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kingstone @king1234stone
ええっと、思いつき。どんな教育がいいか、ってのは「方法」について言えば、実はどうでもいいのではないか。その時点でその地域での主流の教育をあまり考えずに実施する、という場合と、自分の頭で考えて「違うのではないか」とやってみる教育と、という分類ができるかも。
kingstone @king1234stone
例えば、小・中学校での算数・数学の指導ってそりゃかなり考えられている。しかし「そのまま考えずに指導しよう」とする先生の授業はあまり面白くなくて、例えば昔、「水道式」とかあったみたいにマイナーなことをやってみようとする人は、それなりに熱心だし、そういう先生の授業は面白い。
kingstone @king1234stone
しかし、もし「水道式」が主流になったら、それを「あまり考えもせずに」教えようとする先生の授業は面白くないだろう。
kingstone @king1234stone
例えば日本の「集団主義教育」と言われ、時にあしざまに言われるけれど、それなりにいいところがある。しかし「あまり考えず」それが当たり前と思って指導する先生の授業は息がつまってくる。そんな中で「個人主義」を取り入れた先生の授業は面白いだろう。
kingstone @king1234stone
しかし「個人主義」が主流のアメリカで「あまり考えず」それが当たり前と思って指導していると、あまり面白くなくなり、そこで違ったやり方もあるんじゃないかと「集団」でのあれこれを考えた先生の授業は面白くなるのでは。でもマイナーね。
kingstone @king1234stone
結局、どの地域でも、どの考えが主流でも、「面白い」授業とかを作り出していくのは、本当に「狭い道」を探すことになるのかもしれない。
kingstone @king1234stone
で、1つの思想や1つの方法で「いい教育」「いい授業」は作り出せるものではなく、「考え続けること」「迷うこと」「揺れること」の中で細い細い道を探し出すしかないのではないか、と。(わけのわからん話だろうなあ・・・)

コメント

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