室町時代を更に遡った時代のあれこれ

前回(室町時代の行動倫理あれこれ http://togetter.com/li/476344)の話の後、 他の室町時代の資料もあれこれ読んでて、「これはひどい」と思ってたら、 上には上がいたという話。 後でまた書き足すかも(※書き足しました)
歴史 奈良 将軍 鎌倉 武士 平安 世紀末 足利 北斗 中世 室町
326
前回からまた室町時代の資料を読んで
神無月久音 @k_hisane
あと、こないだのまとめ以後、室町時代についての資料を読んでるのですが、自分の「幕府」に対する認識が、あくまで「江戸幕府」を基準にしていたのだなあ、としみじみ思ったり。とにかく江戸幕府と室町幕府は全然違うし、おそらく鎌倉も随分と違うのであろう。ちゃんと読んでいかねばなあ。
神無月久音 @k_hisane
15代いて還暦越える事ができたのが最後の義昭だけとか、将軍家としてまともに天寿を全うできたのってもしかして誰もいないんじゃね?とか、足利将軍の履歴がダイナミック過ぎる。まあ、あんな世紀末世界じゃしょうがないのかもしれんけど。
神無月久音 @k_hisane
というか、反乱やら討伐やらがやたら多い。比較的安定期と言えなくもない三代義満から八代義政までの時代にしても、別に内乱が絶えてる訳でもないですし喃。江戸幕府は家光から吉宗までの治世だと、反乱らしい反乱ってせいぜい島原一揆くらい(由井正雪のは実質未遂ですし)で、全然安定度が違いま砂。
司史生@がんばらない @tsukasafumio
@k_hisane 室町時代は職制や儀礼のコードが整備され禅文化が浸透してきたので、鎌倉時代よりまだ洗練されている印象があります。室町時代人の文化を剥ぎ取り蛮性を強化したのが鎌倉時代人でしょうか。
神無月久音 @k_hisane
室町ですら大概なのに、鎌倉はそれ以上ってどういうことなの…とまさにgkbrで砂。ざっくりは知ってたつもりですが、その辺踏まえて見直したら、源平合戦や元寇がえらく面白くなりそうな予感。 @tsukasafumio 室町時代人の文化を剥ぎ取り蛮性を強化したのが鎌倉時代人でしょうか。
司史生@がんばらない @tsukasafumio
@k_hisane そもそも守護大名家の家中でも反逆や抗争や殺し合いが多いです。
神無月久音 @k_hisane
ですね。将軍家もそういう抗争を誘導したり、鎮圧に走ったりで、かなり介入を積極的にしてるなーと。室町幕府の政体を考えたら、安定のためにそうせざるを得なかったのかもですが。 @tsukasafumio そもそも守護大名家の家中でも反逆や抗争や殺し合いが多いです。
司史生@がんばらない @tsukasafumio
@k_hisane 二代・三代続けて二十代で身内にぶっ殺されて断絶した鎌倉将軍家...
神無月久音 @k_hisane
それが当時ならありえる事だと考えると、むしろ頼朝の特異性が浮き出る感じで砂。@tsukasafumio 二代・三代続けて二十代で身内にぶっ殺されて断絶した鎌倉将軍家...
司史生@がんばらない @tsukasafumio
@k_hisane 地頭の館の前には目つきの悪い郎党たちがウンコ坐りしてて、拉致された通行人は庭の檻にぶち込まれたり弓の標的にされたり奴隷としてこき使われます。
神無月久音 @k_hisane
そういえば、「家の前を坊主とかが通ったらひっ捕まえて弓の的にでもしろや」とかいう話をどっかで読んだ気が…@tsukasafumio 地頭の館の前には目つきの悪い郎党たちがウンコ坐りしてて、拉致された通行人は庭の檻にぶち込まれたり弓の標的にされたり奴隷としてこき使われます。
神無月久音 @k_hisane
昨日話に上げてた「家の前を坊主とかが通ったら捕まえて弓の的にしろや」の元ネタを思い出したので掲載。【音読・男衾三郎絵詞】http://t.co/swISOBGx79  http://t.co/YEykGL7Iyd
拡大
神無月久音 @k_hisane
「弓矢取る物の家よく作りては、何かはせん。庭草引くな、俄事のあらん時、乗飼にせんずるぞ。馬庭の末に生首絶やすな、切り懸けよ。(続く)⇒
神無月久音 @k_hisane
(続き⇒)此の門外通らん乞食・修行者めらは、益ある物ぞ、蟇目鏑にて、駆け立て/\追物射にせよ。若者共、政澄、武勇の家に生まれたれば、其の道を嗜むべし」
神無月久音 @k_hisane
なんかもう訳する必要もないくらい直球で砂。「門の外を通る乞食・修行者は弓の的に使えるからいいもんだ。頑張れお前ら(弓の訓練を)」とか言ってる奴がいる家とか、どんなホラースポットなのか。
神無月久音 @k_hisane
まあ、これは一応創作なのですけど、鎌倉期の武士について語る分には、あんまり実態と差がなさそうなのが困る。せいぜい的にするのが坊主じゃなくて罪人だとかそのくらいの差で。つまり結局射る。慈悲はない。
司史生@がんばらない @tsukasafumio
鎌倉幕府の問状御教書持ってった使者が地頭の手下に半殺しにされたという裁判記録見た時は、こいつらどれだけDQNなんだろうかと頭抱えましたよ。
神無月久音 @k_hisane
「鎌倉時代の武士の美談の下には山程のDQNが埋まっているんだよ…だから美談があれほど美しいんだ」と言いたくなる勢い @tsukasafumio 鎌倉幕府の問状御教書持ってった使者が地頭の手下に半殺しにされたという裁判記録見た時は、こいつらどれだけDQNなんだろうかと頭抱えましたよ
ut_ken @ut_ken
だから江戸幕府の諸々の統制には、中世の修羅の国っぷりが前提にあったわけで。そのへん知ると「江戸幕府と違ったもっと自由で開明的な路線がありえたはずで(同時に平和も前提にしている)」という言説がナイナイと思え@k_hisane @tsukasafumio
神無月久音 @k_hisane
まったくで砂。そりゃ綱吉も再評価されるわと @ut_ken 江戸幕府の諸々の統制には、中世の修羅の国っぷりが前提にあったわけで。そのへん知ると「江戸幕府と違ったもっと自由で開明的な路線がありえたはずで(同時に平和も前提にしている)」という言説がナイナイと@tsukasafumio
司史生@がんばらない @tsukasafumio
北條泰時が「道理」(もちろん現代的な意味の論理や法理・倫理ではありませんが)を打ち出す以前は、それこそ瞬間湯沸器的激情プラス何だかわからん呪術的思考様式こそが支配階級の主流だったわけです。
鎌倉時代「フフフ…室町が行ったか」 平安時代「しかし、奴は我らの中で一番の小者!」 奈良時代「ククク…」
和泉樹林 @IzumiKibayashi
@k_hisane 幕府の基準が鎌倉幕府なワイが来ましたよ。
神無月久音 @k_hisane
イヤッホウ! で、実際どうでしょう。鎌倉スレは一通り読んで、「なんてことだ…なんてことだ…」だったのですが、実態はあれより更にひどいのでしょうか。 @Izumi_asato 幕府の基準が鎌倉幕府なワイが来ましたよ。
残りを読む(70)

コメント

cafeseaside(18歳) @cafeseaside 2013年4月8日
面白い。綱吉再評価もうなづける内容。とすると、たいそう綱吉と仲が悪かった黄門様はむしろヒャッハー派だったとか…。
はみばさん@しらす丼喰いたい @hummingbirdtako 2013年4月8日
上総広常暗殺から宝治合戦、霜月騒動まで上がこうなんだから下だってこうなるわな
星五84体の地方妖怪 PGERA @PGERA_RX 2013年4月8日
今の俺の中で平安時代や奈良時代が北斗の拳やフォールアウト世界になった件。ヤベェwwww綱吉が文治政治を進めまくった事がそりゃ再評価されるわw
Mercato Nuovo @bukrd405 2013年4月8日
東北の武士たちのDQNぶりを知りたい方には、『奥羽永慶軍記』もオススメ。この時代の領主の戦争は強盗に近い。羽川小太郎義植という小領主は、他領へ出ては金持ちの家を夜討ちしたり、行きかう旅人を殺して金品を奪い取り、山賊・海賊を生業にして年月を送っている。
月戌🐔🐍🐷㌠ @_moondoggie 2013年4月8日
「黄門様はむしろヒャッハー派」生類憐みの令に抗議して、綱吉公に犬の毛皮を20枚送りつけたというエピソードがあってですね…(まぁこれも単純なヒャッハーとは違うと言われてますが)
cafeseaside(18歳) @cafeseaside 2013年4月8日
黄門様「ヒャッハー!汚物は辻斬りだー!!」←若き日の実話らしいw 犬皮は事実かどうか知りませんが、晩年にも重臣を誅していますな。案外武闘派な方だったようです。
そら豆 @solamame_k 2013年4月8日
右も左も多襄丸だらけの世界とか生きた心地しないわ(笑)
@sbayasi 2013年4月8日
「徹底した時代考証」「史実に即した」とかの冠つけた時代劇ってたまに見るけど、ほんとうの意味での鎌倉以前の忠実な実写化ってムリすぐるだろw 個人的には物凄く見てみたいけどさw
ヽ(=ФωФ=)ノ @minos_neko 2013年4月8日
もしかして聖徳太子って世紀末救世主なのか?だとしたら法隆寺の聖徳太子大好きっぷりも理解できる気がしてきた
neologcutter @neologcuter 2013年4月8日
綱吉は時代の先を行き過ぎただけなんだよな。「生類憐みの令」なんて極端なことを除けば「動物愛護法」とそう変わらないんだし。
松平俊介@暑い @matu2syun 2013年4月8日
sbayasi 1960年代の歴史学会の水準での忠実な実写化なら存在しますよん。つ溝口健二『新平家物語』 僧兵の描写がキモイです
松平俊介@暑い @matu2syun 2013年4月8日
「新平家」では、僧兵が強訴してくるシーンがすごい勢いで出てくるのですが、その理論たるや「お前のものは俺のもの」を絶叫しているだけというスゲエものです。…これがまた史実なんや、これは大変なことやと思うよ(本スレの東大寺と黒田庄の争論参照)
松平俊介@暑い @matu2syun 2013年4月8日
黒田庄の争論を描いた名著、石母田正の『中世的世界の形成』とか、竹内理三の研究とかを見る限り、どうみても法律の不十分なナニワ金融道(orミナミの帝王)ですね。萬田はんがカワイイレベルです
松平俊介@暑い @matu2syun 2013年4月8日
ちなみに黒田荘でも特に悪かった人ら(注:東大寺目線)が皆大好きニンジャの原型、「黒田の悪党」ですw
@sbayasi 2013年4月8日
matu2syun おお、ありがたや。ちょっと探してみます。
星五84体の地方妖怪 PGERA @PGERA_RX 2013年4月8日
生類憐れみの法もそこまで極端というわけでもなかったそうですが
ム-ンフェイスは腹筋に悪い @kamakurasodachi 2013年4月8日
鎌倉を世界遺産に、とか言っている奴らの武家って絶対江戸時代のイメージだよな。じゃなきゃ侍発祥の地だとかドヤ顔できないって。 吾妻鏡でも死体をそこら辺に捨てちゃダメと書いてあるし。
星五84体の地方妖怪 PGERA @PGERA_RX 2013年4月8日
どこの国も昔は相当に蛮族と言うか精神面ではモヒカンであったみたいだし、ええねん。モヒカン度数では欧州も負けてねぇぞ
Yoshi_せんしゃぶ!連載中 @Yoshikun21c 2013年4月8日
この時代はドコもヒャッハー状態ですな。鎌倉北条氏もチャンピオン防衛にかろうじて成功していたら後援会長と思っていた足利がいきなり襲ってきてKOされたようなものだし。
衣織(Iory) a.k.a ろりー @iory_h 2013年4月9日
某リフターズの影響もあって「島津は戦闘民族で怖い」ってイメージが酷い最近ですが、このまとめを見て、島津は“関ヶ原の時も大鎧を使ってた”のと同じレベルで室町・鎌倉的マインドを保持したままだっただけなんじゃないか…と思ったり。
首輪付き ◆Lynx/nWdF2 @Lynx_nWdF2 2013年4月9日
こんな土壌の中発達した宗派が左派過激派の真宗に右派過激派の日蓮宗、そしてヒッパー路線を突き抜けた曹洞宗と…救いは、救いはないのですか!
星五84体の地方妖怪 PGERA @PGERA_RX 2013年4月9日
戦国DQN四天王は皆先祖返り起こしてただけだったのね・・・。
神無月久音 @k_hisane 2013年4月9日
室町時代の経済関連の話(幕府財政関連なども含む)を追加しました。
とりこ @TRI869 2013年4月10日
頼朝や尊氏は家柄が正しく、なおかつ「武家の棟梁」の理想形に近かったから全国の武家に持ち上げられて政権は取ったものの、「武家の棟梁」の理想形というのが、安定した国造りができるリーダーかどうか、ではなく、むしろ部下たる武士たちにとって「都合のいい」君主なんで幕府ができても統制できないという
とりこ @TRI869 2013年4月10日
幕府といいますが、鎌倉や室町の幕府は幕府があるからと言って全国のどこでも、皆が従ってるわけではありません。例えば九州は、室町時代が20年ほどしかありません。足利義満によって南朝の残存勢力の掃討のため今川貞世が九州に遣わされていた期間です。その前は南北朝を口実に離合集散して争ってました。今川貞世が中央の政争の余波で解任されると、また離合集散と家内での内ゲバやってました
とりこ @TRI869 2013年4月10日
江戸幕府はそれ以前の幕府に比べるとはるかにまともな収税構造を持った中央政府の強い幕府ですが、それでも綱吉就任の頃には早くも財政が破綻しかかっていたのに、公家(ここ的に言えば室町以降に実権を失い、理想化された公家)風を好む綱吉は貨幣の改鋳(現代で言うと財政的裏付けの無い紙幣の増刷)であぶく銭を創りだしては儀礼や祭礼のために散財しました(続く)
とりこ @TRI869 2013年4月10日
現代で無計画に紙幣を増刷すると物品に対するお金の価値が下がり、強烈なインフレがやって来ますが、それは当時の貨幣の改鋳も同じことで、ただそれが儀礼や祭礼のためにばら撒かれている間は民間にもバブル景気が来ていたから誰も気にしなかったのですが、数度の改鋳を繰り返し、おまけにバブルも弾けるとインフレとバブルの反動の不景気と、これ以上改鋳できない貨幣とボロボロな幕府財政が残ったため、上から下まで綱吉は(まだ存命中から)恨まれることとなりました…ってことらしいです
冷たい熱湯 @Tuny1028 2013年9月16日
こうなると日本は天地開闢の時から殺伐としていましたとか言われても信じてしまいかねぬ。
扶桑委員会 @fussoo_moe 2013年12月15日
鎌倉以前の日本人のヒャッハーっぷりがフランク人やゲルマン人よりもひどい気がするんですけど知らないだけで向こうよりはマシなんですよねそうですよね!
ようはん @starfm1 2014年11月20日
頼家、実朝共に身内に殺されたのに触れられているけど、源氏一門自体が大体天寿を全うできない殺し合いの歴史なんだよな… むしろ保元以後の平家一門の方が幾分かマシ。
お助けマン虎太郎 @spa_inquisition 2014年11月24日
漫画「ドリフターズ」のアナスタシアのせりふ「あれ(武士)が産まれて800年間狭い島国で殺しあうしかしてこなかった連中よ」ってのが妙にリアルな…あ、逸らしてすんません
腐ってもエビ @kusattemoevill 2014年11月24日
俺も道鏡は草食系なイメージだったけど、全然違うのか〜。考謙のキャラが強くて目立たなかっただけなのかな。 ちなみに海外は海外で酷いッス。酷さの種類がほんの微妙に違うだけで
ut_ken @ut_ken 2014年11月25日
TRI869 いまさら一応指摘させていただくと、綱吉政権の貨幣改鋳は当初は社会に必要な貨幣供給量確保という目的も大きくて公式に布告もされてました。
ut_ken @ut_ken 2014年11月25日
ut_ken また貨幣量の増大による激しいインフレという通説にも実は具体的根拠はなく、米の相場で見ると平均年インフレ3%以下で、高騰してるのは飢饉の年で、豊作の年は平均以下に下がっている
ut_ken @ut_ken 2014年11月25日
ut_ken とはいえ政権終盤では改鋳も短絡的な財源確保手段になりますが、それも宝永大震災などの巨大災害が大きい。なお綱吉は広範囲な検地や領地の再編、代官の改革などで幕府の財源を大きく強化しています
ut_ken @ut_ken 2014年11月25日
ut_ken また、これも誤解が多いのですが、貨幣の質を最低(銀貨なのにほぼ銅)にして財源確保になりふり構わず乱発したのは綱吉でなく、次の家宣で、家宣の死の直前に新井白石がようやくやめさせた。なお白石はこの悪鋳の責任を全て勘定奉行荻原重秀になすりつけた
silentspice @silentspice 2015年12月9日
「鉢の木」というファンタジィ。 何故そんな話を作ったのか
KAMO nang-bang @dead_san 2016年2月8日
silentspice アレは「貴人(劉備)を家に迎えたけど貧乏で礼にかなったおもてなし(肉)ができない」→「奥さん殺して肉料理にして出す」→なんという礼を失しない男! という古代中国美談の焼き直しだから(震え声
うるちまい @japonikamai 2017年3月5日
江戸幕府までフィルターかけてようやく落ち着いたんだな、日本人
Tsuyoshi CHO @tsuyoshi_cho 2017年6月9日
改めて、大河とかは戦国から江戸じゃないとヤバすぎ、と歌舞伎とかでの派手な活劇として時代物に鎌倉、室町のころを使うのがよくわかる感。いや世話物も面白いんだけど、派手さは控えめになるところあるかな、と。
キンタマリベラル @fragmans145 2019年1月21日
画太郎世界かなんかかな?
ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする