【三国志後伝】 三国志演義の続編として刊行され、日本で翻案されて独自に発展しつつ、各国を渡り続け生き残り、中国で復活を遂げた数奇な書物の話

三国志演義の続編として、中国の明代に書かれて刊行された書物に「三国志後伝」というものがあります。日本にも渡り、「通俗續三國志」・「通俗續後三國志」として翻案され、現在でも古書やネットにおいて読むことができます。また、現在では中国でも出版され、原文をネットで読むことが可能です。その「三国志後伝」の原本が中国で忘れ去られた後、日本において発見された後、多くの人の力によって日本・中国・アメリカ・台湾四カ国を渡り歩き散逸から免れた経緯と、現在も、さらなる復活を遂げつつあることを論じるものです。なお、こちらのまとめの姉妹編がhttps://togetter.com/li/1289067です。
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リンク Wikipedia 三国志演義 『三国志演義』(さんごくしえんぎ、 繁体字: 三國演義; 簡体字: 三国演义)は、中国の明代に書かれた、後漢末・三国時代(魏、蜀、呉)を舞台とする時代小説・通俗歴史小説である。四大奇書の一つに数えられる。書名については下記。 著者は定説をみず、施耐庵あるいは羅貫中の手によるものと伝えられている。 後漢末・三国時代(魏、蜀、呉)を舞台とする説話や講談は古くからあり、すでに北宋の時代には劉備と蜀漢を善玉、曹操と魏を悪役とするイメージが定着していたという記録がある。この講談は「説三分」とよばれた。元代には『全相 2 users 15
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なお、三国志後伝に影響を与えたものとして忘れてはならないのは「水滸伝」です。三国志後伝では、その影響が多々見られます。水滸伝は、嘉靖19年(1540)頃、成立しています。

2018-07-16 02:25:35
リンク Wikipedia 水滸伝 『水滸伝』(すいこでん、水滸傳)は、明代の中国で書かれた伝奇歴史小説の大作、「四大奇書」の一つ。 施耐庵(あるいは羅貫中)が、それまでの講談(北宋の徽宗期に起こった反乱を題材とする物語)を集大成して創作されたとされる。なお、「滸」は「ほとり」の意味であり、『水滸伝』とは「水のほとりの物語」という意味である(「水のほとり」とは、本拠地である梁山泊を指す)。 時代は北宋末期、汚職官吏や不正がはびこる世の中。様々な事情で世間からはじき出された好漢(英雄)百八人が、大小の戦いを経て梁山泊と呼ばれる自然の要塞に集結 4 users 25
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三国志演義ブームの中で続編として刊行されたものが、「三国志後伝」。明の万暦三十七年(1609年)に刊本にされています。作者は酉陽野史というペンネーム以外ほとんど分かっていません。中国の続編ものとしては最も早い時期に刊行された作品の一つです。 pic.twitter.com/4jjAdG7VVz

2018-07-16 02:27:01
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ただ、内容はそれなりに見るべき部分は存在するとはいえ、残念ながら、三国志演義に大きく劣ります。その後、中国において、明代の張無咎に『批評北宋三遂新平妖伝叙』において批判された以外は、これといった記録は残っていないようです。

2018-07-16 02:29:18
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ただ、この作品は日本にも輸入されます。さらに、前半部分は、中村昂然によって『通俗續三國志』として江戸時代の元禄十六年(1703)に、後半部分は、尾田玄古(馬場信武)によって正徳2年(1712)に『通俗續後三國志』として翻案もしくは刊本されます。

2018-07-16 02:29:58
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これは、日本における三国志演義の初めての翻案である『通俗三国志』が湖南文山によって完成したのが元禄二年(1689)であることを考えると、ほとんど期間が空いていないのが分かります。

2018-07-16 02:30:49
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江戸時代の正徳年間(1711~)から、空前の唐話(中国語)学習ブームが起きており、「三国志演義」など白話小説を教材にしていた知識人もいたそうです。

2018-07-16 02:31:20
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なお、中村昂然・尾田玄古はともに漢学者です。尾田玄古は馬場信武という名で他の漢学でも知られます。漢文で内容の一部を改変・入れ替え・削除する形で翻案されています。挿絵や地図もまた、省かれたようです。また、「三国志後伝」という原作名は翻案には明言されませんでした。

2018-07-16 02:31:57
リンク コトバンク 馬場信武(ばば のぶたけ)とは - コトバンク デジタル版 日本人名大辞典+Plus - 馬場信武の用語解説 - ?-1715 江戸時代前期-中期の儒者。馬場信意(のぶのり)の父。照光院門跡につかえ,その死後,医師となった。易学のほか,暦学や兵学などにくわしく,読み本もかいた。正徳(しょうとく)5年1月19日死去。京都出身。字(あざな)は玄俊。号は時習斎,梅...
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その後、中国ではほとんど散逸してしまったようですが、日本では、『通俗續三國志』、『通俗續後三國志』として、明治44年(1911年)に早稲田大学編輯部編の通俗二十一史の一部に採取されました。これは現在でも、大きい図書館で置いているところが多いです。 pic.twitter.com/nEdjiGrbKp

2018-07-16 02:33:43
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リンク CiNii Books CiNii 図書 - 通俗續三國志 通俗續三國志 . 通俗戰國策 中村昂然撰 . 毛利貞齋撰 (通俗二十一史 / 早稲田大学編輯部編, 第6巻) 早稲田大學出版部, 1911.10
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また、中国でほとんど散逸していたことは、中国の高名な小説研究家である譚正璧『古本稀見小説滙考』(1984年)において、「現已不知帰于何処」(現在ではもうどこに行ってしまったのか分からない)や

2018-07-16 02:35:46
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「此書国内已失伝、僅偶一在史志中堤及」(この書物はすでに国内では失われ、ただわずかに一記録※の中において、言及されているだけである)とされていることで、分かります。 ※「徳田論文」では劉廷璣「在園雑志」と推測されています。

2018-07-16 02:36:23
リンク baike.baidu.com 谭正璧_百度百科 谭正璧(1901.11~1991.12) 生于今黄渡乡,字仲圭,笔名谭雯、佩冰、璧厂、赵璧等。...
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そのような三国志後伝ですが、現在は、「三国志後伝」もしくは「続三国演義」というタイトルで中国においていくつか出版されています。また、wikipediaの記事の外部リンクで分かる通り繁体字の原文掲載を行っているサイトもあります。 pic.twitter.com/EOrdJ6yW6q

2018-07-16 02:37:57
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三国志後伝(中国語)

上海古籍出版社

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