暗黙知の概念についての考察

「暗黙知を理解する」(大崎正瑠)http://www.tku.ac.jp/kiyou/contents/hans/127/127_oosaki.pdf を参考にしての暗黙知概念についての考察。自分のためにちょっとまとめておく。
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木下秀明 @khideaki

暗黙知53:アルゴリズムというのは必ずうまくいくことが保証されている論理的なものだ。だが試行錯誤しなければならないものはアルゴリズムにすることは出来ない。それは一種の発想法であり、板倉聖宣さんは弁証法は発想法として利用したときに最も有効性を発揮すると言っていた。僕もそう思う。

2013-03-29 10:22:00
木下秀明 @khideaki

暗黙知54:パズルを解くとき僕はいつもアルゴリズムを探す。アルゴリズム無しにひらめきが出てくるように思えないからだ。パズルはただ眺めていればひらめくというものではなく、暗黙知のひらめきを引き出すにはアルゴリズムという定型思考が必要に感じる。ひらめきに通じるアルゴリズムは楽しい。

2013-03-29 10:24:40
木下秀明 @khideaki

暗黙知55:アルゴリズムは定型的な作業の繰り返しなのに、それが壁に突き当たったときにひらめきを生むと思うと、定型作業が非常に楽しくなる。どのようなひらめきが生まれるかはわくわくするような期待感がある。逆に言えばアルゴリズムだけで解けてしまうようなパズルはあまり魅力はない。

2013-03-29 10:26:10
木下秀明 @khideaki

暗黙知56:暗黙知の作用は人間に楽しさを与える。これはどうしてだろうか。暗黙知によって思考の自由が与えられるように感じるからだろうか。もやもやしていた暗雲のような頭の中のイメージが、すっきりと晴れて見通しが良くなるような心地よさが体験できるからだろうか。この楽しさは学習に効果的だ

2013-03-29 10:28:17
木下秀明 @khideaki

暗黙知57:僕は大学生の頃に一週間考え続けたパズルについてブログに書いたことがある。http://t.co/F76q024Azj このときは同じ構造を持った他の対象に視点を転換してパズルを解決した。その同じ構造を持った対象を発見したのは正にひらめきからだった。これに一週間かかった

2013-03-29 10:33:46
木下秀明 @khideaki

暗黙知58:ひらめきが生まれるまでの一週間は、何かにつけてこのパズルのことが頭に浮かんできた。それが無意識の中で暗黙知と交流していたのを感じる。ポアンカレの逸話で重要な定理を馬車に乗る瞬間に思いついたというのがあった。これなども暗黙知がずっと定理を考え続けていたのではないか。

2013-03-29 10:35:42
木下秀明 @khideaki

暗黙知59:暗黙知を育てるには考え続けると言うことが重要ではないかと感じる。解答を知識として暗記してしまうと考え続けることが出来なくなる。学校優等生は暗黙知を育てるのに非常に不利な状況にいるのではないか。考え続けるというモチベーションはどのようにして育てることが出来るか。

2013-03-29 10:37:32
木下秀明 @khideaki

暗黙知60:ある種のマニアはそのことを考え続けると言うことが容易に出来る。ほとんどの人は心理的な邪魔をされなければ、マニア的な素質は必ず持っているのではないか。それがあると暗記学習の邪魔になるので優等生になろうと思ったら棄てなければならないが、そうでなければ誰でもマニアにはなれる

2013-03-29 10:39:48
木下秀明 @khideaki

暗黙知61:興味と関心を持つことには多様性があるが、その多様性を認めさえすれば誰でもマニアになれる。暗黙知を育てるには、多様性を認めることが出来ればいいのではないか。逆に言えば多様性を認めない社会では、硬直した暗記知識が横行し、ひらめきを重視する暗黙知は見捨てられるように感じる。

2013-03-29 10:41:48
木下秀明 @khideaki

暗黙知62:バッティングの指導などで、「あごをあげるな」というようなものがあるが、あれはよく考えると適切な指導には思えないのに、それでうまくいくことがある。これは、あごに意識を集中させることによって、他の余計な意識を排除できるところに効果が生まれるのではないか。目的は排除の方だ。

2013-03-29 11:46:19
木下秀明 @khideaki

暗黙知63:論理には時間性の意識はない。無時間的に論理関係が成立するかどうかだけを問題にする。だから身体の動きを論理的にしようと思ったら、時間を無視した動きを実現できなければならない。論理的には正しくても実際にはそのように出来ないという実践の問題が常に存在する。

2013-03-29 11:48:12
木下秀明 @khideaki

暗黙知64:論理に従って、こう動いたらこうなるという練習は、その一部だけを取り上げないと出来ない。全体の動きも論理に従って動いていたら現実には対処できない。論理的に一部を練習した動きが、論理の意識無しに出来たとき初めて全体の動きとして完成する。型とはそういうものではないだろうか。

2013-03-29 11:50:04
木下秀明 @khideaki

暗黙知65:身体運動における型というのは、パズル的思考の時のアルゴリズムに似ている。アルゴリズムを意識的に訓練しているときはうまい発想はなかなか生まれない。アルゴリズムが無意識のうちにすらすらと進むようになると素晴らしいひらめきに出会うようになる。本質に気づく目が育ってくる。

2013-03-29 11:51:51
木下秀明 @khideaki

暗黙知66:知識を文章で記憶するのは易しいが、概念として理解するのは難しい。文章は記憶できるので再現できるが、概念はそれを把握している人間でも言葉で説明するのが難しい。僕は数学的な概念を伝えたいと思っているのだが、それはアルゴリズムを記憶するより遥かに難しい。

2013-04-02 21:59:06
木下秀明 @khideaki

暗黙知67:三浦つとむさんは、思考の展開を概念の運用として捉えた。それまでの説では頭の中で言語活動が展開されているのが思考だと思われていたようだ。三浦さんは、言語は概念につけられたラベルであり、概念そのものは透明な見えないものなのでラベルをつけないと運用が出来ないと考えていた。

2013-04-02 22:01:05
木下秀明 @khideaki

暗黙知68:頭の中で概念を運用するとそれに伴ってラベルとしての言語が展開するので、思考が言語活動のように錯覚する。概念は透明で捉えられないからだ。だが言語というのは固定化された明示的な対象なので、それは暗黙知として何らかの判断をもたらすような存在にならない。思考には暗黙知が必要だ

2013-04-02 22:03:24
木下秀明 @khideaki

暗黙知69:概念は暗黙知として作用して思考の結果としての判断をもたらす。概念は暗黙知として捉えなければ獲得できない。だから概念の理解は難しいのではないか。単純な概念はものの名前として現れる。三浦さんは「万年筆」に関して記述していた。我々は万年筆という対象を見分けることが出来る。

2013-04-02 22:08:35
木下秀明 @khideaki

暗黙知70:我々が万年筆を見分けることが出来ると言うことは、万年筆という概念を持っていることを意味する。だがそれを言葉で説明しきることは出来ない。言葉で説明しようとすると、その説明の中に他の概念が入ってくる。「筆記用具の一種」と表現すれば「筆記用具」という概念が必要になる。

2013-04-02 22:10:21
木下秀明 @khideaki

暗黙知71:概念は説明しきることが出来ない。それについたラベルである言語を示すことが出来るが、概念そのものは言葉に出来ない暗黙知になる。「万年筆」と「筆記用具」とは抽象のレベルのちがう概念だと三浦さんは指摘している。抽象度を上げていくとより普遍的な概念へとそれが発展していく。

2013-04-02 22:12:56
木下秀明 @khideaki

暗黙知72:抽象度の上がった概念は思考の展開において運用されるものとなる。三浦さんは「国家」というような概念を例に出して、その概念は抽象の過程によって微妙にちがうものになり多様性を帯びると指摘している。つまり国家の概念を基礎にしてそこから展開できる思考がちがってきて、帰結が変わる

2013-04-02 22:16:25
木下秀明 @khideaki

暗黙知73:仮説実験授業では「ものとその重さ」という授業で原子の概念を教える。原子は言葉で説明すれば、それ以上細かくできない究極の物質と言うことになるが、これを言葉で覚えただけでは思考の運用が出来ない。それは目に見ることも出来ない訳の分からないものになる。どうやって概念を伝えるか

2013-04-02 22:18:01
木下秀明 @khideaki

暗黙知74:ものは形が変わっても、それが基本的に増加したり消滅したりしなければ重さが保たれるという実験を繰り返すことで概念を伝えようとする。せんべいを細かく砕いても、塩を水に溶かしても重さは変わらない。塩は見えなくなったのに消滅したのではないのだ。目に見えないくらいに小さくなった

2013-04-02 22:20:16
木下秀明 @khideaki

暗黙知75:原子の概念はものを構成する基本単位というようなものとしてイメージされる。それがどういうものかははっきりとは言えないが、ものが本当に消滅したのでない限り重さが保たれるという思考の運用に原子の概念が使われる。本当にものが消滅したときには重さも減少する。実験の前にそう考える

2013-04-02 22:22:15
木下秀明 @khideaki

暗黙知76;実験をする前に、原子の概念を使って思考を展開したとき、その実験結果を正しく予想することが出来る。そのとき思考の展開において正しく運用された概念は正しく理解されたと判断出来る。概念の理解は、言葉としての記憶ではなく、それを思考の展開で運用できたとき本当に理解したと言える

2013-04-02 22:24:10
木下秀明 @khideaki

暗黙知77:概念と概念を結びつけることを三浦さんは「判断」と呼んでいる。この判断が出来ることも概念理解を示すものだ。個別的な判断としては「バラ」「赤い」という概念を結びつけて「バラは赤い」という判断を例としてあげている。こんな当たり前の事を判断というのは大げさに思うかもしれないが

2013-04-02 22:31:18