- super_haka
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私の言う精神論というのは精神に関する論という意味であって精神至上主義でも根性万能主義でもない。根性があれば勝てるんだと言う高校野球の監督は根性万能主義だが、練習はスポーツ医学などを踏まえて合理的かつ効率的にするべきという監督の考えは、考え方の問題として精神論の範疇の話。
2015-04-17 10:27:01こんなツイート↑がありましたので追加
原発の新規制基準「合理性欠く」 高浜差し止め仮処分 - 朝日新聞デジタル asahi.com/articles/ASH4G… いわくつきの裁判官だから予想された結果。裁判官が政治的志向に染まるとこうなる。
2015-04-14 18:05:45@powerpc970 この4月に名古屋家裁へ飛ばされて、今回、職務代行で仮処分の結論出した樋口裁判官ですね。確かそろそろ定年だったかと。
2015-04-14 18:52:11.@BB45_Colorado @ROKKASHO 差し止めは法理よりイデオロギーを優先した一人の裁判官によるものですね。
2015-04-15 07:34:40~本題~
似たようなことを何度も言った記憶があるが、東京電力は、なにがなんでも事故を起こしてはいけないという覚悟がなかった。私は、覚悟の違いが福一と女川の結果の違いに繋がったと思っている。さて、関電はどうだろうか?
2015-04-14 21:03:05@motoken_tw 覚悟の問題では無いと思いますよ。覚悟と言ってしまったら精神論になってしまいます。津波に襲われた湾岸地域の自治体や住民も、覚悟がなかったから被害にあったという事になります。安全を見直すに足る説得力を我々は持っていなかったからだと思いますよ。
2015-04-15 01:02:54.@motoken_tw @WATERMAN1996 住民と電力会社を同列に語るべきではないのは当然ですが、「覚悟」という精神論は違うと思います。女川が津波に耐えたのを精神論に帰する人がいますが、津波が後1m高かったらどうなったかわかりません。
2015-04-15 11:56:42@motoken_tw 理念や方針の存在が担保にならないと思います。それに沿ってお金をかけ、手当をしなければ結果は同じだと思います。 @powerpc970 @WATERMAN1996
2015-04-15 12:11:36@knobonzo @motoken_tw @powerpc970 理念がどうであれ、津波対策について女川はこうであるというのを説得力のある形で一般化出来なかった事は変わりありませんし、厳しく言えば、東北電力は自分の庭先さえ掃いておけば良いという考えでは無かったのかとも言えます。
2015-04-15 12:22:25@knobonzo @motoken_tw @powerpc970 そういう視点で言えば、釜石の奇跡ならぬ釜石の傲慢とも言えると思います。
2015-04-15 12:25:06.@WATERMAN1996 @knobonzo @powerpc970 東北電力は、自社の資金と責任において、東京電力の福一の安全管理をするべきだったと?
2015-04-15 12:30:56@motoken_tw @knobonzo @powerpc970 私が言いたいのは問題意識、認識の一般化です。女川のレベルを横展開できなかったのは、女川の対応は過剰だという認識があったためでしょう。保安院や経産省が女川のレベルで揃えなさいと指導すればよかった話です。
2015-04-15 12:36:42.@WATERMAN1996 @knobonzo @powerpc970 なぜ、釜石の傲慢という言葉が出てくるんですか?その論法で言えば、女川の傲慢という事になりますよね。
2015-04-15 12:42:03@motoken_tw @knobonzo @powerpc970 その通りです。なぜ一般化出来なかったのかを問わねばならないと思います。自分のところさえ助かれば良いと思っていたのかと。
2015-04-15 12:44:20私も @WATERMAN1996 さんの意見に同意です。私は同じ電力会社で理念とか前提は同じだったと考えます。しかし、それら通りに『東電という現場』が動けなかったのは何故か?という疑問が現在でも解決出来ないでいます。 @motoken_tw @powerpc970
2015-04-15 12:44:58