
「再評価のオーバーラン」問題~田沼意次、徳川綱吉、松平定信、日野富子、徳川秀忠などを例に
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gryphonjapan
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とあるまとめ作成のための参考資料動画 ドラマ化決定で話題のみなもと太郎「風雲児たち」 エンターテイメントの形での田沼意次再評価/松平定信批判ものの一つである(ビジュアル寄りのものでは最も著名かも)。今度、草刈正雄演じる意次像もこれに沿うことになるでしょう。 pic.twitter.com/Qh5oYTWc2S
2017-08-29 02:05:31



※「動画」じゃないや、画像。

ああ、これも入れておかないと 風雲児たちに関連する19件のまとめ togetter.com/t/%E9%A2%A8%E9…
2017-08-29 02:50:16
みんなで貧しくなろう、っていうとどうなるかってのは江戸時代にもすでに経験済みなんだけどね。ワインセラーの是非とはちと違いますが(ヽ´ω`) pic.twitter.com/4LPBH5nMXy
2017-08-26 10:13:07

@nariyama FFから失礼します。 松平定信と言えば愚民化政策、特権階級の固定化も同作で解説されていましたね。 pic.twitter.com/FC0r5fv25C
2017-08-27 19:02:57


タグからでも見られるけど、重要なのでこれは単独リンクをまとめから貼っておくか。2014年のまとめ。 松平定信-その功罪を、あらためて考える - Togetterまとめ togetter.com/li/614050 @togetter_jpさんから
2017-08-29 07:26:59

twitter.com/nariyama/statu… …『風雲児たち』も松平定信に対する過小評価と田沼意次の過大すぎる好評価を広めてしまった問題がなあ。メインでない水戸光圀とか吉宗についてなんてかなりおかしい部分があるし。家康・秀忠期もほぼ司馬遼太郎の引き写しで史実扱いできないし
2017-08-28 03:33:59
松平定信への過小評価って、田沼時代のマイナス面とか天明の大飢饉による大被害への、対処が強く求められた政権という前提をすっ飛ばすからなあ。あと『風雲児たち』林子平が処罰された理由も勘違い。在野の論者が国防を語る幕府の秩序のことを問題にしたのに、防衛問題から目をそむけたと書いている
2017-08-28 03:39:44
『風雲児たち』近年の幕末編でも、初期の「日光東照宮は家康が朝廷に対抗できる神殿として作らせた」という話をまた持ち出してましたけど、実際には家康自身は質素な扱いを遺言し、壮麗な神殿にして派手に神格化したのは孫の家光。
2017-08-28 03:42:20
風雲児たち、そもそも幕末を描くための冒頭の「関ケ原の遺恨が幕末の倒幕に」というのも、正直怪しい話だし。これも元は司馬遼太郎だと思いますけど。
2017-08-28 03:44:35
あと書かれた当時では仕方がないとはいえ、『風雲児たち』で書かれてより広まった「宝暦治水事件」も、「薩摩藩の自己犠牲と被害、明治の自由民権運動期に相当誇張されてないか」と昨今言われているからなあ
2017-08-28 03:46:15
@nariyama 風雲児たちの松平定信の場合、社会に金を廻して世の中全体を豊かにする繁栄策をとっていた田沼意次に確執があったので「贅沢は全て悪」と決めつけてた部分がありましたから。直系の祖先の徳川吉宗の場合まず先に無駄を省いて備蓄して凶作の時社会を支え少しずつインフラ整備を進めるものでした。
2017-08-28 03:47:30
再評価が行き過ぎてるのは五代将軍徳川綱吉もそうで、有能で歴史的意義が大きい君主というのはそうなのですけど「善政をやってたのに、末期の大災害と新井白石のせいで貶められた」というのも誤解で、政権初期から最後まで士民に厳しすぎる政治やお触れの乱発、気まぐれなどで当時から大不評だった
2017-08-28 03:52:31
松平定信への過小評価の一因って「当時の幕藩体制維持のためにはむしろ正鵠を射ていた政策が、明治以降は否定されるものが多かった」ことだろうなあ。でも定信も田沼も、別に幕府体制を解体して近代国家を作るために政治をしてたわけでなく、あくまで当時の幕府と体制維持のために政治をしてたわけで。
2017-08-28 04:16:00
twitter.com/ut_ken/status/… 思想・身分統制や、在野論者の政治主張統制も、幕藩体制を維持するという立場からすると、むしろ当然だったわけで。これを抑えきれなくなったから幕藩体制は崩壊した。かりにそのうえで徳川がトップというのは残ったとしても既存体制は崩壊している
2017-08-28 04:18:44
目安箱や田沼時代の方針で、人材・提案を民間から幅広く募ることを単純に”いい事で積極的にやればいい”とするの多いですけど、実際には使えなかったり利己的な提案や人材の方が圧倒的に多くそこが問題で、寛政の改革でそういうのが抑制されたのも、幅を広げた田沼時代にその問題も大きかった反動
2017-08-28 04:25:10
近代国家に至るためには、経済力、教育、個人としての自覚、国家意識などが庶民階級にも幅広く普及する必要があり、それは江戸時代を通じて次第に高まっていたのですけど、それ許しちゃうと幕藩体制は崩壊しちゃう、というか事実崩壊した。そりゃあ幕府の為政者の立場では抑える方に走るのが当然。
2017-08-28 04:31:04
まだ考えはまとまりきっていないのですけど松平定信というのはおそらくは、国家を成り立たせるには思想とそれに基づいた社会設計が必要と明確に意識した”革新的な”人物。ただその思想は幕藩体制を維持するための物であって、幕末から明治以降の近代思想と国家構想に駆逐される運命にあった
2017-08-28 04:59:11
ヒント:「風雲児たち」の田沼-白河楽翁のあたりが描かれた時期と、その当時の公明党と自民党の距離感(明らかに白河楽翁=保守反動=中曽根自民党って描いてますみなもとせんせ)
2017-08-28 16:04:56
@ut_ken @hayohater 再評価のオーバーラン問題は色々とあるけど、ちょっとクラスタ外部にいくと旧来史観がまだ大手を振って歩いたりしててややこしい。 一度、統計でもとってみたいな
2017-08-28 16:48:28
@ut_ken 綱吉論では 「殺生当たり前、武張った文化全体をショック療法で改変しようとしたのだから当事は不評であって当然だろう。あとから振り返って社会の変化がわかるのだ」という弁護論もあったけど、まあ多くは細かいものに過ぎた。
2017-08-28 16:53:38
@gryphonjapan 「品種改良の世界史 家畜編」読むと、数年前のなのに江戸時代の扱いが数十年前の代物でした。民衆は隅々まで統制されていたとか、生類憐れみの令を単純に愚劣扱いとか
2017-08-28 22:16:43