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異文化との共生と、そのための外国語活動

言語教育の西山教行先生 (@jnnNishiyama) によるつぶやきのまとめ   一部抜粋 ⇩ "外国人や少数者を排除することなく,包摂型の社会を築くためにも,言語を通じた寛容の精神を育む教育は喫緊の課題である。"   続きを読む
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西山教行 @jnnNishiyama

「各中・高等学校の外国語教育における 「CAN-DO リスト」の形での 学習到達目標設定のための手引き」が文科のサイトで公開されている。

2013-05-17 09:17:25
西山教行 @jnnNishiyama

CEFRから着想を得たCAN-DO リストであるが,CEFRについてはもっぱら評価のスケールであるとの理解のみで,複言語・複文化主義については一言も触れていない。言語教育をあくまで道具として追求するのみ。教育をめぐる理念は皆無。 http://t.co/3ch2cQcx4n

2013-05-17 09:17:51
西山教行 @jnnNishiyama

複言語・複文化主義に一切触れることなく,CEFRを語ることは英語教育関係者に見られる傾向であり,これは英語の地位が支配的であることと無関係ではない。

2013-05-17 17:57:52
西山教行 @jnnNishiyama

複言語・複文化主義は単一言語主義に対するアンチテーゼでもあり,言語文化の複数性,つまりは人類文化の複数性を肯定する発想であり,単一思考の拒否である。言語道具主義に対するもう一つの世界観であり,言語は人間文化のアイデンティティの根拠であることを肯定する主張である。

2013-05-17 17:58:04
西山教行 @jnnNishiyama

CEFRに触れながらも複言語・複文化主義に言及しないことは,人類文化の複数性に到る思考を拒否し,単一思考への賛同を意味することになる。

2013-05-17 17:58:07
西山教行 @jnnNishiyama

複言語主義によれば,人間は誰もが複言語話者である。たとえば,日本語であれ,標準語と方言と呼ばれる地域言語変種から構成指されており,この意味ではどのような言語であれ,言語は複数の言語変種から構成されているのだから,

2013-05-17 19:33:13
西山教行 @jnnNishiyama

一つの言語しか話さないと自称する人であっても,ほとんどすべての場合において,標準語(という名の言語変種)と地域変種を飼養できるのだから,複言語話者であるといえる。言語変種は年齢や社会階層に応じて,無数と言ってよいほどの変種が存在する。

2013-05-17 19:33:19
西山教行 @jnnNishiyama

しかし学校教育の場において言語教育として実践されているものは標準化された個別言語の教育に他ならず,英語の授業においてイギリス英語とシンガポール英語が併設されていることはあり得ない。

2013-05-17 19:33:28
西山教行 @jnnNishiyama

その意味では英語教師が英語といえども複数の言語変種から構成されているのだから複言語主義に無関心ではないと抗弁することは,社会言語学的には正しくとも,言語教育学的には複言語主義を支持する姿勢といえない。

2013-05-17 19:33:34
西山教行 @jnnNishiyama

CEFRの勧める複言語主義は,個別言語が複数の言語変種から構成されていることを明らかにすることにより,人間がみな何らかの点で複言語話者であり,複言語能力は特別な能力ではないことを明らかにすると共に,言語教育を通じて複数の言語に開かれた人間を作り出すことを狙っている。

2013-05-17 19:33:38
西山教行 @jnnNishiyama

外国人教員を1500人これから雇用するとの首相の発言は,これから1500人の日本人のポストがなくなるという意味。大学教員がおよそ8万人としてそのおよそ0,2%弱を外国人教員が占めることになるのだろうか。それならば少なくとも大学院の博士課程の定員を1500人削減する必要がある。

2013-05-18 06:11:26
西山教行 @jnnNishiyama

韓国の公教育では依然として国定教科書のみが使用されているのだろうか。複数の教科書が作成され,それを日本の検定制度のように国が検定するという制度も導入されているような記述も見たが,どの科目についてだろうか。

2013-05-18 06:53:23
西山教行 @jnnNishiyama

かりに検定制度が導入され始めたにせよ,もし長きにわたって1種類の国定教科書が教育文化を形成してきたのであれば,教科書に関わる教育文化の表象は直ちに変わるものではないだろう。

2013-05-18 06:53:32
西山教行 @jnnNishiyama

また韓国人は日本が異なる教育文化を持つことをどの程度意識しているのだろうか。複数の歴史観の承認とは教育文化の結実であるのだが,教育文化は国民に広く共有されており,アイデンティティの形成に結びついているためか,自覚することが少ない。

2013-05-18 06:53:39
西山教行 @jnnNishiyama

そのため国によって言語が異なることを人々が自覚するほどには,教育文化がどの程度異なっているのかを国民が自覚することは少ないのではないか。

2013-05-18 06:53:43
西山教行 @jnnNishiyama

日本の外国語教育政策に必要な人材はSLAの専門家ではない。言語政策の専門家を文科省は政策立案に入れないかぎり,教育の目的を見据えた議論をおこなうことはできない。言語政策こそが,人はなぜ言語を学ぶのかという問に対して,多くの事例を持っている。SLAは米国の文脈でこそ有効。

2013-05-21 18:41:17
西山教行 @jnnNishiyama

SLAは言語の習得モデルを複数言語話者と想定するのだろうか。アメリカ人という単一言語話者をモデルと考える限り,SLAは同化主義モデルを推進している考えられる。もちろん同化がすべて悪いわけではない。問題は単一言語話者への同化を前提とする発想に疑問を感じるにすぎない。

2013-05-21 21:00:44
西山教行 @jnnNishiyama

1) 小学校外国語教育の継続と推進を  小学校に「外国語活動」が導入されて3年目を迎えた。外国語活動とは評価の伴う教科教育ではなく,評価の行わない「活動」であるが,おおかたの小学校では「英語教育」として理解され,実施されている。

2013-05-23 07:57:25
西山教行 @jnnNishiyama

2)  確かに指導要領には「英語を取り扱うことを原則とする」と明記されているが,「外国語活動を通じて,外国語や外国の文化のみならず,国語や我が国の文化についても併せて理解を深めることができるようにすること」とも併記され,

2013-05-23 07:57:46
西山教行 @jnnNishiyama

3) さらに指導要領解説では,「学校の創設の主旨や地域の実情,児童の実態などによって,英語以外の外国語を取り扱うこともできる」と指導要領の原則の意味を説明している。

2013-05-23 07:57:56
西山教行 @jnnNishiyama

4)  筆者は,小学校からの早期英語教育の導入に懐疑的であり,指導要領の提示するように英語とは限らない外国語や文化に接し,異文化との出会いを通じて,日本語や日本文化を見直すことが重要であると考える。

2013-05-23 07:58:05
西山教行 @jnnNishiyama

5)  早期英語教育の実施にはさまざまな疑問がある。外国語学習の開始時期が早ければ早いほどよく,ある年齢から外国語は身に付かないとの考え方は仮説の一つにすぎず,成人以降に外国語を習得したケースは多い。

2013-05-23 07:58:15
西山教行 @jnnNishiyama

6) また日本の小学校のように大人数のクラスで,週1回のように少ない時間で,しかも教室の外でその言語が全く使用されない環境での教育効果はほとんど実証されていない。

2013-05-23 07:58:25
西山教行 @jnnNishiyama

7) その上,早期英語教育は,外国をすべて英語の国であるとのイメージを与えるもので,多様性に富む世界の言語文化を反映するものではなく,外国人を英語話者のステレオタイプに閉じ込めてしまう。

2013-05-23 07:58:33
西山教行 @jnnNishiyama

8)  筆者は,現在の外国語活動をむしろ拡充し,さまざまな言語文化への目覚めをうながす教育の実践を提唱する。これは「言語への目覚め」活動と呼ばれるもので,ヨーロッパで1980年代後半に開発された教授法である。

2013-05-23 07:58:44
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