@yhkondo 氏による、日本語文法アクティブラーニングまとめ(仮)

@yhkondo 氏による日本語文法関連のツイートが注目を集めています。まだまだ続きそうですが、ひとまず文中からキーワードを拾って、時系列に並べ直してみました。議論を追いたい方は@yhkondo 氏をフォーローすることをオススメします。これはあくまでも簡易なまとめです。
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国語教育に、文法研究がどれほど役に立つのか
yhkondo @yhkondo
国語教育に、文法研究がどれほど役立つのかという問題提起があります。このことには、実はかなり深い構造的問題があるので、私の知る限りのことを、ちょっと連続でツイートしてみます。文法研究の歴史と、分野に関わる問題です。 twitter.com/sumaus/status/…
yhkondo @yhkondo
とりあえず日本語文法に限って話を進めますが、現在研究されている「文法」と言われるものには、教育という面からは、実は二種類の異なった性質のものがあります。まず第一には、母語話者には、ほとんど役立たないものです。その典型が、「活用の種類」というものです。
yhkondo @yhkondo
五段活用とか、下一段活用とかの規則を覚えても、母語話者にとって、日本語が上手になることは一切ないです。その関連で「食べられる」「切られる」は、それぞれ、助動詞部分は「れる」か「られる」か、などということも同様です。後者はまさに「文法のための文法」で、実用上の意味はないです。
yhkondo @yhkondo
それに対して、例えば、名詞文の二種類という問題があります。たとえば、「クジラは哺乳類だ」と「私は田中一郎です」は、まったく論理的に別ものです。前者は、類への包含を示すのに対し、後者は、同一関係を示します。この二つは使い方も違っています。
yhkondo @yhkondo
前者は「クジラは哺乳類だが、マグロは違う」とか対比できますが、後者は「私は田中一郎だが、君は違う」と言えば奇妙な文です(前半で同一性を述べているので、後半は自明だからです)。これは研究者レベルではよく知られたことですが、もし、中学生に教えても「読解力」という点で有効だと思います。
yhkondo @yhkondo
ですから、高校で、古典語文法は選択として、そちらで活用などは最初から学習することにすれば、現代語文法から、活用や、品詞分解を外すことができ、読解力や表現力に適応した現代的な文法体系に改編できるはずです。なお、これは、かならずしも、古典自体を必修から外すということではありません。
yhkondo @yhkondo
必修としての古文には、文法事項は、個別にでてきたところで、これは、完了の意味なんだとか、「ぞ」が出てきたら強めの意味なんだという程度として、原文の味読を中心に授業するという方法もあると思います。以上、やや独断も含まれますが、どこに問題点があるかはわかっていただけたかと思います。
yhkondo @yhkondo
現代語文法で必要なのは、単語(文節)と形態素の概念、連体・連用の係り受け、指示(こそあど)、名詞文と主題(は・がの問題)、接続助詞による複文の構造(A類からC類までの種類)とそれによる表現、敬語体系、などを読解と表現と絡めて示していくことでしょう。
学校で教えられているいわゆる国文法がなぜわかりにくいか?
yhkondo @yhkondo
学校で教えられているいわゆる国文法がなぜわかりにくいか?について、ちょっと連ツイしてみます。国文法には、主語・述語、活用、助詞の種類などいろいろな項目がありますが、実は、大きく分けて2種類の異なったものが含まれています。それを知るとかなりわかりやすくなる、という話です。
yhkondo @yhkondo
別に書いたように、国文法は、古典語文法を目的として作られているので、古典語文法を例として書きます(現代語でも本質は同じですが)。まず、一つ目は、主語ー述語、係りー結び、連用修飾ー用言のように、ちょっと離れた部分の二つの要素が関係して、ひとつの構造を作っていくタイプです。
yhkondo @yhkondo
これは、表現にも深く関係し、文法らしい文法です。文法の種類を規定したチョムスキーの用語では「文脈自由文法」と言われる種類のものです。それに対して、国文法のもうひとつの柱である、用言の活用とそこにどういう助動詞が接続するかという問題(例、助動詞「ぬ」の識別)は、ちょっと違います。
yhkondo @yhkondo
こちらはやや条件が厳しく、ある要素のすぐ次には何が来るのかというタイプの文法となります(「未然形+ぬ」は否定、「連用形+ぬ」は完了)。「連接」とか「相互承接」とか言われるものですが、こちらは、チョムスキーの「正規文法」と呼ばれる種類の文法です。
yhkondo @yhkondo
やや、専門的用語になりますが、正規文法は、有限オートマトンで受理されることがわかっているので、状態遷移図で図示可能です。下は、「参る」という動詞の敬語形を状態遷移図(有限オートマトン)で示したものです。見れば図の読み方は分かると思います。これは水谷静夫氏が明らかにしたことです。 pic.twitter.com/QORyRWAqZ6
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yhkondo @yhkondo
この図で表現できる種類の「文法」と、主語述語や、係り結びの「文法」とは、違うものとして学習する方が明らかに実用的です(係り結びはこんな図では描けない)。この、かなり違うタイプのものが「文法」として混在しているのが、国文法のややこしさ、わかりにくさの一因ではないかと考えています。
yhkondo @yhkondo
古典語の移動動詞の敬語を正規文法(有限オートマトン)として記述する例は、以下の論考に書きましたのでよかったらご覧下さい。「平安時代語の敬語の形態論」(『日本語学』明治書院・2019年2月号)
yhkondo @yhkondo
また、正規文法は、コンピュータープログラミングで使われる、いわゆる「正規表現」の文法そのものでもあります。ですから、以上の点を心得ていれば、古典語文法の「活用」や「助動詞の相互承接」のあたりを、プログラミングと組み合わせて学習可能ということでもあるのです!!
yhkondo @yhkondo
@kasai_yuya_1207 いろいろと舌足らずの点がありますが、今後、機会をみて補っていきたいと思います。ぜひ何かの機会に不足している点をお教え下さい。
yhkondo @yhkondo
@KaoruKumi コメントありがとうございます。学史的にはそういう位置づけだと思います。それで、鈴屋流のが、正規文法(3型文法)的なのに対し、英文法(代表が、主語・述語)が、文脈自由文法(2型文法)より、と解釈できると考えています。
yhkondo @yhkondo
@puhachan 現代的な日本語文法としては、日本語教育向けのがいいと思います。例えば、庵功雄他『初級を教える人のための日本語文法ハンドブック』(スリーエーネットワーク)。また、古文文法では、小田勝『読解のための古典文法教室』(和泉書院)。いわゆる学校文法現代文文法はちょっと思いつきません。
yhkondo @yhkondo
@odashi_t 大学での日本語学の授業では、語義の多様化は、「比喩」が中心だよ、という話をするとわかってもらいやすいです。「机の足」は、形態の類似からの比喩(メタファー)、「足が速い」は、機能を担う部位からの比喩(メトニミー)。
yhkondo @yhkondo
@odashi_t 「比喩」はあまりにも言語に深く組み込まれているため、母語話者には、それが意識できない場合が結構多いです。そういう場合に、「足」はみんな「足」でしょ?という感想になるのかと思います。(ある意味、間違いではないのですが、学習上は不便です。)
Yusuké Oda @odashi_t
@yhkondo 比喩の取扱いの難しさは自然言語処理でもかなり共通するところがありますね.メタファーやメトニミーなどは機械翻訳が珍訳を生成する代表例でもあって,ユーザが無意識に比喩を含む文を入力して,しかもユーザによる翻訳結果の正誤判断が難しいのを考えると結構頭が痛い問題です.
yhkondo @yhkondo
@odashi_t なるほど。確かに、母語でも難しいのに、外国語の、深い比喩表現の正誤判断は、ユーザーにとって、かなり難しいわけなんですね。
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コメント

hyco @tm_hyco 2月22日
国語文法が役に立たない、と思われる理由の一つは、国語教師が別に文法が好きだったり文法の専門家だったりしないから、というのもあるかと。どちらかというと国語教師は本が好き、文芸が好き、などの人が多いと思うが、文法については興味がない場合が多いかと(特に活用など)。すると、良くわからん暗記ものとして教えるので、生徒も意味不明だし、良くわからんってなる。
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