剣と魔法の世界で奇祭「風雲あざらし祭り」が行われる話4(#えるどれ)

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まとめ 【目次】エルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系の話(#えるどれ) 人間とエルフって寿命が違うじゃん。 だから女エルフの奴隷を代々受け継いでいる家系があるといいよね。 という大長編ヨタ話の目次です。 Wikiを作ってもらいました! https://wikiwiki.jp/elf-dr/ 21851 pv 167 2 users

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まとめ 剣と魔法の世界で奇祭「風雲あざらし祭り」が行われる話3(#えるどれ) 邪教の奇祭は加速していく。 ハッシュタグは「#えるどれ」 4347 pv 6

以下本編

帽子男 @alkali_acid

◆◆◆◆ この物語は、解放されたエルフの女奴隷が騎士となり復讐を遂げるヒロイックファンタジー 略して #えるどれ 影の国に囚われた壮絶な奴隷時代は以下のまとめからどうぞ。 togetter.com/li/1479531

2020-05-25 20:14:10
帽子男 @alkali_acid

妖精の騎士はめったに眠りも食べもしない。 老いも衰えも知らぬ体はわずかな休息で気力を取り戻し、報復のための長い旅路を辿り続ける。 だがあまりに厳しい苦難の後には、瞼を閉ざし、夢の境に落ちてゆくこともないではない。

2020-05-25 20:17:32
帽子男 @alkali_acid

妖精にとっての夢は、人間のそれとは少し異なる。 魔法に長けた不死の民は、まるで気に入りの庭のように夢を心地よくかたちづくり、整え、手入れして、長生のうち硬く凝った心をほとばせ、やわらげて、伸びやかに過ごすのだ。

2020-05-25 20:20:43
帽子男 @alkali_acid

妖精の夢がどのようなかたちをとるかは、個々に異なる。 想念の混沌から夢の輪郭を鋳て固め、骨組みを造り始めるまで、はたして最後にどのような光景が生まれるのか、本人にさえ定かではない。

2020-05-25 20:22:55
帽子男 @alkali_acid

目覚めている時にも、気に入りの夢がどんなようすなのかをはっきり覚えている妖精は少ない。 ダリューテにとっては、金鹿が遊ぶ明るい緑の野と、銀雀が囀る暗く密やかな林、透き通った薊の咲く花畑、青鱒の泳ぐ冷たく澄んだ川。

2020-05-25 20:27:04
帽子男 @alkali_acid

花と木の女神が原初の頃、自らの創造の技を試し、戯れて忘れた土地の一片。 そこでは妖精の騎士は鎧もまとわず弓も担がず、剣も佩かない。衣服とてつけず、ただ幼い少女に戻り、裸身のまま駆け回る。

2020-05-25 20:28:53
帽子男 @alkali_acid

名前もヒカリノカゼとなる。 「ドリンダ!」 笑いながら仲良しの雌馬を呼ぶが、夢の中には橙の鬣をした友達はいない。 頬をふくらせ、腰に手を当てて立ち尽くすが、やがて気を取り直して駆け出す。

2020-05-25 20:30:55
帽子男 @alkali_acid

清々と音をさせる滝壺に飛び込んでしぶきをはねかし、けたけた笑って丘に這い上がり、草の褥に寝そべり体を乾かす。 虫も茨も、妖精の肌を傷つけるものはない。 身を起して乳母や乳兄弟の名前を呼んでみる。 答えはない。 独りきり。夢の庭には誰もいない。ひょっとしたらそう選んだのかもしれない。

2020-05-25 20:34:27
帽子男 @alkali_acid

純白の肌に草をつけて転がり、急に兎のように跳ねては、大声を発し、手足を振り回し、また馬鹿笑いをして、今度は涼やかな声で歌い始める。 ヒカリノカゼの声はどこまでもどこまでも響いた。金鹿や銀雀が耳を澄ませるが、招き寄せようとすると影となって遠ざかる。

2020-05-25 20:36:34
帽子男 @alkali_acid

少女はまた頬をふくらせた。 うんとのびをして瞼を閉ざし、夢の中で眠る。そうしてまた夢を見る。 するとあたりは別の景色に変わっている。 火の山が煙を上げ、皮膜の翼を持った黒い大きな影がいくつも空に舞っている。

2020-05-25 20:38:22
帽子男 @alkali_acid

そこかしこには毒々しい棘だらけの草木が生え、遠くで野獣の叫びが響く。 かすかな地響きがして視線をさまよわすと、地平の果てに燃える杖をついた巨人の女が闊歩している。肩には仕留めた巨獣を担いで。 ヒカリノカゼは裸の肩を抱いた。 少し心細い。

2020-05-25 20:40:31
帽子男 @alkali_acid

影のような狼が数頭、吠え猛りながら駆けてきて周囲をぐるぐると回り、またどこかへ去ってゆく。 蝙蝠がものみのように舞って引き返してゆく。 野馬の群が土煙を立てて走って行った。 少女は見とれながら、しかし怯えも感じる。 ここはいるべき場所ではない気がする。でも離れたくもない。

2020-05-25 20:42:25
帽子男 @alkali_acid

やがてまた蹄の音が近づいてくる。ほかの野馬よりずっと大きく、蹄鉄を打ち、鞍を置いた雄駒。去勢はしていない。またがっているのは騎獣にふさわしい長躯の武者。漆黒の甲冑をまとっている。 「何をしている」 麺頬から聞こえてくる声は荒々しく獣じみているが、典雅な妖精の言葉だった。

2020-05-25 20:45:37
帽子男 @alkali_acid

けれどもヒカリノカゼはまだどこか気後れした。すると騎士は兜を脱いだ。暗い肌に尖り耳の、妖精のような、しかしもっと猛々しい丈夫(ますらお)の面差しがあらわになる。 「どこから迷い込んだ」 「…わからない…」 「もと来た場所へ帰りたいか」 「ここにいてはだめ?」 「危ういぞ」

2020-05-25 20:47:48
帽子男 @alkali_acid

騎士はしばらく考えてから鞍から降りると、武具のことごとくを脱ぎ捨て、絹のような薄く滑らかな襯(シャツ)と膝までの褲(ズボン)だけになった。 「送り返す。来い」 「…鎧はどうするの?」 「あとで取りに戻る」 青年が跪いて腕を差し伸べると、少女はおずおずと指を伸ばした。

2020-05-25 20:50:24
帽子男 @alkali_acid

白と黒の腕が触れ合うと、巨漢は小娘を引き寄せて抱え上げ、先に鞍の前へ乗せると、みずからは背後についた。 「馬に乗ったことは」 「いつもドリンダが乗せてくれるの」 「ならばよい。怖がるな」

2020-05-25 20:52:07
帽子男 @alkali_acid

騎士は少女を乗せたまま黒馬を飛ばし、荒れ野を超えて、小さな泉にたどり着いた。 「ここから帰るがいい」 「おじさまは?」 「俺の住処はここだ」 ヒカリノカゼはうつむいてしまう。 「私もここにいる」 「お前には向かぬ土地だ」 「ここにいたい…」 「帰るがいい」 「…だったら一緒に来て」

2020-05-25 20:54:22
帽子男 @alkali_acid

青年は首を傾げたが、やがて頷いた。 「一緒に行こう。だがお前の土地では俺は別の姿になるだろう」 「どんな姿?」 「行ってみなければ解らない」 「…うん!」

2020-05-25 20:55:43
帽子男 @alkali_acid

少女は連れの手をとったまま水に飛び込んだ。 すると、優しく日が差しそよ風の吹く緑の野、滝壺からせせらぎ流れるそばの丘、草の褥に寝ていた。夢の中で別つの夢から目を覚ましたのだ。 「あっちにいればよかった」 呟いてから、ふと手の甲がふわふわした温もりのある何かに触れているのに気付く。

2020-05-25 20:59:31
帽子男 @alkali_acid

破れた耳にちぎれた尾を持つ小さな獣が身を丸めてそばにいる。 「来てくれた!」 ヒカリノカゼははしゃいでから、おずおずと細腕を伸ばす。 獣は喉を鳴らしてから頬をこすりつけてきた。 「あなたの名前を教えて?」 短い鳴き声が答えた。 「恐い名前…」

2020-05-25 21:01:34
帽子男 @alkali_acid

少女がぶるっと震えると、獣は尾を振る。 「好きにつけていいの?それじゃあ…黒陽(クロヒナタ)…クロヒナタはどう?」

2020-05-25 21:06:55
帽子男 @alkali_acid

獣は合意するようにまた尾を振る。 「だってね。夜みたいな色だけど、ひなたみたいにあたたかいから」 ヒカリノカゼが恥ずかしそうに説明すると、クロヒナタは小さく鳴いてから身を摺り寄せてきた。

2020-05-25 21:08:21
帽子男 @alkali_acid

クロヒナタはすっかりヒカリノカゼの夢にいついた。 眠りに落ちて、緑の野に入れば、呼ぶといつでもやってきて、足にわき腹をこすりつけてくる。 抱きかかえたり、肩に上がらせて、襟巻のように首の後ろに乗せたまま、歩いたり、泳いだり、木登りをしたり、競走したり。

2020-05-25 21:11:16
帽子男 @alkali_acid

どこへでも一緒だった。 花畑で冠を作ってかぶせてやると、きょとんとした顔をする。 「似合ってる」 笑って少女が鼻先に接吻すると、くしゃみを返す。

2020-05-25 21:12:43
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