承前 鉄器時代のメソポタミアで市場経済が芽吹くと、当然決済手段が必要になってくる。特に銀の需要が激増して西アジアの保有銀量を追い越して西アジア文明地帯での銀不足によるデフレーションの危機が到来したという。
2023-07-12 00:29:52承前 そして、この次が重要なのですが、紀元前9世紀に第二段階の地中海展開が起こるのですね。テュロス王家イトバアル1世と彼の後継者たちによって、北アフリカのアウザ、カルタゴ、キプロス島のキティオンなどが建設され、フェニキア人の後期植民が行われるわけです。
2023-11-23 15:36:35承前 ちょっと、この時勢でフェニキア人後期植民運動の推進役となった時代のテュロス王家の系図を出してみます。 pic.twitter.com/cwg2Olkn9y
2023-11-23 15:49:17テュロス王家とイスラエル王家の閨閥関係も図示されているので、これと直結したイスラエル王家とユダ王家の閨閥関係も図示しておきます。 pic.twitter.com/I3oXY6mkWO
2023-11-23 15:51:38@itobin_wh71 比較的最近の論文をみると、鉄器時代になってからの商業形態の激変で決済手段としての銀の需要が激増したときに、フェニキア人がイベリア半島タルテッソス王国から銀を調達してメソポタミアに供給した機能の重要性が強調されていますね。
2023-10-16 15:18:10@rajids_KH フェニキア人の地中海交易は、奢侈品貿易で片づけられがちですが、生活必需品の決済に欠かせなかった銀の供給を握っていたわけで、この銀供給機能がなければ鉄器時代の古代西アジア~地中海世界の経済がまわらなかったわけです。
2023-09-18 14:59:09@rajids_KH フェニキアによる銀の供給があったからこそ、ギリシア人の葡萄酒やオリーブ油の交易の決済手段もことたりたわけでして、この銀決済ネットワークへのアクセスによってミケーネ文明崩壊後に貧困化したギリシアが再度富裕化して暗黒時代を抜け出すわけです。
2023-09-18 15:04:11@rajids_KH 線文字B文書の分析でミケーネなどの城塞王権の統治の基礎をなしていた在地の共同体が「ダモ(ス)」といって、これ、鉄器時代のポリス社会ギリシアのデモス共同体の先駆なんですよね。で、このデモス共同体が政治的に連合を組んでいくのが、いわゆる「シュノイキスモス」というポリス共同体結成運動。
2023-09-18 15:10:17承前 この、メソポタミアでの銀需要の爆発と、フェニキア人地中海交易網による銀の調達が急激に起きたのが、まさにカルタゴが建設された紀元前9世紀でした。
2023-11-23 15:46:40承前 このフェニキア人の後期植民によって建設された植民都市のうち、カルタゴが帝国的発展を遂げていく背景は、これがテュロス王家の分派亡命的挙動による、フェニキア人社会の超エリート層が一団となって建設した、特殊な植民市であったことが挙げられますが、
2023-11-23 15:54:31承前 私はそれ以上にもう一つの重要な要因があったと考えています。というのも、カルタゴの出現によって、それまで単環的だったフェニキア人の銀交易ルートが、三つの環に再編されていくのですね。 pic.twitter.com/ZnhO22j1G3
2023-11-23 15:57:06@rajids_KH フェニキアの海上銀移送ネットワークって三つのリンクから形成されていて、 ①フェニキア本国群~カルタゴ ②カルタゴ~ティレニア海 ③カルタゴ~イベリア半島 なんですね。 で、意外と重要性が見落とされているのって②で・・・(続く)
2023-09-18 14:50:58承前 イタリア半島とコルシカ・サルディニア島、シチリア島で三角形に囲まれた地中海の中の内海、これがティレニア海ですが、ティレニアとはテュレーノイの、という意味でテュレーノイとはギリシア人がエトルリア人を読んだ名前。つまりエトルリア人の海、という意味です。
2023-11-23 16:05:45承前 この「エトルリア人の海」で、エトルリア人・カルタゴ連合とギリシア人が熾烈な奪い合いを展開した地域があってそれは何かというと、サルディニア島なんですね。では古代におけるサルディニア島の価値が何かというと、ここは鉛の大鉱脈地帯だったという背景があるわけです。
2023-11-23 16:07:56承前 というのも、銀のサプライと流通経路を考えるうえで、鉛の存在を念頭に置く必要があって、古代以来銀の製錬には鉱脈から抽出してくる鉛が不可欠なものだったんですよね。鉛がないと銀の効率的な生産ができない。
2023-11-22 19:04:45承前 カルタゴは恐らく北方航路でサルディニアから鉛を調達し、西方航路でイベリア半島に鉛を供給してそれとのバーターで銀を調達し、東方航路でフェニキア人の本国方面に銀を送り届けるとともに、フェニキア人の交易の原資であるレバノンスギの高級木材とか貝紫染色の高級織物なんかを調達していた。
2023-11-23 16:13:15黄金、ではなくておそらく青銅製でしょうか (出来立ての青銅は赤銅~金色~白銀色ですが、錆びると緑青色になります) 紀元前7世紀のハルシュタット期は鉄器時代ではありますが、ごく初期なので青銅製の鎧兜がまだまだ実用品だったのかもしれません pic.twitter.com/Wvcf0qu6hO x.com/XavierMT3/stat…
2024-03-07 00:03:361/8 ガリア戦記の時を説明しましたがそれ以前どういうふうに進化しましたかを紹介しましょう。以下の復元は基本的に最新の考古学の成果を参考にしています。 紀元前7世紀のハルシュタット期の貴族 Thread photo sur l’évolution du guerrier gaulois (prince halsttatien du 7e s avant notre ère) pic.twitter.com/Z7ooT43jAb x.com/xaviermt3/stat…
2024-03-06 11:51:01@ka_ku_ta はい、確実に青銅製です。フランスで紀元前8~7世紀に遡る青銅胸甲が16個発見されました。三つの違う遺跡(2個、7個と7個)から出土しました。 pic.twitter.com/eaRyMrG2wM
2024-03-07 00:20:12@XavierMT3 ご教示、ありがとうございます。 紀元前8~7世紀ですと、青銅の原料の銅と錫(スズ)は、やはりフェニキア(カナン)人が、東はキプロス、西はコーンウォールあたりから運んだものなのでしょうか? (失礼な質問で申し訳ありません)
2024-03-07 00:41:36@ka_ku_ta 少し違いますね。それ以外の所でも錫と銅がありました。ガリア(現フランス、スイスとベネルクス)では両方がありました。以下の地図では薄い灰色は錫鉱石で、より暗い灰色は銅鉱石を見せます。矢印は貿易の方向を見せます。 pic.twitter.com/iw9IvKcAmM
2024-03-07 00:51:52『フランク史 1』たいへん面白く読んでおりまして、世界システムとフェニキア人から始まるフランク史ですよ。地図の向きを変えることで認識を新たにする手法はよくあるけど、この地図もなかなか目ウロコ(とはいえこの場合は単にレイアウト上の都合ぽいです)。 pic.twitter.com/Km1Ce2T6iw
2021-07-20 14:07:33