沖縄戦(増補版)

2014年に朝日新聞那覇総局(ツイートしてた中の人は谷津憲郎記者)が連続ツイートしてたもの http://togetter.com/li/656239 を、2015年、谷津記者が昨年のをリツイートしつつ補足ツイートしたものをまとめてみました。 追記:2016年、谷津記者が別視点からまとめた「沖縄戦2」 続きを読む
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谷津憲郎 @yatsu_n
ちょうど1年前。那覇総局のアカウントで【沖縄戦】というツイートをしました。3月26日に始まった沖縄戦で日々、何があったかを、日本軍・米軍・住民など各種の資料から再現したものです。書き直したいところもありますが、あすから毎日RTしていきます。

昨年(2014年)、那覇総局がtweetをした公式のまとめがこちら。
那覇総局 「沖縄戦」 連続ツイート

参考文献一覧
朝日新聞那覇総局 @asahi_okinawa
以下、【沖縄戦】の参照文献を並べます。参照文献① 《県史》 「沖縄県史8 沖縄戦通史」琉球政府/「沖縄県史9 沖縄戦記録1」琉球政府/「沖縄県史10 沖縄戦記録2」沖縄県教育委員会/「沖縄の戦後教育史」沖縄県教育委員会/「ハワイ日系移民が見た戦争と沖縄」 沖縄県平和祈念資料館
朝日新聞那覇総局 @asahi_okinawa
【沖縄戦】参照文献② 《市町村史》 「沖縄の慟哭 市民の戦時戦後体験記 戦時編」那覇市/「那覇市史 戦時記録資料編第2巻中の6」那覇市役所/「伊江島の戦中・戦後体験記録」伊江村教育委員会/「浦添市史 戦争体験記録第五巻資料編4」浦添市/「玉城村史 第六巻 戦時記録編」玉城村
朝日新聞那覇総局 @asahi_okinawa
【沖縄戦】参照文献③ 「読谷村史 第五巻資料編4」読谷村 《日本軍》 「沖縄方面陸軍作戦」朝雲新聞社/「沖縄決戦 高級参謀の手記」読売新聞社/「沖縄かくて潰滅す」原書房/「沖縄戦に生きて 一歩兵小隊長の手記」ぎょうせい/「私の沖縄戦記 前田高地・六十年目の証言」角川ソフィア文庫
朝日新聞那覇総局 @asahi_okinawa
【沖縄戦】参照文献④ 「沖縄作戦に於ける第三十二軍史実資料(一)」防衛研究所/「沖縄戦敗兵日記」太平出版社/「青年医学徒の沖縄戦回想記」橋本確文堂 《学徒》 「沖縄一中 鉄血勤皇隊の記録 上下」高文研/「南の巌の果てまで 沖縄学徒兵の記」文教図書/「血であがなったもの」那覇出版社
朝日新聞那覇総局 @asahi_okinawa
【沖縄戦】参照文献⑤ 「ひめゆりの塔をめぐる人々の手記」角川文庫/「少年護郷隊」沖縄時事出版/「私のひめゆり戦記」ニライ社/「ひめゆり平和祈念資料館 資料集3 ひめゆり学徒隊」ひめゆり平和祈念資料館 《米軍》 「沖縄 日米最後の戦闘」光人社NF文庫
朝日新聞那覇総局 @asahi_okinawa
【沖縄戦】参照文献⑥ 「沖縄戦 アメリカ軍戦時記録 第10軍G2㊙レポートより」三一書房/「ペリリュー・沖縄戦記」講談社学術文庫/「沖縄 シュガーローフの戦い」光人社NF文庫 《その他》 「定本沖縄戦 地上戦の実相」彩流社/「鉄の暴風」沖縄タイムス
朝日新聞那覇総局 @asahi_okinawa
【沖縄戦】参照文献⑦終 「ドキュメント沖縄戦 1945」藤原書店/「沖縄の島守 内務官僚かく戦えり」中公文庫/「沖縄戦と民衆」大月書店/「新聞五十年」沖縄タイムス/「沖縄戦再体験」汐文社/「少女の沖縄戦逃避行」自費出版/「沖縄戦トップシークレット」沖縄タイムス
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朝日新聞那覇総局 @asahi_okinawa
【沖縄戦】3月26日@座間味「空襲と艦砲射撃の掩護下に9:00ころ、水陸両用戦車約30をともなう米軍が座間味部落正面と南東海岸に上陸を開始した」。港に停泊した米艦船からはジャズ音楽が流れていたという。島の各地では、追い詰められた住民が手榴弾やカミソリなどでの「集団自決」を図った。
朝日新聞那覇総局 @asahi_okinawa
【沖縄戦】3月27日@阿嘉島 上陸した米軍へ特効艇の出撃と斬り込みが行われることになった。しかし岬の陣地に向かった部隊は、指揮が乱れがちで、突撃命令も聞こえてこない。進むか退くか。「こんな戦争は勝ち味がないし、玉砕だって無駄になってしまうんじゃないですか」。こんな会話もあった。
朝日新聞那覇総局 @asahi_okinawa
【沖縄戦】3月28日@渡嘉敷島 ここでも集団自決が起きた。「誰か殺してくれる人は居ないものかと左右に目をやった時です。私の頭部に一撃、クワのような大きな刃物を打ち込み、続けざまに、顔といわず頭といわず……。目を開いて、私は私を殺す人を見ていたのですが、誰だったか、わかりません」
朝日新聞那覇総局 @asahi_okinawa
【沖縄戦】3月29日@南風原 艦砲弾のひびくなか、陸軍病院近くの三角兵舎で夜9時ごろ、ひめゆり学徒隊の卒業式があった。「せめて卒業証書だけでも、もらいたいと願っていた生徒たちは急にはしゃぎだした」。歌うはずだった「別れの曲」のかわりに「海ゆかば」が斉唱された。すすり泣きが漏れた。
この日から谷津記者が補足をツイート開始
朝日新聞那覇総局 @asahi_okinawa
【沖縄戦】3月30日@小禄 眼前には砲撃を続ける米艦船。海軍の大田実少将は鎌倉・北条時宗の元寇になぞらえ、麾下部隊に未明、訓示を発した。「夫レ元軍十万モ恐ル所ナク ヨク之ヲ西海ニ撃退セシ時宗ノ肝(略)コソ、シノバザルベケンヤ」
谷津憲郎 @yatsu_n
下の大田実少将の電報原文は、ここ(okinawa-sen.go.jp)から見られます。防衛研究所所蔵「南西諸島電報綴(昭和20.3?20.4)其の2」の218ページ。 pic.twitter.com/cnLwgrHM9R
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朝日新聞那覇総局 @asahi_okinawa
【沖縄戦】3月31日@首里 上陸前日。沖縄師範学校の生徒は鉄血勤皇隊となり、半袖半袴の防衛隊服を支給された。14、5歳から20歳前後の青年たち。「戦闘帽をちょこんと頭に乗せてみた。なんだかそぐわない。照れくさい気持ちがして、手にとってためつすがめつ眺めた」と大田昌秀氏は書く。
谷津憲郎 @yatsu_n
沖縄県公文書館が所蔵する有名な写真。左2人は鉄血勤皇隊とみられます。米軍のキャプションでは「Two young Jap soldiers」とされています。米軍にとっては勤皇隊だろうが防衛隊だろうが、みんなsoldierなんでしょう。 pic.twitter.com/6hmjsLFbkx
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朝日新聞那覇総局 @asahi_okinawa
【沖縄戦】4月1日@北谷~読谷 晴れ。海は米艦船でひしめきあっていた。そこから放たれる11万発の艦砲射撃の下、上陸用船艇が次々と海岸へ着く。「いま自分に何のかかわりもないような不思議な光景を、不思議な気持ちで眺めている」と斥候隊だった山本義中氏は書く。08:30、米軍上陸。
谷津憲郎 @yatsu_n
【沖縄戦】4月1日。沖縄県公文書館の所蔵写真を見ていたら、カラー写真があったのにびっくりした。更に上陸時のカラー動画もあった(archives.pref.okinawa.jp/mp4/dw_055.mp4pic.twitter.com/AttxOsGiiu
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朝日新聞那覇総局 @asahi_okinawa
【沖縄戦】4月2日@読谷 上陸した第1海兵師団は、日本軍の反撃に会わぬまま本島東海岸へ向かう。「ニップはどこにいるんだ」。ユージン・スレッジ氏は午前中、樹上で艦砲射撃にあった日本兵の遺体を見た。「飛び出した腸が枝から枝へと渡り、まるでクリスマスツリーの花飾りのようだった」 
谷津憲郎 @yatsu_n
【沖縄戦】4月2日に撮影された米海兵隊@読谷村。沖縄県公文書館所蔵。 pic.twitter.com/n68x3phJOH
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朝日新聞那覇総局 @asahi_okinawa
【沖縄戦】4月3日@首里 読谷・嘉手納飛行場をあっさりと明け渡したことへの批判が第32軍に相次ぐ。司令部は夜、持久戦という方針をやめ攻勢に転じることに決した。作戦主任だった八原博通高級参謀は嘆く。「嗚呼、現在の戦況において、攻勢を要望する大本営や方面軍のばかさ加減は何事であるか」
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