江戸時代の道場破り
@k_hisane @sweets_street 勝小吉は滅茶苦茶な男ですが、男谷信友の年下の伯父で平山行蔵に師事し、剣術家としては本物でした。彼のようなバガボンドな剣客の世界と、牟田高惇のフォーマルな剣術修行が男谷信友を介してつながってくるのが幕末の面白さです。
2013-09-10 20:57:37師匠である平山先生からしてエピソード山盛の人ですしね。「先生からして変である」というか。 @tsukasafumio 勝小吉は滅茶苦茶な男ですが、男谷信友の年下の伯父で平山行蔵に師事し、剣術家としては本物でした。@sweets_street
2013-09-10 21:08:03@k_hisane @sweets_street 奇人と無頼で馬があったというか。平山行蔵についての基礎文献のひとつが、勝小吉の著した伝記です。師から刀を贈られるぐらいには信を置かれていたようです。
2013-09-10 21:11:48@inuchochin @k_hisane @tsukasafumio @sweets_street まるで渡世人の世界だ…。
2013-09-10 21:24:07@sweets_street @k_hisane @tsukasafumio あの新門辰五郎とも交友があつたさうですね。
2013-09-10 21:30:34@sweets_street @k_hisane @tsukasafumio 成程。兩者共に渡世人気質といふわけですね。切つた貼つたの世界。
2013-09-10 21:48:11まとめ「平和な時代だからこそ」
百姓農民でも剣術をやってる人間は結構いた訳ですけど、それでいて「武士の表芸」とされたのは面白いところで砂@sweets_street 町人や農民が鍛錬・護身のために学ぶほど剣術は身近な存在だったので、無頼の男が習得した剣術を喧嘩に使うのも当然でしょうね@tsukasafumio
2013-09-10 23:14:45「武士の本分は戦うことだから、武芸に励まねばならない」という建前があったからなのでしょうね RT @k_hisane 百姓農民でも剣術をやってる人間は結構いた訳ですけど、それでいて「武士の表芸」とされたのは面白いところで砂 @tsukasafumio
2013-09-10 23:20:16武士の本分が「弓馬の道」「槍働き」ではなく「剣」に象徴されるようになったってのが、江戸時代が平和な時代だった証左と言えるかもで砂。 @sweets_street 「武士の本分は戦うことだから、武芸に励まねばならない」という建前があったからなのでしょうね @tsukasafumio
2013-09-10 23:27:17平和な時代の戦士の仕事って警備や護衛ですからね。常時携帯できて取り回しも容易な刀こそ治世の武器ですよ @k_hisane 武士の本分が「弓馬の道」「槍働き」ではなく「剣」に象徴されるようになったってのが、江戸時代が平和な時代だった証左と言えるかもで砂。 @tsukasafumio
2013-09-10 23:29:37なんにしても、全体として平和だったからこそ、「町道場」及び「道場破り」なんてものが存在し得るのであろうなと思うところ。戦国時代は師匠である武芸者の方が諸国を巡って教授してますし、道場破りをしそうな手合いにしても、そんな事するより、戦に出て功績を立てる方が見込みがあったでしょうし。
2013-09-11 01:08:09まとめ後の追記あれこれ
.@k_hisane さんの「江戸時代の道場破り」をお気に入りにしました。 江戸時代の武士の剣術修行が、「公費留学」というのは、面白いですね。平和な時代なればこそ、であります http://t.co/vNEd7aYVOc
2013-09-11 01:38:06行く先々で、試合後の夜、宿に道場の門下生たちが押しかけて、飲み会を始めた、なんて記録もあったりしますしね。スポーツ強化合宿のノリで砂。 @bakagane 江戸時代の武士の剣術修行が、「公費留学」というのは、面白いですね。平和な時代なればこそ、であります
2013-09-11 01:52:16@sweets_street @k_hisane なるほど!剣術で名をあげたということは、今で言うと、甲子園に出たとか、元国体選手とかですかしら。就職に有利そうであります。
2013-09-11 01:47:55@bakagane @k_hisane そんなところだと思います。武士は戦士であるという建前なので武芸を鍛えないと白い目で見られる時代です。剣術は格好の鍛錬だったのでしょうね。番方(軍事部門)の仕事も警備や警護だから、槍や弓より刀を使う機会が多いし
2013-09-11 01:52:28御役を得るのもそうですが、次男坊・三男坊からすれば、養子入りの可能性も掛かりますしね。必死ですよ。 @bakagane なるほど!剣術で名をあげたということは、今で言うと、甲子園に出たとか、元国体選手とかですかしら。就職に有利そうであります。 @sweets_street
2013-09-11 01:53:59剣術に長けていると社会的な評価も高まりますからね。学問に長じていてもひ弱だとバカにされるし。体育会系優位は今と変わりませんね RT @k_hisane 御役を得るのもそうですが、次男坊・三男坊からすれば、養子入りの可能性も掛かりますしね。必死ですよ。 @bakagane
2013-09-11 01:58:13勤めも、番方が花形、役方は裏方ですし喃。家計の実態はともかく。 @sweets_street 剣術に長けていると社会的な評価も高まりますからね。学問に長じていてもひ弱だとバカにされるし。体育会系優位は今と変わりませんね @bakagane
2013-09-11 02:03:19大流派の道場はさしずめ名門運動部、有名剣士は名指導者ですね RT @k_hisane 行く先々で、試合後の夜、宿に道場の門下生たちが押しかけて、飲み会を始めた、なんて記録もあったりしますしね。スポーツ強化合宿のノリで砂。@bakagane
2013-09-11 02:01:28全国から若者が門を叩いて、一緒に汗を流してるわけですから、イメージ的にはスポーツ特待生だらけの大学みたいなもんで砂。そりゃ藩士同士の交流も起こるわなと。 @sweets_street 大流派の道場はさしずめ名門運動部、有名剣士は名指導者ですね @bakagane
2013-09-11 02:06:02@k_hisane @sweets_street そうしてみると、そうやって出来た人脈って、江戸時代ですと、すごい財産になりそうですね。メールも電話もないので、人と人が交流する機会がどうしても限られますし。
2013-09-11 02:08:16