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2015年12月4日

私家版ハイデガースタディー10 沈黙から語りへの転回の内的必然性

私家版は、ツイッターしながらハイデガーを読む保管庫。今回はGA26『ライプニッツを端緒とする論理学の始元諸根拠』の第二部を読むもの。 同書は、ハイデガーのメタ存在論への転回の書。しかし、何の転回であるかで転倒すると、多くの現代思想的雑言となる。それは伝統的形而上学、心身二元論、素朴実在論的反省、すなわち潜勢的霊魂規定という、近現代においてドグマになり、そのドグマが沈黙させてきたものからの転回だからだ。 現代人は「形而上学嫌い」という先入見に欺かれている。それが、カントが依拠したヴォルフ~バウムガルテンの非本来的形而上学のことだ、というのがハイデガーだが、ライプニッツはデカルト的明証を、論理学的同一性(等式という真理)に求めてしまった。それに対して、ハイデガーは真理を、日常性が隠蔽するドグマの開示(基礎存在論)とすることで、真正な順序性=根拠律として、内的必然的にメタ存在論へ転回する。 続きを読む
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大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

この間のツイートは、GA26-199の転回の内的必然性を、領域存在論とする従来学説に対して、ドグマ的形而上学による沈黙から、本来的形而上学へ至る語りへの内的必然的転回として読んだもの。togetter.com/li/908389 pic.twitter.com/ixADK7276s

2015-12-04 11:26:14
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◆◆ この間のツイートが膨大なため、以下は当面、新しい順になっています。 ◆◆

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

このように、転回の内的必然性、つまり順序性に近づけないことは、宗教そのものです。信じて救われるしかない。もし信じないのであれば、真正な順序で転回する以外、あとは価値を当為する以外に、道は皆無と言わざるをえない。それが現代社会です。@BeTakada

2015-12-04 05:44:12
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

なぜならば、救済は宗教という全体の問題ではないからです。それでは人は沈黙してしまい、価値や事実性を当為するしかない。価値だけが語られる今の日本は西田が齎したのでしょう。それは心身二元論という頽落した形而上学から、真正な順序で転回し、当為を得られていないからです。@BeTakada

2015-12-04 05:33:45
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

転回とは端的に、心身二元論である実在論、デカルト~ヴォルフ的な頽落した形而上学 twitter.com/sunamajiri/sta… によって沈黙することから、真正な仕方で形而上学を語る=実践=当為することへの転回です。おそらく西田はこれが転倒しているのだと思う。@BeTakada

2015-12-04 05:25:03
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

このように、基礎存在論は事実的実存が、日常の被解釈性(心身二元論という文化的な刷り込みtwitter.com/sunamajiri/sta… )を暴くようになるのだが、しかしそれでも開示できないのが時間性なのです。転回とはこの時間性を当為する語り方のことです。@BeTakada

2015-12-04 05:20:28
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

リッカートの当為は価値のことだが、ラスクはそれを事実的世界、生にする。それを批判的継承するのは西田もやってるのでしょうが、ハイデガーはそこから順序性=転回を取り出したのでしょう。添付は『はじまりのハイデガー』。@BeTakada pic.twitter.com/CuJvnX2ULq

2015-12-04 05:13:28
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大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

ハイデガーのリッカート批判のあらましは、こんなところです。リッカートの実践理性が理論理性に過ぎず、前理論的な事実性、つまり基礎存在論たりえないということです。ハイデガーの転回は、この基礎存在論からの転回です。@BeTakada pic.twitter.com/wV0yasRfxK

2015-12-04 04:57:36
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大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

さて、真正な順序、つまり転回の話に戻りましょう。ハイデガーは西田のように宗教に転倒(頽落)しない。それは真正な順序を語っているからです。転回は明白にフッサールの形而上学性からの転回だと私は思うが、その転回前には西田が格闘したリッカートとかがいるわけです。@BeTakada

2015-12-04 04:54:05
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

端的に、カントの構想力を、ヘーゲルやマルクスのように語れば、第一原因や実体としての神が想起されてしまう。ハイデガーは実体を語らない方法を語ることで、神を意味化しているのです。その違いはあまりにも大きい。@BeTakada

2015-12-04 02:28:34
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

日本の現代状況で何が問題なのかは明白で、対自態(神を語ること)からの脱却を、想起の方法と経験的に語った誤謬を辞めることです。その全てがハイデガーに順序として書き込まれているのは間違いないのです。それが本来的形而上学への転回でしょう。@BeTakada

2015-12-04 02:24:21
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

想起として今時間を反省する対自態とは、第一原因を語ることです。新カント派を駆除しようとするアメリカと違い、日本で西田しか伝承されていないのは悲惨で、それに対抗しようとフロイトで想起を方法化したりしたが、ハイデガーの方法は、忘却には方法が要する、ということです。@BeTakada

2015-12-04 02:19:29
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

ゼロ年代以後、日本の思想状況が悲惨なのは、誰も東浩紀のアナクシマンドロス論が、柄谷のハイデガー無理解への端的な批判になっていた、というのを見て取れていないということです。それで思想も文学も停滞しただけだと私には見える。たいして重症ではない。@BeTakada

2015-12-04 01:58:25
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

それは端的に、反省が踏まえる素朴な形而上学を、事実性として括弧にいれることができない、という転倒です。ハイデガーはその全てを括弧に入れて、形而上学自体を転回してしまっているということです。@BeTakada

2015-12-04 01:55:07
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

柄谷行人は、そのアメリカ譲りなところがあるのだが、転回を理解していなかった。坂部恵にカントは構想力だと言われて形而上学に転回 twitter.com/sunamajiri/sta… してしまったが、まだ非本来的形而上学に頽落している。ハイデガーにはそれがない。@BeTakada

2015-12-04 01:50:58
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

去年のハイデガー読本は新視点と評判がいいらしいですね。それだけハイデガーの転回が日本で誤解されて受容されていたのでしょう。アメリカのハイデガリアンは移民した新カント派を直接批判しているけど、日本には新カント派というより西田しかいなかったわけで気の毒です。@BeTakada

2015-12-04 01:49:42
Taka kichi @BeTakada

@sunamajiri 資料、嬉しいです^ ^ 楽しみが増えました。明日読ませて頂きます。それとアメリカのあの個の元気はキリスト教とは関係の無いところで息づいていますよね、そことリンクしていないかも、まぁ興味本位で調べてみます。先生、有難うございました‼︎

2015-12-04 01:41:23
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

アメリカのハイデガリアンが鋭いのは、ハイデガーが駆除した新カント派がアメリカに移民してしまい、それを駆除する必要があるからだと思うのだけどね。日本にはその影響が間接的すぎるので、益々見えづらいのです。@BeTakada

2015-12-04 01:34:20
Taka kichi @BeTakada

@sunamajiri はい、そしてもうひとつアメリカのパースの有用主義やデューイの道具主義などは、ある意味ハイデガー的開示性の強度を深めているのでないかと思い、調べてみたいなと思っていた所なんです。

2015-12-04 01:23:37
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

そうですね。しかしフーコーですら語りの主導権を握っていない。ヘーゲルから語りの主導権を奪ったのはハイデガーです。それは形而上学的転回に明確に触れたからです。そこでは、反省する者は単に頽落した形而上学者です。@BeTakada

2015-12-04 01:17:02
Taka kichi @BeTakada

@sunamajiri コントやレヴィストロースやフーコーが実証主義や構造主義的に社会を捉えた事によって「生」の本質に関わる領域に擦りもしていないですからね。フッサールの現象学的還元やハイデガーの存在論の転回は意味を鑑みて、ここも含めてもう少し幅を広げてみようと思います。

2015-12-04 01:06:55
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

ハイデガーはGA26~GA3の人間学の転回(形而上学の本来化)以後、アナクシマンドロスの二重襞を問題にする。東浩紀が博論で書いているのは、アナクシマンドロス二重襞から日本の私小説を解体するという一点なのです。つまり事実性をハイデガーのように語ることです。@BeTakada

2015-12-04 01:03:05
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

それは哲学を読まない読者になら、日本特有の私小説の語られ方のことだと言えば、大抵は合点できるんです。事実性を事実性として語ること。ハイデガーの転回というのは事実性からの転回、つまり私小説から語りが転回することだからです。@BeTakada

2015-12-04 01:01:23
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

これは語り中心主義なのです。誰が語り(順序)のイニシアティブをとっているのか。西田の語りがイニシアティブであるのかを疑問視する日本の現代思想からは、ハイデガーは語り方と自覚されているのもそのためです。それが東浩紀の博論の問題です。@BeTakada

2015-12-04 00:56:58
大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri

リッケルト批判の観点からは初期の問題から見なければならない。フッサールの内的時間意識ならGA26から見なければならない。しかしハイデガーには順序のイニシアティブがあるんですよ。ハイデガーの順序で語らなければ転回は無意味、転倒です。@BeTakada

2015-12-04 00:49:22
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コメント

大本薫 Kaoru Ohmoto @sunamajiri 2015年12月4日
あまりに分量が多くて一気にまとめるのに梃子摺っている(^-^)/
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