確かに、三国志後伝の作者も蜀が敗北する結末に納得いかなかった述べてますね。この小説は虚構と断った上で三国志演義の続編なのに、(関索の子が登場するところから分かります)、なぜか、三国志平話のオチの話しを採用するところにお話するような傾向を強く感じます。ただ、水滸伝と違い、三国志演義の創作された続編があまり書かれなかったのは不思議ですね。
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まめ @mamesiba195 2018年7月18日
haruhiz どちらかというと、三国志後伝の作者は正義よりも、謀(はかりごと)が優れている方が勝つというテーマで書いているようです。正義があっても、謀が無いなら滅びるという考えで、実際、作品中に劉淵が再興した漢は滅んでしまいます。
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メー @haruhiz 2018年7月18日
そういえば三国志演義も、ずる賢い曹操が勝者だった。善悪と能力をそれはそれこれはこれと分けるドライな世界観は引き継いでるのね
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endersgame @endersgame3 2018年7月19日
詳しく知らなかったけど、明代に明確に意図して書かれた架空戦記ものがあったんだなあ。
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まめ @mamesiba195 2018年7月19日
haruhiz 三国志演義よりもさらにドライかもしれませんね。作者の中では「殺人を好む(暴虐な)こと」と「謀が足りないこと」が滅びる原因で、「不義なこと」はせいぜい王朝が長く続かない原因になるぐらいなようです。三国志演義では漢であるという大義が尊ばれますが、三国志後伝はほとんどそのようなシーンはなく、晋の失政の方が重視させます。
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まめ @mamesiba195 2018年7月19日
endersgame3 一応、劉備の子孫というのは小説の設定で、実際は晋国内で晋に服従していた匈奴という事情は別として、ある程度は歴史に沿って描かれます。ただ、途中にある両陣営の史実・架空含めたオールスターによる架空の晋漢大決戦は本当に架空戦記そのものですね。面白いかどうかは別にして、三国志後伝で最も派手な見せ場だと思っています。
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(あ)@お気持ちヤクザ @MutsuniNaruBeam 2018年7月19日
花関索伝とかもこのくらいの時代でしたっけ?
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まめ @mamesiba195 2018年7月19日
MutsuniNaruBeam 花関索伝は同じ明代では三国志後伝より150年前の作品ですね。 三国志演義は関索の登場の有無や扱いで、その発展程度が分かります。なお、上記で三国志後伝は、関索の子が登場するので、三国志演義を原作とすると私がコメントでしていますが、関索は名前だけは三国志平話でも登場します。ですが、関羽の子として関索となると、平話段階では存在せず、やはり三国志後伝は、演義を原作にしていると本文にあげた陳論文において、論じられています。
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まめ @mamesiba195 2018年8月18日
遅くなりましたが、それからの調査結果を反映して、三国志後伝のwikipedia項目を更新しています。「原書の所在について」・「参考文献」を追加し、「通俗続三国志・通俗続後三国志」を大幅に加筆した上で、「出版」・「日本語翻訳」・「関連論文」・「参考文献」・「関連論文」を充実させています。 https://ja.wikipedia.org/wiki/三国志後伝
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まめ @mamesiba195 2018年11月17日
こちらのまとめの続編である。「通俗続三国志」・「通俗続後三国志」の調査結果のまとめがこちらとなります。ご覧になりたい方はよろしくお願いします。 【通俗続三国志】400年前の三世ものスピンオフ三国志小説! 江戸時代から日本各地で読まれ続けた三国志演義続編の日本語翻訳の書籍に関する話。【通俗続後三国志】 https://togetter.com/li/1289067
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まめ @mamesiba195 2018年11月17日
まとめを更新しました。
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