ほしおさなえさんの140字小説20
- akigrecque
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本を読んでいると文章が意味を失い、文字たちが勝手に喋りだした。わたしたちはかつて草だったのです、と言う。草の亡霊が紙に住み着いている。だから言葉になって人の心にはいりこみ増えようとするのです。でもほんとうの望みは。するすると芽がのびる。本の上が一面の草原になり日に照らされている。
2013-10-21 22:27:11寒い風が吹いて、海の見える町に行きたくなる。名前も知らない小さな町で、旅館の浴衣で畳に転がって、あのころベランダから見ていた景色や、よく歩いた坂道のような、どうでもいいことばかり思い出し、なつかしい歌を口ずさむ。やがて、寄る辺なさも後悔も泡になり、まどろんで、波の音に溶けていく。
2013-10-23 16:14:33毎晩、夢の中であなたに会いに行く。歩きながら、そろいの茶碗や近所の川の匂いを思い出す。ふくらんだ小鳥の腹のようなあなたの心を思い出す。行き着く先はいつもだれもいない砂丘。あなたがもういないことを思い出す。好きだった。呟いて、砂を握る。さらさらと。あなたがわたしの命の花だった、と。
2013-10-26 23:12:15とてもさびしかったので、少女は鳥になりました。白い羽で空に飛んでいきました。それでもさびしかったので、少女は雲になりました。空に薄く広がりました。それでもさびしかったので、少女は雨になりました。少女の瞳に落ちていき、ひとりきりだと知りました。そうしてしずかに少女は瞼を閉じました。
2013-10-28 21:41:31晴れた朝、川べりに小石が光っている。だれでも、まとったものを全部取り払えば、光る小石になるのかもしれない、と思う。赤ん坊でも、どんなに悪いことをした人でも同じように、魂の芯に光る小石のようなものがあるのではないか。裸足になって、人の魂の河原に降りて、ただくるくると踊っていたい。
2013-10-30 10:40:18墓地を歩く。人の身体のことを考える。もうこの世にない血や内蔵のことを考える。身体が灰になるとき心も燃えてしまうのだろうか。魂も砕けていくのだろうか。痛いだろうか。寂しいだろうか。夕焼け空が広がっている。わたしの灰にもこんな光が降り注ぐだろうか。燃えている。世界が全部発光している。
2013-10-31 19:14:10木の葉が色づいている。毎年葉を落とす木のことが、また少しわかった気がする。わたしは今年よく生きただろうか。こうやって人は木に近づいていくのか。青い空に子どもたちの歌声が響き、どこから来たのか、どこに行くのか、わからなくなる。渡っていく鳥たちが、だれかの魂を運んでいるように見える。
2013-11-06 17:51:23暮れかかった空に細い月が浮かんでいる。ねえ、お月さま。ひとりで空にいるのはさびしくないの。大丈夫だよ、と月が言う。いつも地球といっしょだから。そうか、と思う。わたしも大丈夫だ、きっと。いつでも空に月がいるから。月が白く光っているから。空が暗くなる。坂道を月といっしょに降りていく。
2013-11-07 17:47:40ちょっと疲れてしまってね、とその人は言った。長いこと旅をして、泣いたり笑ったり、宝物のような出来事もあった。全部この空の下だった。だからね、おしまいのときも空が見えるなら、それがどんな空でも満足なんじゃないかって。そう言って空を見上げ、わたしも空を見て、いっしょに少し泣きました。
2013-11-08 18:43:15冷たい風が光っている。マフラーを巻いて木の葉を見上げて、口笛を吹くたびに少しずつ身体が軽くなる。むかしだれかが作ったメロディが身体の中を吹き抜けて、つかのま魂と魂が手をつなぎ、ほどけていく。青い空と白い雲が息がつまるほどまぶしくて、明るい方へ明るい方へ、もう少しだけ歩いていける。
2013-11-13 16:36:00