- southmtmonk
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大人がそれを学ぼうとした時、理解出来なくて勉強を諦めた。しかし、子供は学校に通っていて、そこではポルトガル語と算数を勉強している。
2014-08-18 14:08:22ただ、当然ポルトガル語における数字と計算の理解だから、ピダハン語に数字がないという概念への反論にはならないが。そもそも大きい数(10以上とか)の発達ってそんな原始的なものではないし、左右の概念と同じくらい後天的なものだと思うから、言語あれば数詞ありとは限らないと思う
2014-08-18 14:10:13再帰とかは言語に広く見られるけど、必ず全ての言語に見られるものではそもそもないし、ある程度の普遍性があるだけで絶対ではないので、ピダハンの存在は必ずしもその否定にならないということだと私は考えている
2014-08-18 14:13:52アニ@gorotaku さんによる「生成文法」についての解説
例のピダハン問題と絡んで、チョムスキーによる「生成文法」という企てについて少し連投します。興味のない人にとってはまるきり関係のない話ですが、まあこれは言っておかないといけない気がするので。
2014-08-18 23:05:25人間の両親から生まれた赤ちゃんと、パンダの両親から生まれた赤ちゃんを、全く同じ環境で育てたとしても、二者が全く同じに育つ、ということはありえません。例えば人間の赤ちゃんが目の周りに黒い毛、それ以外に白い毛を生やすようになったりすることはありません。
2014-08-18 23:05:55じゃあどうして、どんな環境で育てようと、人間の赤ちゃんは自然にパンダ柄の毛を生やすようにはならないのか。当たり前ですが、「遺伝子によってそう決定されている」という以外の答えはありません。
2014-08-18 23:06:57同じようにパンダの赤ちゃんは、人間の両親が人間の赤ちゃんと全く同じように育てたとしても、1歳で最初のことばを発し、2歳では文を理解し、3歳でアンパンマンに飽き、5歳で山手線の駅名を暗唱するようには決してなりません。
2014-08-18 23:07:42つまり、「自分の身の回りで話されている言語を自然に身につける能力」について、人間の赤ちゃんとその他の動物の間には、否定しようのない大きな違いがあるわけですね。ではその違いはどこから来ているのか、といえば、結局のところは「遺伝子」以外の答えはありえないわけです。
2014-08-18 23:09:13チョムスキーが「言語能力は人間に遺伝的に備わっている」というとき、それが意味することは「英語やピダハン語のような特定の個別言語の知識を生まれつき持っている」ではありません。彼が言うのは、「自分の身の回りで話されている言語を自然に身につける能力」が生得的である、ということなのです。
2014-08-18 23:10:34で、これはクソ当たり前の前提であって、この世で実際に起こっていることを観察する限り、議論の余地があるような主張ではありません。だからチョムスキーはピダハンのドキュメンタリーの中でも、「これを否定するのは非常に難しい」と(半分皮肉を込めて)述べているわけです。
2014-08-18 23:12:15チョムスキーの貢献は、このクソ当たり前の観察をもって、新たな言語学の課題を立ち上げたことです。つまり、「自分の身の回りで話されている言語を身につける能力」の中身を明らかにするという研究目標を、言語学の問題として位置づけた点が、これまでの言語学を塗り替えるものだったのです。
2014-08-18 23:14:37チョムスキーは、人間言語を調べることによって、人間の脳に生まれつき組み込まれている何らかの能力の正体を見極めることができるはずだ、と考えたのです。すなわち生成文法とは「人間はどのような言語を自然に身につけるようにできているのか、を明らかにしようとする研究分野」と言うことができます
2014-08-18 23:15:48で、生成文法では、この「自分の身の回りで話されている言語を自然に身につける能力」を指して、普遍文法とかUGとか呼びます。普遍文法は、「それが存在することによって、人間のこどもが英語や日本語やピダハン語やその他いろいろな言語を自然に身につけることができるような脳の機能」です。
2014-08-18 23:17:02生成文法の目標は、この脳の機能の中身を明らかにすることです。この「中身」の具体的内容については、60年以上の研究史を通して、様々な仮説が提唱され否定され、チョムスキー自身の立場も常に移り変わってきました。「普遍文法=再帰」という仮説が出てきたのはごく最近のことです。
2014-08-18 23:19:20そしていずれにしろ、生成文法の問いとは、「あらゆる言語に普遍的に成り立つ性質は何か」ではありません。普遍文法は「あらゆる言語に普遍的に成り立つ性質を抽出したもの」ではありません。ここは極めて頻繁に誤解され、エヴェレットも当たり前のように取り違えている点です。
2014-08-18 23:20:33チョムスキーは(そしてその他の生成文法家は)、「英語にも日本語にもピダハン語にも、世界のあらゆる言語に再帰が含まれている」と主張してはいないのです。ですからピダハン語に再帰が含まれていようがいまいが、それがチョムスキー理論なり生成文法なりを「覆す」ことはありません。
2014-08-18 23:21:36ピダハンがチョムスキーの「普遍文法=再帰」の反証になるとすれば、それは「ピダハンのこどもは再帰を含む文法構造を持つ言語を獲得できない」ということが示された時です。そして現在ピダハンのこどもがポルトガル語を学んでいるという情報から考えて、そういうことが起こる可能性はとても低いです。
2014-08-18 23:26:58以上、N. Hornsteinのブログ facultyoflanguage.blogspot.jp/2012_09_01_arc… の内容を元にまとめました。
2014-08-18 23:28:13もう一度。生成文法で「普遍文法」と呼ばれているものは、「人間のこどもがそれを使って言語を獲得する脳の機能」です。決して、「どの言語にも必ず成り立つ性質を集めたもの」ではありません。
2014-08-18 23:30:38従って、最も忠実なチョムスキアンにとっても、エヴェレットとピダハンは「これまで数千回繰り返されてきた、誤解に基づく論難」に過ぎないわけです。ではどうしてあれについて彼らがあれだけ反応したかといえば、それは「これは放置しておくと言語学というフィールドに悪影響だ」と考えたからです。
2014-08-18 23:35:36仮に僕が30年に渡って、他の誰も調べていない言語と文化を詳細に研究したとします。その成果を発表するとき、僕が一番気をつけるのは、「ウォーフやミードと同じ穴の狢」と見做されないようにすることです。そう見られた瞬間、僕が発表する内容の学術的価値は地に落ちます。
2014-08-18 23:37:53その言語や文化の記述においては、ある特定の側面をことさらに取り上げることを避けようとするでしょう。その記述について、「人生の意味」みたいな価値判断を乗せることは絶対に避けるでしょう。そうすることが自分の研究の信頼性を担保し、今後もこの研究を続けることができるために必要だからです。
2014-08-18 23:40:04しかし、エヴェレットの行動は真逆です。彼はことさらに「ピダハンの文化が持つ価値」を強調します。大衆の興味を煽るようなレトリックを駆使し、ピダハンの人々に対する見世物小屋的な興味を掻き立てようとします。
2014-08-18 23:41:31