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型は個性を奪わない。型こそが個性を伸ばす。

国語教師は、もっと型にハメて書かせることが大切。
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福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
型こそが個性を運ぶ。型がなければ、どんな個性も他者には届かない。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
「型にハメる」という表現を嫌う人がいるが、とんでもない間違いだ。そういう人たちは、なにを「ハメる」のかを、勘違いしている。つまり、人間を丸ごと束縛するようなイメージを抱いている。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
しかし、ハメるものは人間全体ではない。ほんの一部の限定的イメージにすぎない。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
言葉こそ、型である。言葉を使う以上、それは「思い」を型にハメているのだ。寒いときに「寒い」という言葉がなければ、その寒さのイメージ、寒さの思いは他者に届かない。それでも型にハメるのが嫌だといっている人は、言葉を使えないことになる。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
言葉とは、型であり、形式であり、記号である。他者と共有できる形式を用いるからこそ、そこにハメこむ内容をも、共有できる。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
だから、個性的に自由に書かせる作文指導をしようと思えば思うほど、個性は消え、不自由になっていく。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
型を与え、型どおりに書きなさいと指示することによって、初めて、子どもの個性というものが、読み手に届くようになる。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
読解問題とは、型に気づく能力を試すものだ。どんなに複雑な文章を書く筆者・作者であっても、読者と共有できる言葉の型に従って、書き手自身のイメージを伝えてくる。その型に気づければ、読解なんて終わったも同然だ。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
型を嫌う人が言うところの型とは、実は型のことではなく内容のことであることが多い。ワインとグラスの対比ではなく、赤ワインと白ワインの対比。「俺には白ワインを飲む自由があるのに、行政が赤ワインを強要してくる」というようなとき、後者を「型どおりの対応」などと表現する。
福嶋隆史/著書60万部超/ふくしま国語塾 @FukushimaKokugo
小学校・中学校・高校の教師たちが、もっともっと型を意識し、型どおりに文を書かせ、読ませ、型にハメるトレーニングを繰り返せば、子どもたちの個性は一層輝き出すことだろう。
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