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私家版ハイデガースタディー07 カント書の有限者の回復 自我探しの原理的終焉

自我は、無規定な領域性によるフレーム問題(部分)ではなく、時間という規定問題(一なる全体)だ、というハイデガーの戦前のカント書までの道のりを読んで、時代のカオス(フレーム問題)を乗り切ろう、という個人的ツイート保管庫です。 自我という無規定=仮象から始めれば起源論になる。しかし、時間という規定から始めれば事象としての歴史になる。こうした超越論を暴力的に回復するという、カント書。それは神の視点で、人間をレスコギタンス(事物)に一般化=無限化してしまう、霊魂の不滅や、復活願望、終末論やニヒリズム、という病、あるいはハードプロブレム(心身問題)への、唯一の処方箋である。 続きを読む
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大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

なんで努力なんて禅みたいな話になるんだ? 自己という術語を使うから陥る、現象学が開陳したカントの問題というのは、超越という「働き」を持て余す、大人になるな、という程度の話ですぞ。@BHiroguma 自己の客観視 @inja650rr pic.twitter.com/TlLYENWgI5

2015-07-10 01:22:53
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大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

端的に、フッサールは純粋綜合に時間ではなく自己という術語を見出したから、先自我などと造語しなければならなかったが、ハイデガーは自然を世界に含めていたので、時間そのものを純粋な規定性としてカントの綜合に発見できたということですよ。@BHiroguma @inja650rr

2015-07-10 01:24:25
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

カントは不滅の話をしているが、神という要請のかわりにフッサールのように自我に先立つ起源というより、自然が先立つのだから、自我は端的に時間である、という言明が成り立つだけの議論で、確かに読むのは難しいが、言っていることに精進など不要ですよ。@BHiroguma @inja650rr

2015-07-10 01:28:58
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

若見さんが結論しているように、私に先立つ私というフッサールの自我の先行性(田口のいうフッサールの原自我)、自我が自我の後方に退去する自我分裂より、時間の脱自性、時間が自我の後方に退去して、自我を将来化させるものとして捉えるハイデガーの世界には、自然が含まれているね。

2015-07-10 06:19:58
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

自我を起点に自我から退去して自我を捉えればデカルトの神が要請されるだけだが、カントの時間を起点とすれば、先行する自然に対して自我は時間の脱自態になり、いわば自然内将来として実存する、というように堂々巡りが解消しているのよね。bit.ly/1KSrZuJ

2015-07-10 06:29:24
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

差延を、フッサールのように自我の退去として捉えるか、時間の脱自態として捉えるか、自我は二通りにしか捉えられないことになるが、やはりハイデガーのカント書のように、自我ではなく時間を根源規定とすれば、堂々巡りにならずすっきり解消、つまり合理的に理解できるね。

2015-07-10 06:33:28
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

あ~、田口茂のフッサール原自我 amazon.co.jp/review/R382P5H… の、脱自的自我に対するフッサールの自我退却、疲れる。ハイデガーの脱自的時間に戻りたい(^-^)/ pic.twitter.com/hUmv79IQoV

2015-07-10 06:42:52
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大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

方法を間違うのを煩悩というだけですからね(^-^)/ @BHiroguma 考えてはいけないと思うだけで思考停止できる人が果たして世の中に何%いるのか?努力、精進ではなく正しい方法で獲得できるスキルだと理解してます。

2015-07-10 17:21:49
Novalis @Novalis_bot

自我は自然の産物ではなく―自然ではなく―歴史的存在でもなくて―人為的なものであり―一つの虚構であり―一個の芸術作品なのである。人間の自然史はもう一方の半分をなす。自我論と人間の歴史、あるいは、自然と人為は、高次の学問―(道徳的教育論)―において一つに統一され―相互に完成される。

2015-07-11 05:45:56
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

言語が知性ではなく、感覚する世界が知性だ、というNHKのアンチダーウィニズム的な史観表現の激変は、おそらく3.11以降の史観表現なのだろう。温暖化のような環境激変が発声能力という言語能力を齎し、それが知性だという史観から直接変遷しているからだ。

2015-07-11 23:54:51
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

この発声能力が知性の起源ではなく、光としての世界が知性の起源だという史観変化は、フッサールの自我観を解釈して発声に辿り着き、ハイデガーの自然を含む世界を前提とした時間、という問題を取り逃がしたデリダ以降の史観を覆す、端的な史観表現に到達している点が、極めて興味深い。

2015-07-12 00:03:14
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

これから声史観 twitter.com/sunamajiri/sta…、光史観 twitter.com/sunamajiri/sta… と、命名して弁別するとしようかなwww(^-^)/

2015-07-12 00:28:04
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

講座派史観の功罪ね。FBに facebook.com/kaoru.ohmoto/p… と投稿したら。「講座派以降、歴史学も左翼性に深く加担してきたことに留意すべきであろう」と拡散された。日本の右傾化 左翼が夢物語ばかり掲げたからとウォルフレン氏 news-postseven.com/archives/20150…

2015-07-11 20:46:50
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

いい書き方ね。amazon.co.jp/review/R7WWDH8… 「友人は『真理とは、その人が真理と信じていることだ』と言う。カントを尊敬している私は勿論同意しないが」「カントがユークリッド幾何学とニュートン力学という真理を理性とし、その埒外とした『物自体』へ現象から迫る道」

2015-07-12 01:21:39
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

不滅のようなこと、カントのようなものを、心理学と一蹴するフッサールのいう自我が、この世で最も難読なテクストといわれるが、それをこの世で最も分かりやすく読み下してしまったのが、転回までのハイデガーだろう。それを読まなければならない。amazon.co.jp/review/R1ME1T4…

2015-07-12 01:32:11
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

ハイデガー読本 twitter.com/HeideggerTokyo… がTLにあったが、同書所収の斎藤元紀氏の要約では bit.ly/1CdgQ4Z の箇所。 pic.twitter.com/2WA1SF0m5M

2015-07-12 01:35:24
ハイデガー研究会 @HeideggerTokyo

日本のハイデガー研究者総勢47名による『ハイデガー読本』(法政大学出版局、2014年11月刊行)、増刷となり読者の方々にも好評をいただいています。書評も次々と頂戴していますが、そのうち以上5つをご紹介しました。どうぞご一読ください。h-up.com/bd/isbn978-4-5…

2015-03-09 16:30:13
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大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

それは端的に、地平を自我とするか時間とするか、あるいは、規定を自我とするか時間とするか、という地平の問題だが、自我とすれば世界に自然が含まれず、他方、時間地平からは世界は自然を前提とする、という若見理江氏の立論で十分だろう。heidegger.hatenablog.com/entry/2015/01/…

2015-07-12 01:42:10
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

差延は時間が起点で自我が分裂するのではない、といった問題 twitter.com/sunamajiri/sta… は、自我→演繹→地平→地盤→図式→規定→時間といった、カント的な術語の整理学が不完全だと、論理と心理が混同されるという話。 pic.twitter.com/I67nzxRoAB

2015-07-12 02:01:59
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大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

ちなみに、この脱自的時間地平というのは、対象の同一性のこと twitter.com/sunamajiri/sta… で、すぐに過去となる今に、意識が明晰に対象を志向できるのも、今とは将来のことで、将来から対象が同一視される、という将来を先駆する能力のこと。

2015-07-12 03:06:57
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

対象性のことです。今はすぐに過去だが、その過去に認識した対象が、すぐに訪れる将来において同一の対象と認識できるのは、時間が恒常不変だから、という話。コンピューターではこれがフレーム問題になり厳密に記述できないのです。@BeTakada @inja650rr @J_J_Kant

2015-07-04 01:45:57
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

対象を朦朧と捉える意識は、過去に追いやられた今の意識。対象を判明に同一視できる意識は、すぐに今となる将来を先駆した意識のこと。こういうのは実は音楽家にとっては訓練された当然の能力で、直感的に理解できるのだが、音楽ができない人は、メランコリーのように今が過去にすぐに流れる。

2015-07-12 03:10:32
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

そうそう、だいたい音楽ができないドン臭い人は、今=意識が朦朧としていて、すぐメランコリー=鬱になるか、先走りしすぎて躁状態になるか、という木村敏の精神病理学の時間理論みたいなことになるからねー。@LitoSnowfield お〜 音楽を演っていると哲学の理解が進みますね〜(笑)

2015-07-12 20:34:07
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

最近、カント書までのハイデガー twitter.com/sunamajiri/sta… を精読すればするほど、フッサールの自我の問題と心中した脱構築派の言語信仰を攻撃したくなるのだが、目と鼻の先で、建築という脱構築派の陥る最大の矛盾が露呈していて、とても他人事とは思えなくなってきている。

2015-07-13 05:18:44
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

母胎が起源なのか、母胎の先に起源があるのかという問題は、昨日指摘 twitter.com/sunamajiri/sta… したNHKスペシャルの史観変更で鮮やかだ。声を主体とする脱構築的史観が母胎という無意識を起源としたのに対して、感覚という無意識以前の起源を言い当てているからだ。

2015-07-13 05:39:37
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

安藤忠雄も世代的に、『隠喩としての建築』の、西欧の脱構築は非西欧では脱構築的なモノだ、という柄谷行人の扇動に感動した口だろうな。カント書を誤読(未読)し、フッサールの自我と心中する彼ら。もはやこのプレカント書の問題は、日本ではかなり一般的な問題ね。

2015-07-13 06:35:45
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

今=意識という超越性は単に音楽的というだけなのに、柄谷などのハイデガー批判は、非西欧人を人間学的に規定し、カント書が批判するマックス・シェーラーのようなことを言い出すだけだからね。@LitoSnowfield pic.twitter.com/WKJlolGFWx

2015-07-13 23:02:36
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大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

斎藤元紀さんらの、「始まりのハイデガー」楽しみですね。facebook.com/kaoru.ohmoto/p…

2015-07-14 04:45:21
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