「関ヶ原の戦いは誇張されている」…としたら、誰が何のために「話を盛った」んだろう?
また、伊達政宗が大崎・葛西の旧領への転封を命じられた時に見せた三成の気遣いについては、下記で説明した。↓ koueorihotaru.hatenadiary.com/entry/2017/01/…
2019-05-30 00:20:24石田三成と伊達政宗といえばワインパーティーとか。↓ koueorihotaru.hatenadiary.com/entry/2015/01/…
2019-05-30 00:21:45小早川秀秋の九州入国に気配りをする石田三成とか。↓ koueorihotaru.hatenadiary.com/entry/2017/05/…
2019-05-30 00:26:04ただ、三成の「気遣い」って「執事」的なんですよね。職務に忠実というか。「豊臣家の執事たる者、この程度のことが出来なくてどうします?」みたいな。
2019-05-30 00:27:45@urakkun26 逸話というか「戸田左門覚書」「慶長見聞書」「落穂集」などがそういう書き方をしているという事です。これらの記述は、(三成が家康の敵に回った)関ヶ原合戦後のフィルターを通して「編集」されていると考えられます。
2019-05-30 06:36:27@koueorihotaru @urakkun26 もし「関ヶ原は実情より盛られている」という近年の研究が正しいなら、その後の江戸期の「盛り方」を、ストーリーテラー的な何かとして再評価してもいいと思う twitter.com/koueorihotaru/…
2019-05-30 06:42:21@bookroad1 @koueorihotaru 盛られているのもそうですが、「事実の様に語られて来た伝説を既に知っている者」という視座から現代人は降りる事が出来ないのが現実なんでしょう…戒が無ければ破戒も無いという「自由」の持つ矛盾みたいなものですね。
2019-05-30 06:52:02@bookroad1 @urakkun26 私は未読ですが『関ヶ原合戦を読む―慶長軍記 翻刻・解説』という本があるようです。『慶長軍記』とは関ヶ原合戦について語られた最初の作品らしいですね。その成り立ちや内容を見れば「物語としての関ヶ原合戦」がいかに形成されたかを見ることができるかとは思います。読んでみようかな。ただ高い。
2019-05-30 06:54:43@urakkun26 @koueorihotaru 嘘かまことか、江戸幕府(松平定信?)が「藩の由来を、公式に記録として出せ」と諸大名に命じた所…「関ヶ原で何をしたか」はやっぱり注目点なので「うちは最初から徳川様に忠義だった…そうだな!(ギロリ)」「当時は何も活躍なし?いや、あのネ、書きようがあるだろ書きようが」みたいになった説…
2019-05-30 06:58:37@koueorihotaru @bookroad1 如何にしても伝説が形成されたかという物語を解体するのも歴史理解には有効なアプローチですね…専門家による比定が熟してしない一次史料を手探りするより勉強になりそうです。
2019-05-30 07:01:40@urakkun26 @koueorihotaru 磯田道史が司馬遼太郎の「関ヶ原」を、「この部分の元ネタは○○で、…はそこの記述通りだが、XXは司馬の追加。それはこんな意図があったのだろう」と分析する文章を書いてて面白かったです。 ここに少し画像あり togetter.com/li/986379
2019-05-30 07:06:27@bookroad1 @koueorihotaru 七将襲撃メンバーや9月15日の合戦参加武将すら完全確定していない理由の一つでしょうね。
2019-05-30 07:06:52@bookroad1 @urakkun26 寛永18(1641)年10月,島津家の系図や文書を幕府に提出せよという幕府の指示に対して,島津氏が提出した「御厚恩記」という書物があり、それには、秀吉死後、家康のおかげで5万石加増という御恩を得ました、という事実と異なる(加増決定は五大老連署によるもの)御恩を受けた報告をしています。
2019-05-30 07:08:31@bookroad1 @urakkun26 詳細は、以下参照。↓ koueorihotaru.hatenadiary.com/entry/2018/11/… 大名家が幕府に提出する文書は「我が家は家康公からこれだけ恩を受けた。これだけ徳川家の天下取りのために貢献した」とPRする文書になるのはある意味当たり前です。PRの過程で「盛る事」になるわけですね。
2019-05-30 07:12:34@bookroad1 @koueorihotaru 普通小説にはネタ元や出典は付けないですからね…小説やゲーム等の物語がオーソドックスな歴史の入り口の一つでありそこでの刷り込みを棄却できない人や勉強がそこで止まった人が一定以上居るというのが現状でしょう。
2019-05-30 07:15:13@koueorihotaru @urakkun26 それぞれの藩の祐筆?なのかな、担当者の苦労は察するにあまりある。三谷幸喜「笑の大学」「ラヂオの時間」やウディ・アレンの「ブロードウェイと銃弾」みたいになっちゃったんじゃないかな。 youtube.com/watch?v=BS8SvW…
2019-05-30 07:15:25@urakkun26 @bookroad1 七将襲撃事件は少なくとも片桐且元・小出秀政は徳川方についていますので「七将」ではないでしょう。「私婚違約事件」で煮え湯を呑まされた徳川派の挽回策という側面が高く一触即発で一歩先に「天下分け目の戦い」が始まっていた可能性もあります。「プレ関ヶ原の戦い」と見るべきでしょう。
2019-05-30 07:19:29