狂人演説(2012/12/06):自然権や自然法ってそんなにおかしいか?

何かいつもにもまして論点が飛び飛びになっているメモ書き。 人権は実定法が定めているというのが通説みたいですけど、私はあんまりそれに乗れない。 権利は法以前のものだと思っていて、憲法が人権について論じているのはそれが単に重要なトピックだから載せているのであって、憲法が人権を定めている「のではない」のではないか、という考えを持っている。 だってそうじゃないと、国家が人権を認めてないならその国民に人権を認めるべきではない、という議論になっちゃうからだ。非合法だろうが権利は権利です。その場合は権利と法のバランスがおかしい。 これに限らず、リアルと規範の間に関係がないという意見が法学でも倫理学でも見られるけど、それはないんじゃないの、というのが私の脳に染みついて離れない。 続きを読む
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犬神工房 @nokkaranoumu

軍事はともかく、まずは政治経済ですよ。餓死や凍死や脱水してはダメだ。それ以上にまずは安全な生活を用意しなければならない。政治の最も根本的なアレは何かは知らんが、俺は「市民に安全な地位を確保すること」だと思う。生活、労働、投票、何だってそうだ。これを損なう政治は政治じゃねー。

2012-12-06 19:01:22
犬神工房 @nokkaranoumu

逆に、安全資源を(つまりは地位を、政治経済を)供給できるのだとしたら、それがなにより優先されるべきです。

2012-12-06 19:04:39
犬神工房 @nokkaranoumu

ただ、公務員は違うよ。日本の法は日本が滅ばない限り存在するので、その日まで政治の整合性は絶対だ。政治経済軍事しかない、がないがしろにされている、そんな状態をもたらさないこと自体が、現代社会の公務員の責務なのだと思う。規範ゼロ支配暴力だけがある世界は許されざるよ。

2012-12-06 19:09:16
犬神工房 @nokkaranoumu

まあそんなことはどうでもいい。大事なのは俺が家や職場から追い出されないで、凍死や餓死や脱水しないことだ。絶対に生き残ってやる。この先世の中がどんなになろうとも。どうにかなんないためにこそ選挙でありロビー活動。これも地位の使い道。

2012-12-06 19:13:03
犬神工房 @nokkaranoumu

憲法人権を胡散臭く思う市民というのは、本来憲法や人権というのは国家に対して拘束力を持つに至った市民の側の武器であったので、そういう武器を遠ざけるということは、国家の横暴にさらされても別によいと言っているのに等しいのですが、まあそれでいいならそうすれば。俺なら絶対そうしないけど。

2012-12-06 19:56:54
犬神工房 @nokkaranoumu

本当に、何で市民の声が国家にちゃんと届くということが起きているかというと、それが民主主義だということと、それ以上に立憲主義だということだからです。憲法は国家をも拘束するという約束事は、多分国家(裁判所含め)が「認めない」と言い出したらもう歯止めがきかないぞ。恐ろしいことですよ。

2012-12-06 20:00:47
犬神工房 @nokkaranoumu

だから、今憲法が国家に対して「規範」として「効いている」ということは、人類が到達した偉大な一歩なのであって、その憲法を国家に守らせようというのが、国家から市民を守る大事な力なのですよ。

2012-12-06 20:04:00
犬神工房 @nokkaranoumu

憲法から市民を守る力を削げば削ぐほど市民はもりもり国家に負けていく。俺が俺の立場から言うこっちゃないが、それでいいの? よくないと思うけど。法の下の平等とか、個人の尊重とか、幸福追求権とか、人身・内心・表現・経済的自由とか、そういうのが制限されるとなると生活は一気にキツくなるよ?

2012-12-06 20:06:08
犬神工房 @nokkaranoumu

人権は憲法や条約や法令条規によって成り立っており、剥奪出来るフィクションのように思っている人もいるだろうけど、規範があろうとなかろうと勝手に存在する人の私権ですよ。今そこにあるリアルですよ(とか言って通説では違っていたらどうしよう)

2012-12-06 20:38:40
犬神工房 @nokkaranoumu

だからこそホッブスは「今そこにあるリアルとしての人権・私権は、公権力の源であると同時に、そのままでは私権と公権力が衝突するからどう整合性を取ろう」と悩んだのだし、その整合性の現れの一つが憲法なので、憲法が人権を定めているというより、憲法がリアルとしての人権を反映しているはずだ。

2012-12-06 20:43:24
犬神工房 @nokkaranoumu

人権がリアル権力じゃなくて法定の権利にすぎないのだとしたら、例えば某国国民に法定の権利としての人権がいくつか存在しないのだとしたら、その人たちには人権がいくつか存在しないのですか? そうはならないと思うけど。非合法であろうが権利は権利です。その場合は権利と法のバランスがおかしい。

2012-12-06 20:52:18
犬神工房 @nokkaranoumu

自然権や自然法は最近は主流じゃないのか。そりゃそうか。でもなあ。

2012-12-06 20:53:57
犬神工房 @nokkaranoumu

ところで俺は大学は倫理学出たんだけど、実はムーアの「自然主義的誤謬」にも納得いかないんだ。(自然権にちょっと絡むか? いや絡まないか? まあいいや)

2012-12-06 21:00:50
犬神工房 @nokkaranoumu

「何か事実があった、我々は困った、とりあえずどう対処すべきかのルールのリスト作ろう」というのは露骨に自然主義だが、規範ってこうやってできたもんじゃないのか。慣習も道徳も宗教も法も根っこはそうなんじゃないのか。という。

2012-12-06 21:06:32
犬神工房 @nokkaranoumu

というか、リアルと関係ない規範のどこが素晴らしいんだ。そこを人権派がうまく説明できなかったのかどうかは知らんが、多分そのせいで彼らは見捨てられたのではないか。つまりは、憲法を彼らのリアルの中で措定できなかったという。(かってなこというなあ)

2012-12-06 21:16:00
犬神工房 @nokkaranoumu

あ、カント『実践理性批判』の話は面倒くさくなるのですっ飛ばす。彼の倫理は何か世界宗教的な合理的なものなので、われわれの考える道徳とか法とかの観点からは高度すぎる。

2012-12-06 21:21:35

コメント

高島章 @BarlKarth 2012年12月7日
君は馬鹿ではないのか?
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とげとげ @togetoge10 2012年12月7日
餓死・凍死と脱水を並べてるところが面白かったです。
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犬神工房 @nokkaranoumu 2012年12月7日
ここが俺の思考力の今の限界ー。
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犬神工房 @nokkaranoumu 2012年12月7日
あ、もちろん脱水症状のことです。
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水面計@いつのまにかオッサン @W_L_G 2012年12月7日
理論としてはあってるが、最近自衛隊にしろ大岡裁きにしろ日本では「明文化されたルールと暗黙の了解」というのを奇妙に組み合わせて社会秩序を形成しているような気がしてならない。結局人権も憲法も法治もどうしようもない人間という生物の一面を炙り出したもので、それ自体には本質的な意味はないのじゃないかな~?
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欠点’s @weakpoints 2012年12月7日
国家の枠組みを維持するために自然権を「ある程度」制限するのは問題あるとは思わない。問題は「ある程度」を誰が決めて、みんな納得するのかどうか。
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まりし セ界制覇する全裸中年男性 @marishiokayama 2012年12月7日
興味深い御意見ですね。私は法学ですが、この問題のスタートは倫理哲学の側の方が、より深い答えに辿り着くと感じます。その上で、国家社会の維持形成を考えるのが良いのかな、と。(神がいなくとも、信仰がなくとも人権の守られる良い社会こそ最上でしょうから。)
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犬神工房 @nokkaranoumu 2012年12月7日
W_L_G それはもちろんですが、どうしようもないだけだと社会生活できないので、ある程度筋道はつけておく必要が(少なくとも政府とか国会とか裁判所とか法学者とかには)あるわけです。本質はさておいて実用面において「人権は法で自由に規制できちゃって本当にいいのか、市民は実は後で困るんじゃないか」というのはやっぱ必要かな、という。
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犬神工房 @nokkaranoumu 2012年12月7日
weakpoints そこは憲法と法律の運用次第だと思います。原則では保障されて、個別では制約せざるを得ない、ということになると思います。今のところはどちらも民意で決める(自分を規制するものは自分で決めるのが納得いくだろうし)、憲法は代表である国会と本人である国民がともに決める、というのがやはりベストなんじゃないでしょうか。あんまりパッとしない答えで済みませんが。
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犬神工房 @nokkaranoumu 2012年12月7日
marishiokayama 道徳と法の違いについては、国家がやらせるかどうか、というところにあると思うので、国家以前の道徳にこそ原型があるのではないか、と考えています。で、人権そのものは人の私権なので、道徳以前のものと捉えています(道徳は権利等を尊重しなければならない、権利等の手段)。
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水面計@いつのまにかオッサン @W_L_G 2012年12月7日
nokkaranoumu 現実問題として経済的・社会的な理由で個々人が行使できる自然権には差があるわけで、正に「天は人の上に人を作らず人の下に人を作らずってな言葉があるが、現実には平等なんてことはないない。」って話ですわ。そこでは国家の言う「権利の補償」以外にも社会における「生活の制限」と個人による「能力の限界」とかが関わるわけで、国家による法治が問題が主な問題にされてはいるけどそれだけでは片手落ちだろ~ という疑問がどうも解決できません(´・ω・`)
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犬神工房 @nokkaranoumu 2012年12月7日
marishiokayama 道徳が人権に心の中で、神や信仰をすっ飛ばしてルールを課すとしたら、「人間生まれて生きて死ぬ」という点では皆平等なので、人の始期と終期から、神や法ではない平等が可能かと思っています(こうなると自由権と違って平等権は約束事になってしまいますが)。そこから全ての個人は平等に尊重される、というロジックになると、そこから第13&14条を中心とした現行の憲法とそう隔たりはないかな、と(そううまくいくかな)。
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犬神工房 @nokkaranoumu 2012年12月7日
W_L_G 別の方にも書いたのですが、自由はともかく、平等は約束事なんじゃないかな、と。で、約束事なのはしょうがないし、破る人が出てくるのもしょうがないけど、それは民間で守らせなきゃならない。これは国家以前から既にそうですし(特に平等規範の強い狩猟採集民は)、国家以降では平等を標榜する国家はその平等という約束事は守らなきゃいけない。というのが憲法14条「法の下の平等」ということなのではないかと思います。本当は平等国家なら民間でも平等を各自守んなきゃダメだろうな、という。
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まりし セ界制覇する全裸中年男性 @marishiokayama 2012年12月7日
@ nokkaranoumu まさに仰る通りで、権利と平等のスタート地点はそこからであると思います。やはり倫理哲学からのアプローチをいただくと、日本国憲法へ綺麗に信仰云々から離れて説明できますね。そしてこの感覚は、日本人的な感性でないと表現は難しいと思います。私の腹にもストンと落ちます。平等の解釈と国家の役割についても、この文脈の向こうに解答がありそうな…。
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水面計@いつのまにかオッサン @W_L_G 2012年12月7日
nokkaranoumu 「人間皆平等という約束事がある以上はそれに同意している人間が政をせにゃならん」ってことだと理解しました。どうだろ? あってるかな(*_*;  う~む、ただ結局憲法も国家も個人も社会・経済を形成する一要素でしかない以上は、1つを特別視する感じには疑問なんですよね。もう少し気軽にこういった話ができたらええもんですが、さてはてこれからどうなるかな~?
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欠点’s @weakpoints 2012年12月7日
nokkaranoumu その答えで間違ってないと思うよ、後は国からのサービスにかかる費用を国民が負担できるかどうか(消費増税とか)。最近は「ある程度」を見誤って重すぎる負担を国民に強いている気がするけどねORZ
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