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弓と弩の話から始まって

「日本になぜ弩が広がらなかったか?」から、いろんなところに広がった話
歴史 鉄砲 近世 中世 日本史 武器 武具・兵器史
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白幡俊輔 @sshunsuk
TVゲーム系のまとめサイト(ここ→http://t.co/CUcagZC7Yh)で、なぜか「日本でクロスボウが発達しなかったのは何故?」というネタが取り上げられていたが、実際なんでなんだろう。まったくわかりません(おい
白幡俊輔 @sshunsuk
さっきのクロスボウの話:だいたい西洋史では「弓よりクロスボウ(または鉄砲)は訓練が簡単だったので市民の武器として普及した」なのだが、なぜか日本史の本を読んでると「弓は鉄砲より訓練が簡単だった」という記述をみる
白幡俊輔 @sshunsuk
どうも○○の方が武器としての訓練が簡単だから~ は何か根拠があって言っているというより、著者の感覚で「引き金引けばいいんだから簡単だろ」てな感じで結論付けているような…
白幡俊輔 @sshunsuk
日本では武士による騎射戦がメインだったからクロスボウが廃れた というのはありそうな話だが、それをいうなら西洋だって主力は騎兵で、クロスボウは補助兵だったっわけで…日本の小者たちがクロスボウを使わなかった理由にはならないような。 結論:わからん
K411 @cage_num
@sshunsuk 意外と単なる武士の美学とかじゃないですかね。割と簡単に扱うことのできる弩を武士が使うのは職業軍人のプライドが許さない、的な。。鉄砲が普及し始めの頃も「武士がそんなもん使うもんじゃない」みたいなことを誰か言ってたような。
白幡俊輔 @sshunsuk
@kuyoh0428 西洋史の方でも「歯車式ピストルがランスにかわって騎兵の装備になったのは、高価でレアだったから貴人の武器として容認できたからだ」みたいな説がありますw B.S.Hallが言ってますが
K411 @cage_num
@sshunsuk なるほど。。甲冑なども効率性だけ考えていたらああいう発展の仕方じゃなかった気がするんですよね。MGS風に言えば「何のタクティカルアドバンテージも無い」ものに結構こだわってたり。
白幡俊輔 @sshunsuk
補足:あ、別に「弓が鉄砲より訓練が簡単だった」が日本史の定説だとは思ってはいないです。(そういう記述を見たことがある、程度なので)西洋史・日本史問わず訓練云々を根拠にする難しさが問題だと思う
hajimemasite@がんばらないfeat俺たちはゼロ年代を超えられない @pn_hajimemasite
@sshunsuk たしかJohn Franceは、訓練期間の面では、クロスボウとマスケットに差異はなかったとも説明し、単純にマスケットのほうが優れた武器なので普及したとの説明も。
白幡俊輔 @sshunsuk
@pn_hajimemasite Hall、Franceの記述についてはまた確認してみます。どうも「ある社会が弓とクロスボウと鉄砲のどれをチョイスするか」は訓練が簡単だったから、みたいな線形の説明では説明しきれないような気がするんですよね…
hajimemasite@がんばらないfeat俺たちはゼロ年代を超えられない @pn_hajimemasite
@sshunsuk 個人的には弓とクロスボウに対する鉄砲に関しては完全に上位互換な気がします。時期等の変移はありますが、最終的には銃への移行が行われるわけですし。しかし、訓練のみが要素ではないという考えには賛成です。
我乱堂 @SagamiNoriaki
確か、奈良時代にはクロスボウというか弩弓は伝わっていたんだっけか。メンテする人材が枯渇したとか、ということはありえるにしてもその後も大陸から伝わらなかったというのはなんとも不自然ではある…
はるやすみ @dandonban
@Baketuheaad @SagamiNoriaki 近年元寇時の和弓について見直されていて蒙古弓に対して十分な性能を持っていたとの文献も出てきています。日本人の性格的に「面倒な弩弓よりも使い慣れた和弓で良いんじゃね?」となったと妄想http://t.co/52xI75eUK8
司史生@がんばらない @tsukasafumio
@Baketuheaad @SagamiNoriaki 弩弓の製造技術って他の皮革加工品にスピンオフできるかな。でないと律令軍制衰退後に加工ノウハウが継承され難いと思う。
バケツヘッド@2月24日甲冑戦闘訓練会 @Baketu_head
@tsukasafumio @SagamiNoriaki とりあえず。持たせてもらった中ではこれが持ち運べるクロスボウの限界だと思いました。下手な小銃よりも重かったです。弓部分だけなら子供用のショートボウといったところですね。https://t.co/gRsfQOF8xR
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司史生@がんばらない @tsukasafumio
@Baketuheaad @SagamiNoriaki 大きいですねえ。こういう回転軸や発条のある器械装置(からくり)は中世の日本にはほとんど存在せず、実質的には鉄砲伝来で入ってきたテクノロジーだったんですよね。
我乱堂 @SagamiNoriaki
@Baketuheaad @tsukasafumio そのあたり、「和時計と鉄砲」という本に詳しかったよう、な…。
司史生@がんばらない @tsukasafumio
技術史家はそう見てます。刀鍛冶や武具細工師の技術が鉄砲国産化に果たした役割が大きいと思われます。 RT @Baketuheaad @SagamiNoriaki からくりの存在がほとんどなかったというのは興味深いです。やはり鉄砲伝来が底上げする形になったのでしょうか?
お菓子っ子 @sweets_street
刀鍛冶や武具細工の技術が鉄砲伝来の時点で相当発達してたのが大きな要因だったんですね RT @tsukasafumio 技術史家はそう見てます。刀鍛冶や武具細工師の技術が鉄砲国産化に果たした役割が大きいと思われます。 @Baketuheaad
司史生@がんばらない @tsukasafumio
@sshunsuk 律令軍制では弩の装備が規定され、新羅の襲撃の際に使用された記録があります。律令軍制の衰退により獣角や金属部品の加工ノウハウが特殊すぎて継承されなかったのではないかと。なお弓が鉄砲より訓練が簡単という見解は、日本中世史家の主流ではないと思います。
白幡俊輔 @sshunsuk
@tsukasafumio はい、日本史の主流ではないとは承知しております。律令制の衰退によって使われなくなったのだとすると、弩の製造配備にかかるコストのわりに、日本の風土や環境にはあまり合わなかったのかもしれないですね。
司史生@がんばらない @tsukasafumio
@sshunsuk @Baketuheaad @SagamiNoriaki 日本の高温多湿な環境での膠の接着剤のご指摘を受けましたが納得です。また弩のような器械の量産は政府直営工場のない場合、一定以上の商工業の発達つまり都市の存在が前提になるのではないでしょうか。
白幡俊輔 @sshunsuk
@Baketuheaad @tsukasafumio @SagamiNoriaki ご指摘の膠の件、大変勉強になりました。西洋は人口密度は低いにもかかわらず都市という技術拠点があったのも原因でしょうか? 弩が普及していた中国も古代には都市社会が成立していますし
司史生@がんばらない @tsukasafumio
@sshunsuk @Baketuheaad @SagamiNoriaki 私は都市の存在は大きいと考えます。日本では政治的首都以外の形成は遅れましたし、それも「町場」という言葉のように密集度のやや高い程度の農村的なもので、技術拠点の性格の弱いものでした。
白幡俊輔 @sshunsuk
@Baketuheaad @tsukasafumio @SagamiNoriaki 海洋国家だったジェノヴァやヴェネツィアが弩兵で有名なのも、船上で使いやすい武器だったからでしょうしね
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コメント

バケツヘッド@2月24日甲冑戦闘訓練会 @Baketu_head 2013年4月25日
まとめて見たかったので作成ありがとうございます。他の方に比べて稚拙な意見なのでお恥ずかしいですがよしなに
緑一色( •̀ㅂ•́)و @Allgreen76 2013年4月25日
内容も興味深いが、それより色んな人が知識や視点を持ち寄って話しを進めていく、という流れが素晴らしいまとめ(俺はほぼ参加できてないが)
緑一色( •̀ㅂ•́)و @Allgreen76 2013年4月25日
多くの話がこうやって進めば、ツイッターは議論のツールとしてもっと有用なのだろうなぁ…
我乱堂 @SagamiNoriaki 2013年4月26日
色んな人が知識を持ち寄る様が面白い。
私はケントゥリオP。KAKU-tail THE@TER参加 @centurio_P 2013年4月26日
技術者レベルも高く、大量生産も可能な技術者集団と軍団工房を抱えていたローマでも、機械式のクロスボウの配備は後期軍団期からなので不思議といえば不思議です
私はケントゥリオP。KAKU-tail THE@TER参加 @centurio_P 2013年4月26日
意外と農民兵の弓兵って多いものですよ。生活の一部として狩猟をしていた農民は弓兵として駆り出されましたので。古代でもギリシャをはじめとした地域では投石と共に農民が多いものでしたし、中世初期では農民弓兵が防具をあまり必要としないという理由からも主力を担いましたし。専門的に訓練した戦士階級や兵士よりはそりゃー劣るものですが。
Propagator @Miles_Gregarius 2013年4月26日
centurio_P ディオクレティアヌス頃から国営工房が武具の生産を行うようになったのと関係があるかも。
創作文芸サークル時の輪@通販受付中 @Kamimura_Maki 2013年4月26日
古代ローマ前期に関しては、数人で一台を扱うタイプの「投矢機」は遅くともガリア戦記の頃からあったし、クレタ人などの弓兵も場合によっては援軍として抱えていたので、間の「弩」だけがなかったという話になります。
私はケントゥリオP。KAKU-tail THE@TER参加 @centurio_P 2013年4月26日
Miles_Gregarius なるほど!国営工房が中心になって生産と管理を行うようになって、技術者も集中、機械式クロスボウの改良と生産もしやすくなったかもしれないですね。それまではケルト式の狩猟用軽クロスボウやギリシアのガストラフェテスを流用してましたし。
私はケントゥリオP。KAKU-tail THE@TER参加 @centurio_P 2013年4月26日
Kamimura_Maki 「弩砲」や「連装矢発射機」といったバリスタに関しては古代ギリシャのシュラクサイ市が発明して以来、普遍的に存在していましたからね。地中海世界でもガストラフェテスといったクロスボウは配備されてましたが、より強力な機械式クロスボウだけ登場が遅く、後期ローマ軍団期になってはじめてになりますね。
創作文芸サークル時の輪@通販受付中 @Kamimura_Maki 2013年4月26日
centurio_P 根本的に、弓矢というのは相手を近くに寄せつけないための、防御側の武器だと思うんですよね。比較的扱いやすいとされる弩/クロスボウなら尚更、相手が攻めてきたときに周囲の農民を集めて戦わせるのには向いていたと思いますが、古代ローマは後期になるまで侵略戦争の方が多かったから、弩や弓矢の必要性が低かったんでないか、と思いました。
私はケントゥリオP。KAKU-tail THE@TER参加 @centurio_P 2013年4月26日
Kamimura_Maki 私としては弓やクロスボウが「攻撃的か防御的か」というと「場合による」と思います。実際、アッシリアやペルシャといった国をはじめとしたメソポタミアでは少数の大盾兵と多数の弓兵という構成で攻撃的な弾幕射撃を基本戦術としていますし……ローマも大規模な弓兵隊「サギタリィ」は組織していますから。クロスボウが少なく、機械式クロスボウの配備も遅れたのは生産の問題以外にローマ軍団の散兵ドクトリンから直射をすることが基本なクロスボウはあまり適切な武器ではなかったのだと考えられます。
地元密着なび新谷貴司(パゴちゃん応援中) @localnavi 2013年4月26日
厚み5cmの弓に刃渡り180cm超の野太刀…。南北朝の武者が人間に思えない((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル
たろー @hanpa64 2013年4月26日
日本で投石機(カタパルト)がほとんど発達しなかったのも、似たような背景があるんですかね。
ゆ@普通のおとめ座超銀河団の住民 @U_fort 2013年4月26日
↑そういえば緻密な組み立て技術の要るトレビシェットどころか、オナガーレベルの簡単な投石器すらなかった気が・・・
扶桑委員会@リブート中 @fussoo_moe 2013年4月26日
hanpa64 投石機は山がちな地形な日本では運用しにくいでしょうね。なによりも投石機で破壊しなきゃならないような堅い建築物に城が発達しなかったのも大きいかと。平地で固い城を作らざるを得なかったヨーロッパとその辺の山切り開いて山頂に城作った日本とじゃ城に求められる頑丈さもことなりますし。
Toshi Motooka @toshi_moto 2013年4月26日
弓の速射性能は弩に比べて3~5倍程度と聞いたことがあります。山城を代表とするような狭隘な場所での使用を考えると人員(ないしは武器の数)を絞りつつ矢の数を多くできる方が有利って言うことも原因の一つのように思います。
たろー @hanpa64 2013年4月26日
fussoo_moe 焼き石ばんばん放り込んだりとか、使い道はあったと思うんですけとねぇ。案外「日本人の趣味にあわなかった」とか、そういう理由なのかなとも思ったり。
むささび屋(,, -`x´-) @Josui_Do 2013年4月26日
日本では弓を祭礼で使ってたのも、弩よりも弓の立場を高める要因だったのかも。魔除けのために弓を鳴らしたり、棟上げ式に使ったり、吉兆を占ったりと戦闘・狩猟以外でも使われてましたからね。
こぎつね @KogituneJPN 2013年4月26日
日本では竹で複合弓を作る技術が発展したので、希少な動物由来材料や金属部品を必要な武器は淘汰されたんだとおもう。大陸のように鋳造で大量生産できれば逆転できるのかもしれんけど
扶桑委員会@リブート中 @fussoo_moe 2013年4月26日
hanpa64 投石機はあれで当時の技術の塊ですから、脳みそまで筋肉だった当時の武士団では運用できない可能性が高いのと、日本の城は軍事施設であり出撃拠点でもあるのでよほどの大兵力で囲んでない限り投石機の類いは打ち壊される危険が高いと思います。単純に火をつけたいだけなら火矢がありますしね。
oomisuzi @oomisuzi 2013年4月26日
「簡単に作れるが訓練が大変」「誰でも扱えるが作るのが大変」の二択の時点で、日本が前者を選ぶ理由は完全に説明できてるんじゃ、とか思ったのは邪推が過ぎるかな
Takashi Inagaki @ingk 2013年4月26日
弓で射た矢は放物線、弩で射た矢は水平に飛ぶという話は他でも聞いた事が有るけれど、いまいち釈然としない。銃のようにライフリングが切られてる訳でもなし、一旦放たれた矢はどちらも放物線を描いて飛ぶんじゃないんだろうか。詳しい人に聞いてみたいところ。
こぎつね @KogituneJPN 2013年4月26日
ingk ゲームとかではそういう棲み分けがされてることが多いですね。発射速度が低くてなおかつ非熟練者用の弓なので直射じゃないと実用に耐えないというのが実際のとこじゃないですかね。引き金方式だから狙いやすいし
Toshi Motooka @toshi_moto 2013年4月26日
@ingk 矢は矢羽にひねりがあるので、弾丸同様に回転しています。ただ、弾丸や矢が回転するのは常に進行方向に先端が向くようにするためで、放物線とは関係ありません。矢でも弾丸でも砲弾でも自力推進ができないものは、引力に引かれるので放物線を描いて飛びます。しかし、発射のエネルギーが大きいほうが、同じ距離間においてはより直線に近い飛び方になります。要は弓よりも弩のほうがエネルギーが大きく取れるということではないでしょうか。
arabiannightbreed @a_nightbreed 2013年4月26日
長弓は、そもそも矢を26メートル先の的に届かせるのが一苦労なのよね
Toshi Motooka @toshi_moto 2013年4月26日
もうひとつあった。弓の場合その構造上矢の長さがある程度以上(弓を引ききった時に鏃部分が弓よりも前になければならない)必要になります。対して弩はそれほどの長さを必要としません。矢の強度が同レベルだと考えると総重量は弩の矢のほうが(短い分)軽くてすむことになります。発射のエネルギーが同じなら軽いほうがより遠くまで飛びますから、先ほどの理屈で言えば同じ距離間ではより直線的に飛ぶことになります。
Toshi Motooka @toshi_moto 2013年4月26日
思い出しついでに書いておくと、この矢の長さっていうのが熟練の必要量に結構影響するみたいです。矢というのは放たれた時にタワミのようなブレを生じることがあるのですが、これが出てしまうとその間全然直進しないので、命中率がものすごく下がります。当然ながら長いほうが生じやすいので、これを止める、あるいは生じさせない「技術」が必要になります。ただ、弩のほうは発射が基本機械任せですから、固有に発生するブレを止めるのは至難の業で、弓は名人上手が扱うとほとんど止めることができてしまうという部分もあります。
稲城肥後介@祝・ミリ姫RELOAD @opinel432 2013年4月26日
まとめを更新しました。バケツ ‏@Baketuheaad 氏のツイートを要請により削除したほか、まとめ後に続いた話を追加しました。
Takashi Inagaki @ingk 2013年4月26日
答えていただいた方、ありがとうございます。比較的直線に近い軌跡とはいえ、やはり放物線を描いて飛ぶと理解しました。原理的には通常の弓の様に放物線で射撃する運用も出来そうですが、命中率がネックになりそうですね。
裏水うらこ @urako_ura 2013年4月26日
銃、弩ともに直射に近い軌道であること、また特に長弓は引きつけての直射が苦手(プレッシャーがすごい:取り回しずらい)ことがあると思います。それとは別に、日本では平安時代以降は大規模戦が起こりづらく、荘園武士や僧兵などの小競り合いが多く、即席兵・農民兵むけの弩が発達せず、いっぽうで長弓の技術は発達し、戦国期に弩が復興されるより先に銃が入ってきたからではないかと。
裏水うらこ @urako_ura 2013年4月26日
「日本には銃とともに西洋からクロスボウが入ってきた」という記述がWikipediaにありますが(出典はなし)、たしかに銃とクロスボウを比較すれば銃がすぐれる点、木材加工と冶金・精錬の技術の違いはあるので当時にとって製造は容易だったのかも。ただ、南北朝の頃から中国より弩が再伝来してなかったのは不思議ですねぇ。銭や鉄など、色々輸入していたはずなのに
こいん @360coin 2013年4月26日
私が弩が主戦兵器として活躍した戦いでパッと思いつくのは馬陵の戦いだけだな。弓の方は源平合戦や英仏百年戦争など、相当でてくるのだけど。
夜更至ヒルネスキー @hiruneskey 2013年4月26日
《「幼少から武器の扱いを習ったわけでもない庶民を集めていきなり武器を持たせても、数の力で武器に習熟した戦士階級を圧倒しうるほどの動員が可能か否か」が分かれ目》
こいん @360coin 2013年4月26日
弩が最も効果を発揮する相手は待ちぶせ攻撃を除けば騎兵で、それも数を揃えてうまく運用しないといけない。中国人は引く係と矢を置いて受け渡す係と引き金を引く係に分けて運用していたとか。そこまでしても、射程では投石紐に、速射性では弓に負ける。曲射が苦手だからシールドウォールで防ぎやすい。しかも、騎兵に対抗するなら騎兵を揃える手もあるわけで、弩は優秀な馬を養えないが経済力のある集団に向いた兵器かと
夜更至ヒルネスキー @hiruneskey 2013年4月27日
《ある砲兵将軍は、歩兵を訓練するには3年かかるが、砲手を訓練するには2カ月で十分だ、と。》http://sorceress.raindrop.jp/blog/2006/04/#000660
夜更至ヒルネスキー @hiruneskey 2013年4月27日
数(弾薬・人員)さえ揃うならRPG射手より軽迫射手にした方が効率が良いのだとすれば、弓と弩の関係もそういう事なんだろうか(直射と曲射が逆だけど)。
バケツヘッド@2月24日甲冑戦闘訓練会 @Baketu_head 2013年4月27日
対応ありがとうございます。つらーっと見るにはいいまとめだったのですが申し訳ありません。
文フリ広島B-06【暮亭】壱岐津 礼@お茶菓子!!魁 @ochagashidouzo 2013年4月27日
弓で射た矢は「放物線で飛ぶ」に異議ありです。歩射と流鏑馬を生で見たことがありますが、軌道はさすがに見えませんが、的の位置から矢は的に届くまでほぼ直線で飛んでいると推測されます。
文フリ広島B-06【暮亭】壱岐津 礼@お茶菓子!!魁 @ochagashidouzo 2013年4月27日
というか、放物線で飛ぶと的に突き立たないのですわ。ちょっと鏃の形状や力の向きを考えていただけば分かると思いますが。それに極端に放物線を描いて飛ぶってことは矢の勢いが無いってことです。
文フリ広島B-06【暮亭】壱岐津 礼@お茶菓子!!魁 @ochagashidouzo 2013年4月27日
わざと上方に放った場合は放物線を描いて落ちますけれど。火矢で適当に建物に向けて射るならともかく、的を射抜くつもりなら射手は直線に射るように努めるであろうと思われます。
文フリ広島B-06【暮亭】壱岐津 礼@お茶菓子!!魁 @ochagashidouzo 2013年4月27日
的までの距離が遠ければ、射出時の勢いが失われていくので放物線を描いて落ちていくとは思われますが、その軌道を念頭に置いて射ていたとは考えにくいです。だってそんなの的に当てる事自体難しいですよ。
文フリ広島B-06【暮亭】壱岐津 礼@お茶菓子!!魁 @ochagashidouzo 2013年4月27日
地形を問題とするならば、矢の軌道よりも足場の問題ではなかな、と、これはあてずっぽうですが思ったりします。それと、弩の傾向性はあまり良くないみたいですね。見るからに重そう……
文フリ広島B-06【暮亭】壱岐津 礼@お茶菓子!!魁 @ochagashidouzo 2013年4月27日
余談ですが、弓道をやってた友人曰く、和弓は射手の腕の長さに合わせて作るとか。背の高い人ほど腕の長い傾向がありますので、この理屈だと長身の人ほど強い弓を引いていたことになります。
文フリ広島B-06【暮亭】壱岐津 礼@お茶菓子!!魁 @ochagashidouzo 2013年4月27日
そういえば、弓の上手で有名な源八郎為朝は保元物語によれば八尺余り、2m超えです。でかっ
文フリ広島B-06【暮亭】壱岐津 礼@お茶菓子!!魁 @ochagashidouzo 2013年4月27日
中世の武将が使ってた矢にはサイン入りとサイン無しの二種類ありまして、サイン入りは敵将を射る為、サイン無しは雑兵に向かって使ってたと記憶しています。
文フリ広島B-06【暮亭】壱岐津 礼@お茶菓子!!魁 @ochagashidouzo 2013年4月27日
合戦の際に放物線を描くような射方をしてたのはおそらくサイン無しの方で威嚇じゃないかと思います。「うわっあぶね!」と思わせればおk。雑兵は討っても手柄になりませんから。
文フリ広島B-06【暮亭】壱岐津 礼@お茶菓子!!魁 @ochagashidouzo 2013年4月27日
将をサイン入りの矢で射るのは戦の後の褒賞を決める際の証拠となるからです。褒賞はだいたい、土地とか屋敷・城などの不動産が主体であったと記憶しています。
文フリ広島B-06【暮亭】壱岐津 礼@お茶菓子!!魁 @ochagashidouzo 2013年4月27日
サイン入りの矢は確実に相手の身体に刺さらないといけませんから直線で飛ぶ射方をしていたのではないかと推測します。また有効射程距離は当然ありますから、雑兵を蹴散らした後、かなり近づいてたんじゃないかと思います。
文フリ広島B-06【暮亭】壱岐津 礼@お茶菓子!!魁 @ochagashidouzo 2013年4月27日
で、まあ、弓の強さで有効射程距離は変わりますから、強い弓を引く者ほど有利になります。相手の射程外から射抜くことができますから。為朝が恐れられたのもそういうことでしょうね。
文フリ広島B-06【暮亭】壱岐津 礼@お茶菓子!!魁 @ochagashidouzo 2013年4月27日
あ、誤字発見;✕「弩の傾向性」 ◯「弩の携行性」持ち運ぶのにかなりしんどそうだな、という印象です、写真を見た感じ。
文フリ広島B-06【暮亭】壱岐津 礼@お茶菓子!!魁 @ochagashidouzo 2013年4月27日
矢の弾道について修正。分り易い動画を見せていただいたのですが、やや上方に向けて射ているので緩やかな放物線を描いていますね。失礼しました。
文フリ広島B-06【暮亭】壱岐津 礼@お茶菓子!!魁 @ochagashidouzo 2013年4月27日
それと書き間違い。為朝の身長は保元物語によれば七尺余り。八尺は間違いです。八尺では化け物過ぎます。六尺で大男なので、何食ってそんなに伸びたの?という身長ではあります。
文フリ広島B-06【暮亭】壱岐津 礼@お茶菓子!!魁 @ochagashidouzo 2013年4月27日
誤りを訂正した上で、弓矢と弩の弾道の差を考えに入れても、「地形が起伏に富むから」という理由で、そんなに射撃結果の優劣が出るかな、という部分は疑問に思います。
冷たい熱湯 @Tuny1028 2013年6月13日
弓の訓練の話ですが、和弓みたいな上下非対称で下の方を持って射るような弓は、その他の上下対称な弓よりも更に習熟が困難なんじゃないでしょうか? なので冒頭の弓が鉄砲より簡単という説があると言う話には目を疑いました。
浅丼健一 @asai1920 2016年6月20日
応仁の乱とか、古くは鎌倉時代末の悪党など、歩兵が出てきた時代と鉄砲が伝来した時代とは乖離があると思うんだよねぇ。なので、時代的なタイミングで弩が広がらなかったというのは、ちょい疑問。
浅丼健一 @asai1920 2016年6月20日
「記録にない、発掘されていない」だけって可能性はあると思うんだよね。もしくは、「弓も弩」も名称上の区別がなかった的なことだって考えられる。
野獣後輩 @yaju5123 2018年2月5日
asai1920 弩自体が武士が台頭して以降、早々に製法、製造体制が失われて、弩なんて発想自体が無かった可能性。
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