エルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系の話( #えるどれ )~5世代目・後編10~
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オズロウは呪文を唱え、雲をまとう。 「ほな…またなイテルナミはん」 「ない?ないとはどういうことだ。お前はやはりラヴェイン派か?所詮変わらぬと思っていたが、救いがたいなそもそもラヴェインの歌はともかく踊りは白銀姫時代のキレと比べてはるかに」
2019-11-22 01:22:52飛雲術を用い、黒の渡り手は川上へと翔んでゆく。 海豹はなおも悔しげに河口を飛び跳ねていたが、やがて精神を落ち着け静かに思い出を反芻すべく、氷の墓標のある海域へ戻っていった。聖地へね。
2019-11-22 01:24:23影の国の太守は死滅した都へ降り立った。 「…ああ…」 灰色の鼠の群が押し寄せてくる。地津波の如く。もう生者だろうと構わず食っちまう気分らしい。
2019-11-22 01:26:01町中から獣があふれ、集まってくる。 笛吹き男のもとへ。 虚言の主。奴隷の王。災いをもたらすもののもとへ。 屍を喰らい尽した鼠はどれもでっぷりと太り、しかしなお飢え、かつ病んでいた。
2019-11-22 01:28:18オズロウは濡れもせずに河面から出ると、廃墟の街を歩いた。 そうしてかそけく啼いてはようすを確かめ、ただの一人も生き残りがないのを何度も検めた。地下牢で、慌てた看守が気を払わなかったある品を拾った。義手。鼠を捕える仕掛けがついた。中に一匹だけ子鼠が震えていた。
2019-11-22 01:32:25笛の音が聞こえなかったらしい。 「小鷹はんとおそろいやな…ほな、あんさんの仲間はワテが皆殺してもうたけど…あんさんは…影の国に連れて帰ってから殺すわ。ラファエリはんが喜ぶやろ」
2019-11-22 01:34:08狂毒を打ち消す毒は完成した。 「ギヒヒ…病の王と毒の王がぶつかってできた最高の標本を、持って帰ってくれてありがとよ。あとな最後に足りないもんが…解ったぜ…おいらだ…アカネ・ヤマハラ因子…遺伝子の水平伝播…なあ船長。あんたを救えそうだ」 「救わんでええて」 「もう遅いのさ」
2019-11-22 01:36:55「おいらは…自分を毒蔵にしてみた…友達の体だけ実験体にしちゃ悪いもんな…おかげで…できあがったぜ…こいつは船長。あんたの体そのものに病毒の王の因子を組み込む…そいつが…あんたの脳…つまり心さえ永久に変える…あんたは病毒の仲間…同族みたいなもんになる」
2019-11-22 01:38:38「…ラファエリはん…なしてそこまでするん」 「あんたが好きだからだ。あんたはおいらを救ってくれた。大蜘蛛の一族で居場所のなかったおいらを、船においてくれた…本当にありがとよ。沢山友達もできた…群居性、社会性の知性体には重要なんだ」
2019-11-22 01:40:15「ワテは…ただ…嘘ついとっただけや」 「おいらもさ。あんたを救うなんてのは嘘だ。ただあそこにいる理由が欲しかった。そのためにアルトゥーセを犠牲にした…だからな…これでいいんだよ…狂毒に打ち勝て、船長」
2019-11-22 01:41:32影の国は毒蔵の番人を失った。 しかし黒の渡り手は病毒と一つになり、疫を操る力を得た。 もやは王の葉の毒も、二度と魔人を狂わせられない。 森の女王の機略が、呪いに打ち込んだ楔(くさび)はついに引き抜かれた。
2019-11-22 01:43:12黒い風が病を運んだ。 北朝で、東方で、南方で多くの民草は高熱に苦しみ、老人や子供、貧しいもの、飢えたものなど弱いものから死んだ。 黒の渡り手が操る悪疫によって。
2019-11-22 01:44:40「窒扶斯…天然痘…病はぎょうさんある…いつか…人間は折り合うやろ…癒し手が戦い方を見つけるやろ…ほんでも…今は間に合わん。交易が盛んになり過ぎたんや…せやけど病の王なら抑えられる。飼い慣らし弱いもんに変えられる」
2019-11-22 01:46:38「…鼠だけやない…小さな命にも…死んでもらわなならん…この戦で…戦場になった人間も鳥も獣も…魚も虫も弱いもんは死ぬかもしれん…ついでに、戦が終わったら、病の王にはいったん残らず消えてもらう。自害ちゅうやっちゃな…微細な機械ならでける…逆らうもんは同族殺しで始末する…」
2019-11-22 01:49:00オズロウは万を殺し、その百倍、いや千倍を救ったかもしれない。 だが結局は良いことだったのか悪いことだったのかわからない。 あまた生き延びた人間は再び増え、戦を始める。そうして病と変わらぬほど熱心に互いを殺すのだ。
2019-11-22 01:51:47六代目は無事生まれた。 オズロウは、嬰児を抱き上げた。手足のかたちもそろい、五感も等しく働いた。働き過ぎるほど鋭いようで、よく泣いた。 ダリューテは寝台から切なげに見つめる。 「その子は私が育てる…お前には…」 「ええ匂いの…ええ子や…ワテの子…」 「だが…」
2019-11-22 01:54:05「何もせん。ほんでも背伸びて、大人んなって…えへへ…おとーはんに似るやろか」 「やはり返せ!!」 「心配しとったん?ワテがこの子嫌うかもしれんて」 「…ああ」 「ワテ。甘ったれや。こんだけむちゃくちゃやっても…怒りとか…憎しみとかよお解らん…ただ…一つだけ…」
2019-11-22 01:56:26オズロウはにんまりする。 「この子はええ匂いのええ男に育てたる」 「返せ!!」 つい声を荒らげるダリューテに、赤ん坊は火がついたように泣き出す。敏感な子だった。ナシールによく似ていた。
2019-11-22 01:57:34