エルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系の話( #えるどれ )~7世代目・その4~

この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは関係ありません。 ハッシュタグは「#えるどれ」。適宜トールキンネタトークにでもどうぞ
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帽子男 @alkali_acid

海狸は毛むくじゃらの身を起こし、妙に長い歯を打ち鳴らしてから、島に降り立った女装の少年の周囲をぐるぐる回る。 「君は泥竜を知っているか?異界の神カロザースが創造した究極の布地を…悪魔が僕に囁いたのだ…泥竜こそが…美しい女にまとわせるに最も相応しい素材と…だが…ああ…」

2019-12-19 22:36:20
帽子男 @alkali_acid

彼は狂っていた。 最後の河エルフは。 民を失った公達は。 もはや毛むくじゃらの皮を脱ぐこともなく、四つ足で這い、奇声を発してはただ卑猥な繰り言と泥竜への執着を繰り返す浅ましい獣になり果てていた。 だが片翼の詩人の言葉がまことであれば、この哀れな海狸もかつては偉大な英雄だったのだ。

2019-12-19 22:39:21
帽子男 @alkali_acid

「キー!キキー!キキー!金髪で巨乳で高慢な美女がぶざまに屈服するのがみたい!僕は悪魔から多くを聞き知った。異界には土下座という仕草がある。究極の降参を示す格好だ。貴公子が貴婦人に跪くようなものではない。額と手と足をすべて地につける…おお…僕はそれが見たい!!」

2019-12-19 22:41:23
帽子男 @alkali_acid

「そなた…」 めったに弱気など見せないキージャだが、さすがにワイアルの狂態には言葉に詰まった。 「そなた。ずっとひとりで、そうして泥竜を求め、降りてはこぬ幻の女を求めておったのかや。どれほど長い間じゃ」 「疲れた…僕はとても疲れた…淫らな屈服を見ないと力が出ない…生きられない…」

2019-12-19 22:43:30
帽子男 @alkali_acid

「もうよいのじゃ。もう。十分ではないか」 「嫌だ!美しく気高い女がみじめに屈服するのが見たい!見たい!!泥竜さえあれば!泥竜さえ!!あるはずだ…なければ…」 濡れた獣は小刻みに震えた。

2019-12-19 22:46:25
帽子男 @alkali_acid

「僕が広める…あまねく世界に…天使の世界にも…悪魔の世界にも…あらゆる世界に広めてやる!!泥竜の存在を否定するなら僕自身が創維神カロザースとなる!」 「狂っておるのじゃ…」

2019-12-19 22:47:01
帽子男 @alkali_acid

だが黒の繰り手の異名を持つ若き縫匠は、後退りはせず、逆に一歩近づいた。 「こなたも手伝おう。泥竜とやらを作り出す術を…合繊術を教えてくりゃれ。そなたの弟子として、あらゆる助力を惜しまぬ」 「…泥竜を…もたらすのを手伝う…そうか!!そうか!!解ってくれるか!ありがとう!」

2019-12-19 22:48:49
帽子男 @alkali_acid

暗い膚の少年は、海狸を師と仰ぎ仕えた。 四つ足の獣は湖から湖、河から河へと素早く走り回りながら、あちこちに沸く黒い油を呪文によって目にも綾な布地や強靭な縄などに変えていった。 二つ足の弟子は鋏と針の技でそれらを裁ち縫っては美しき衣へ仕上げた。

2019-12-19 22:51:08
帽子男 @alkali_acid

「股引(パンスト)だ」 血走った目で海狸は、相棒に訴えた。 「股引こそが…僕の求めるもの、ぴったりと膚にはりつく股引こそは、泥竜の特性を引き出し、滑らかな布地の着け心地を美しい女に伝え、また女の美しさを際立たせる…」 「うむ。こしらえてみせようぞ」 「おお…おおお…泥竜の股引よ…」

2019-12-19 22:53:37
帽子男 @alkali_acid

「ワイアルよ。そなた、すこし休んだ方がよいのではないか?」 「休む?休みなどない。僕にあるのは永劫の苦しみだけだ。わずかな慰めは天使にぶざまな屈服を味合わせることだけ」 「ユルアリエという娘をかや」 「……?誰だ?天使は天使だ…あれは地に堕とさねばならない存在だ」

2019-12-19 22:55:34
帽子男 @alkali_acid

湖の辺のあちこちには合繊術が作り出した繭が植わっていた。黒い繭は悪魔、白い繭は天使が封じ込めてあるらしかった。 「この繭はポリエステル、この繭はアクリル…この繭はビニロン…この繭はレーヨン…どれも素晴らしい…素晴らしいが…しかし足りない」

2019-12-19 22:58:23
帽子男 @alkali_acid

「よう解るのじゃワイアル。完璧でない限り満ち足りはせぬ。こなたも完璧を求めるのじゃ」 「そうだ…妥協は許されない。留まることは許されない。すべてを救うには…終わらせるには…救う?終わらせる?何の話だ…僕はただ…泥竜が欲しいだけだ…キキー!!キキキー!!!!」

2019-12-19 22:59:56
帽子男 @alkali_acid

師弟は湖上の小島で座学の教授を行い、目に見えぬほど小さなものの連なり、いかにして糸が生じるのか、物質がかたちをとるのかについて深淵を分かち合った。 「合繊は、ひとつひとつがもつれた大きな糸玉だ…とても大きい…石油から生じる小さな糸が絡み合わせるのに最も向いているのだが…」

2019-12-19 23:04:08
帽子男 @alkali_acid

「石油でなくてもできるというのじゃな」 「ああ…植物からでも…十分な手順を踏めば…できるはずだ」 「やってみるのじゃ」 「それが泥竜につながるか?つながるかもしれない」

2019-12-19 23:06:25
帽子男 @alkali_acid

二人はもう教え教わる側ではなくともに研鑽を深める同輩に近かった。 最初の湖で、大いなる試みが行われた。 以前は天使と悪魔が奪い合う最も重要な拠点だったが、たった一人の妖精が 両軍を合繊で覆い尽くし、壊滅させて以来、廃墟となっている。

2019-12-19 23:09:20
帽子男 @alkali_acid

海狸の王子と影の国の世継ぎの呪文は撚り合わさり、真ん中でくっきり白と黒に分かれた湖面を掻き混ぜ、底にたまった石油を巨大な合繊の大樹、いや大蛇の如きものへと変化させていった。 「泥竜よ!!」 合繊でできた竜は声なき咆哮を発し、のたうち、数多の帆のような鰭を虚空にはためかせた。

2019-12-19 23:10:50
帽子男 @alkali_acid

天使と悪魔があらわれるより昔のように澄み渡った湖の上で、泥竜は泳ぎ始めた。 「…どうなったのじゃ?こなたとそなたは新たな合繊を生み出したのではなかったかや」 「…合繊のかたちは…実は海に住む水母(くらげ)にも似ている…我等はひょっとすると…新たな命を…生きた合繊を作り上げたやも」

2019-12-19 23:13:29
帽子男 @alkali_acid

濡れた獣はまたかっと血走った眼を開くと、勢いよく駆け回り始めた。 「泥竜!そうか!泥竜とは…泥より生まれし竜とは…生きた合繊!これであったか!僕は辿り着いたぞ。いかに石油が沸こうとも、泥竜ある限り、すべての穢れを食い尽くしてくれよう!すべての河に泥竜が住めば…ああ…」

2019-12-19 23:15:17
帽子男 @alkali_acid

「よかったのじゃ。こなたも役に立ててうれしいのじゃ」 「キージャよ…ありがとう…これで…浄化の力を持つ生きた合繊を作り上げたうえは、僕は…もう思い残すことは…」 そこへ木々の間から一人の男があらわれる。 片翼の詩人ソユール。ずっと見守っていたらしい。 「ワイアルフリート…私だ…」

2019-12-19 23:17:31
帽子男 @alkali_acid

「その声は…我が友ソユールではないか?」 一瞬正気に返ったように海狸は振り返り、また妙に長い歯を打ち鳴らす。 「いや知らない…天使は…ただ天使…」 「私を…覆ってくれ…君の布で…その…泥竜で覆ってくれ…」 「だが君はもう飛べない。地に堕ちている。もう何もしなくていい」 「いいや…」

2019-12-19 23:19:25
帽子男 @alkali_acid

「河エルフを裏切った私に…最後の河エルフの王の裁きを与えてくれ…君が一人になっても国を救おうと積み重ねた研鑽…その成果で…どうか…」 「僕に…また覆えというのか…同族を…違う…ああ!そうしてやる!!天使め!誰とも知らぬ天使!外敵め!」 ワイアルが術を発すると、泥竜は湖から昇り、

2019-12-19 23:21:48
帽子男 @alkali_acid

鰭の一枚を広げてすっぽりと一枚の羽しか持たぬ堕天使を包んで繭へと変えた。 「キー!キキキー!キー!」 海狸はまたしても狂ったように飛び跳ね、歯を打ち鳴らした。 「これで三千七百二六柱目の天使を覆ってやった!四千四百十五柱の悪魔も!残る民はあと一柱のみだ!キキー!!」

2019-12-19 23:24:30
帽子男 @alkali_acid

「狂気よりなお恐ろしきもの。解ったのじゃ」 黒の繰り手は呟く。合繊の竜と踊る毛むくじゃらの獣を眺めつつ。 「悲しみ…同族を救うための術で葬らねばならぬ際限なき悲しみ…」

2019-12-19 23:27:06
帽子男 @alkali_acid

だしぬけに大気が熱して、火花が木々の梢を行き交う。 太陽を欺く光輪があたりを照らし、黄金の長髪が紅炎(フレア)の如くに燃え立つ。 「来たか…最後の天使め…」 ワイアルは血走った目で天を仰ぐ。

2019-12-19 23:29:19
帽子男 @alkali_acid

「邪悪なるものよ…今日こそ滅びの時だ!」 ユルアリエ。琥珀の銛を携え、六枚の翼をもつ大天使が舞い降りてくる。たわわな乳房やすらりとした四肢はゆるやかな白衣をまとい、腰には化鯰の髭からできた帯が巻いてある。遠い昔に仲の良かった血縁の公達が拵え贈った品。

2019-12-19 23:32:04
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