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伊藤 剛(アイコン試行中) @GoITO
「キャラクターイラスト」と呼ばれているものが、なぜ「大学」や「美術」とそぐわないものに感じられるのか?から考えてほしいと思います。逆に、いまのpixivのような表現空間から、旧来的な「美術」がいかに疎外されているか。それはなぜか。 twitter.com/mijinco_min/st…
伊藤 剛(アイコン試行中) @GoITO
どちらも「絵」と呼ばれる、視覚表現であることには変わりがありません。しかし、「キャラクターイラスト」は、「マンガ」よりもさらに「学校」や「教育」の外にあるものと感じられている。 しかし、すでに2000年より中学・高校の美術科の指導要領には、「漫画」が加えられています。
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「美術」は、日本の近代化とともに、学校や美術館といった制度の整備とともに権威化を図りました。学校での美術教育は、個人の感性を重んじ、様式的な表現を排除する方向に進んできました。マンガについては、なぜか「様式」という語が用いられることが少ないのですが、様式性の高い表現です。
伊藤 剛(アイコン試行中) @GoITO
様式性の高さ、という意味では、いわゆる「キャラクターイラスト」もそう言えるとおもいます。また、線画・輪郭を基調とする表現であること、物語的な連続性を孕むことなども、モダニズム絵画とは対極にあるもののように考えられる理由になるでしょう。
伊藤 剛(アイコン試行中) @GoITO
大学でのマンガ教育や、「キャラクターイラスト」(←これについても、もっと適切な呼び名があっていいと思いますが、便宜上これで行きます)が大学教育の場に取り込まれることは、ひとつには「美術」が美術として自律化し権威化したことへの美術の側の自省があるでしょう。
伊藤 剛(アイコン試行中) @GoITO
「マンガとか、キャラクターイラストとかを大学で教えるなんて」と思ったら、すかさず「じゃあ美術って何さ?」と問い直してほしいのです。「大学で教えるなんて」という印象には、かならず「大学で教えるべきもの」が前提になっているはずです。ではそれは何で、どういう根拠を持つものなのか。
伊藤 剛(アイコン試行中) @GoITO
日本の美術教育は、世界的にみて普遍的なものとはいえません。 技術をほぼ教えず、感性とオリジナリティを重んじる、情操教育に終始するものです。図工・美術の時間は、絵を描くことに関心のある子にはたのしい授業ですが、そうでない子には、ひたすら退屈な時間としてあります。
伊藤 剛(アイコン試行中) @GoITO
あるいは、「かっこいい絵」「きれいな絵」「うまい絵」を描きたいと思っても、それが美術・図工の時間ではかなえられなかった記憶を持っている方も多いのではないでしょうか。そうした学校教育を通じて、私たちの「美術」観が培われてきたこともまた、言を俟たないのではないかと思います。
伊藤 剛(アイコン試行中) @GoITO
いま、中学・高校の美術の時間で、マンガを積極的に取り入れていこうという先生は、少数ながらあらわれはじめています。しかし、その一方で「キャラ絵」を授業中に描いたら「殴る」と言った先生もいる。
伊藤 剛(アイコン試行中) @GoITO
個人的には、図工・美術の時間では、キャラ絵やマンガも含めて、いろんなことをやってほしいと思っています。ただ、キャラ絵を描かせるのならば描かせるで、それがどのような表現であり、様式であるのかを理解したうえで指導してほしいと思います。
伊藤 剛(アイコン試行中) @GoITO
また他方、キャラクターイラストのような「絵」の、いわゆる「画力」に対して、職人的なもの、工芸的な技能のようなものとして、一段下に見る気風も、美術の世界にはあるという話も目にしています。石岡良治さんの「サイゾー」記事内のコメントだったと思います。今年頭のマンガ特集号ですね。
伊藤 剛(アイコン試行中) @GoITO
同じ記事で私もコメントしているのですが。 それはそれとして、いま、大学をはじめとした「教育」や「美術館」などの制度的な美術の内部に、マンガなどのキャラクター表現が入ってきていることは、まさに皆が所与のものとしている「美術」という枠組みを再考する機会となるべきだと考えています。
伊藤 剛(アイコン試行中) @GoITO
ここで、いわゆる「キャラクターイラスト」と呼んでいるのは、萌えキャラなどを中核に置き、多くはデジタルで作画され、線遠近法的な空間をパッチワークしたり、逆にフラットな画面を作っていたり、というものです。 明らかに様式的な特徴を有していますが、それはまだ十分に言語化されていません。
伊藤 剛(アイコン試行中) @GoITO
pixivのデイリーランキングと、TINAMIの総合スコアランキングを置いておきます。こういった「絵」を描くひとが百万を超える数でいて、お互いに技術を教えあうような回路がすでにできている。 pixiv.net/ranking.php?mo… tinami.com/ranking
伊藤 剛(アイコン試行中) @GoITO
オーセンティックな「美術」も「デザイン」も、ここからは疎外されている。しかし、これほど多くの人が「絵」を描き、他者に見せるという社会は、おそらく有史以来のことでしょう。
伊藤 剛(アイコン試行中) @GoITO
このような見方をとると、現在進行していることは、「描く人々」から疎外された「美術」が、なんとかして自らをそこに参入せしめようとしている…という解釈も可能となります。 たとえば、いま国立新美術館で開催されている展示は、「ニッポンのマンガ・アニメ・ゲーム展」ですよね。
伊藤 剛(アイコン試行中) @GoITO
かくいう私も、近々の仕事は「日本美術全集19巻・拡張する戦後美術」でのマンガパートの解説とコラム『マンガと美術の”あいだ”』です。そして大分県立美術館で8月1日から開催の「描く! マンガ展」の監修です。 期せずして、今年は「マンガの側から」美術にかかわることになりました。
伊藤 剛(アイコン試行中) @GoITO
なんだ宣伝か、と思われた方もおられるかと思いますが、宣伝ですよ。宣伝は必要です。もとより、即座にはわかりにくい仕事をしてるんだから、逐一説明する手間を省いていいわけがない。 もちろん、職場である東京工芸大マンガ学科の広報でも同じことです。
伊藤 剛(アイコン試行中) @GoITO
いま連投したような話は、先日の「夢ナビLive」で高校生たちにもしてきたのでした。それなりに難しい話だと思ってましたが、高校生のみなさんは思いのほか真剣に聞いてくれました。「価値観が変わりました」と言ってくれた子もいましたね。
伊藤 剛(アイコン試行中) @GoITO
個人的な見解ですが、こうした「キャラクターイラスト」の感触に最も近いのは、異端の日本画家・田中一村です。わたしが奄美大島の田中一村美術館に三回も行っているのは、この関心からです。 twitter.com/GoITO/status/6…
伊藤 剛(アイコン試行中) @GoITO
言われてみて「はっ、なるほどそうだ」と思いました。 ただ被写体が工場や団地というだけでなく、撮り方等も含めてということですね。 twitter.com/sohsai/status/…
伊藤 剛(アイコン試行中) @GoITO
それも「なるほど」です。そういえば、写真学科の先生が「撮り鉄の子は毎年一定数いる」と仰ってたような。 twitter.com/sohsai/status/…
伊藤 剛(アイコン試行中) @GoITO
「イラストレーター」という職業が自律したのが日本では1960年代らしいという話もあり、あとは広告ビジュアルの歴史等も参照する必要がありますね。 (前からやろうやろうと思って手をつけられていないことのひとつ) twitter.com/izumino/status…
伊藤 剛(アイコン試行中) @GoITO
同人誌とデザインの親和性が高くなったのは、やはり90年代なかばの、いわゆる「ハイエンド系」以降のことだと思いますが、女性同人だとまたちょっと事情が違いそうですね。
@niseusa
この時間に起きてしまってTL遡っていたら、漫画研究の第一人者が美術教育を語っていらして、ちょっと興奮して目が冴えてしまった。
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