渡邊芳之先生ynabe39の「「いじめられるほうにも原因がある」ということと「いじめられるほうも悪い」ということは「まったく別のこと」である。「いじめられるほうにも原因がある」を「間違い」として批判する人はこの2つを混同していることがある。」

さて,その「いじめといじめでないもの」を分ける「本人が悪いか悪くないか」はいったい誰がどうやって決めるのだろう。 刑罰や法的な制裁が「いじめ」といわれないのは「本人が悪いかどうか」を決める基準や手続き,それに対する制裁の内容や方法が厳格に定められおおむね合意されているからだ。 by 渡邊芳之 続きを読む
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沼崎一郎 @Ichy_Numa

「同じ原因」に対して、暴力的に反応することも、平和的に反応することもできるのだ。どちらを選ぶかが問題なのだ。そして、どちらを選んでも、責任があるのは、選んだ人の側のみであって、「原因」の側ではないのである。

2013-01-20 14:39:04
渡邊芳之 @ynabe39

@dsiain_etnto 私が言っているのは「障害があることがいじめられる原因になることがある」という話で,あなたは「障害があるからと言っていじめていいわけではない」という話をしている。これはどちらも正しいのであって対立はしません。

2013-01-20 14:40:14
渡邊芳之 @ynabe39

どうして「いじめる側に問題はない」ということになるんでしょうか? T @a2c_h0: 虐める側に問題はないと? それこそ思考停止ちゃうんかいな??

2013-01-20 14:41:13
渡邊芳之 @ynabe39

これは「原因」ということ自体に意味があります。 RT @takedakageaki: どうも、またしても言葉が誤解曲解の一因になってるような気がしますが。「原因」とツイートせずに「きっかけ」とツイートしたら反応が違うのかも?

2013-01-20 14:41:43
沼崎一郎 @Ichy_Numa

.@ynabe39 問題は、その配慮が、「原因」の側を変えようとするものか、「反応」の側を変えようとするものか、ですよね。前者では被害者非難になってしまうが、後者がうまくいけば、まさに社会が変わる。教室という小さな社会でも。

2013-01-20 14:42:33
渡邊芳之 @ynabe39

日本語を話さない子が日本語を話さないことによっていじめの対象として選択される場合,その選択の原因が「その子が日本語を話さないことにある」のは間違いないですが,その事実認識と「その子が日本語を話さないのが悪い」「日本語を話さないならいじめられてもいい」というのは全く別なことです。

2013-01-20 14:44:41
渡邊芳之 @ynabe39

これにもきっと「日本語を話さないからいじめるというのがおかしい,差別発言だ」というようなコメントがくるんだろうな。そういうことを言っているんじゃないとこれだけ繰り返し説明していても。

2013-01-20 14:46:21
沼崎一郎 @Ichy_Numa

いじめる側の問題は二つ。いつでも誰でもいじめるわけではないのだから、1、どうな時に、どんな相手なら「いじめてもいい」と考えるのか? 2、なぜ、いじめ以外の反応を「選べない」のか?

2013-01-20 14:47:51
渡邊芳之 @ynabe39

「学級制度の廃止」と「部活等の廃止によって子どもが学校にいる時間を短くすること」は「比較的現実的な解決策」だと私も思っている。しかしそれを実現する道程がいかに遠いことか。

2013-01-20 14:53:27
沼崎一郎 @Ichy_Numa

いじめる側に教えなければならないことも二つ。1、相手にどのような「原因」があったとしても、それは「いじめてもいい理由」にはならないということ。2、その「原因」に対して、いじめること以外の反応が選べること、そして、そのほうがもっと楽しいこと。

2013-01-20 14:54:45
渡邊芳之 @ynabe39

毎日1〜2人ずつくらいは新しくわかってくれていると思います。 RT @takashi7zzfe: ワタナベ先生は「分かる人には言わなくても分かる」けど「分からない人にはそれを言ったところで分かるはずがない」とうような事を日々ツイートしているように思える・・・

2013-01-20 14:56:20
渡邊芳之 @ynabe39

@a334 そうです,加害者の選択。

2013-01-20 14:56:45
沼崎一郎 @Ichy_Numa

いじめる側が「いじめだと思っていない」というのは、弁解に過ぎない。本当は、「この程度のいじめは許される」と思っているだけ。あるいは、「この相手なら何をしても許される」と思っているだけ。

2013-01-20 14:59:25
渡邊芳之 @ynabe39

内藤朝雄さんのいじめ論への評価は専門家はおよそ一致していて「いじめの原因 やプロセスについての分析は画期的,ただし提案される解決策が実現困難」というものだ。私もだいたいそう思う。ただ自分はその「実現困難な解決策」に共感する部分も多いんだよなあ。

2013-01-20 15:09:56
渡邊芳之 @ynabe39

いやもうほとんどその「金を払いたくない」ことが問題の中核ですよ。 RT @cochonrouge: 社会側がキチンとコストを払う選択さえすれば、実現可能な部分も多いんですが、金すら払いたくない人が多くて 難しいですね

2013-01-20 15:21:26
渡邊芳之 @ynabe39

そうです。「いじめが起きるしくみ」は「学校教育に便利なしくみ」でもある。 RT @a24luc: 良くも悪くも、現行の教育システムはグループダイナミクスを積極的に活用してるんですよね。

2013-01-20 15:25:12
沼崎一郎 @Ichy_Numa

それは嘘です。本当は分かってやっている。ただ「この程度なら大丈夫、許される」とタカをくくっているだけ。 RT @929bluebird: もうひとつ、何をしたら「いじめ」になると思っているか。案外自分の行為が「いじめ」だとそもそもわからずにやっていることの方が多いと思うので。

2013-01-20 15:46:34
渡邊芳之 @ynabe39

「度合いによる」という時にいちばん大事なのは「どのくらいの度合いで分けるのか」です。

2013-01-20 15:52:17
沼崎一郎 @Ichy_Numa

「こんなことがイジメだとは思わなかった」、「こんなことがセクハラだとは思わなかった」、「こんなことが体罰だとは思わなかった」、「こんなことがDVだとは思わなかった」、全て同じ構図の「加害者の弁解」。

2013-01-20 15:57:51
沼崎一郎 @Ichy_Numa

「きっと知らずにやっている人もいるから、◯◯とは何か教えて下さい」というせりふも、よく聞くなあ。こう聞く人が知りたいのは、「◯◯は何か」ではなく、「どこまでなら◯◯と言われずに逃れられるか」なんだよね。◯◯に入る言葉たくさんあるでしょう?

2013-01-20 16:02:05
渡邊芳之 @ynabe39

「いじめられるほうにも原因がある」というのを「いじめられるほうも悪い」という意味でとって拒否するのは,裏返せばいじめが起きている現場では「いじめられるほうが悪い」という「いじめる側の本音」がごくふつうに語られているからだろうとも思う。

2013-01-20 16:05:50
渡邊芳之 @ynabe39

@Ichy_Numa 「差別」はまさにそれですね。「線引き」は「ここからはいけない」ものを決めるためでなく「ここまではいい」ものを決めるんですから。

2013-01-20 16:10:46
沼崎一郎 @Ichy_Numa

もちろん、「原因が何もない」のにイジメの対象にさらることは多々ある。さらに、「原因が作られる」ことも少なくない。

2013-01-20 16:15:12
渡邊芳之 @ynabe39

けっきょく「学校)に(教師だけでなく生徒にも)治外法権を認めるのか」「認めるとすればどんな理由で,なにをどこまで認めるのか」といういつもの問題にたどり着く。内藤さんのいじめ解決策の根本にあるのは「学校の治外法権を認めない」ことだと思う。

2013-01-20 16:35:35

例題

まとめ 渡邊芳之先生@ynabe39の「すごく根本的なところで私は「いじめに反対する人の多くも,悪いやつならいじめてもよいと.. 朝から絡まれてるんじゃなくて、私が絡んでるんです。 「本人は悪くないのに攻撃されるのがいじめ」としてしまうと、「お前が悪い」とみんなに言われてしまえば終わり、となります。「本人が悪くてもいじめはいじめ」。 「落ち度があるからいじめてよい」「こちらが正義だからいじめてよい」というロジック自体を排除しないとダメなんです。本人に落ち度があってもいじめはいじめ、正義のためであってもいじめはいじめ。 by 渡邊芳之 7077 pv 8 2 users


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